64.ライアスルート1〜過去から未来10〜
ライアスが過去へ戻ってから数年。
彼は未来を変えるために必死だった。
リリアを守り、帝国の魔塔主にさせないため。
カテリーナを娼館行きにさせないため。
そして何より、愛する息子ライアンが生まれる未来へ辿り着くために。
だが、誓約書まで書いたのに結局カテリーナは乙女ゲームの呪縛に囚われたままだった。
「カテリーナ。」
「何ですの?」
「頼むから乙女ゲームのことは忘れてくれ。」
何度目かも分からない会話だった。
しかし返ってくる言葉はいつも同じ。
「無理ですわ!」
即答。
「どうしてそこまで拘るんだ。」
ライアスは疲れたように尋ねる。
するとカテリーナは立ち上がった。
「どうしてですって?」
机を叩く。
バンッ!
「私の未来がかかっていますのよ!ライアス様は忘れているかもしれませんけど!」
「忘れてない。」
「乙女ゲームでは私が破滅しますの!」
ライアスは黙る。
忘れるわけがない。
誰よりも知っている。
リリアの全てを奪ったカテリーナは今度は逆に、見事なまでにやり返された。
民衆の信頼を失ったカテリーナ。
全てを失ったカテリーナ。
娼館送りになったカテリーナ。
それでも最後まで謝らなかったカテリーナ。
その未来を・・・・。
だが言えない。
自分も前世から来たなど。
それこそ荒唐無稽で意味不明で理解不能だろう。
「未来は変わる。」
ライアスは静かに言った。
「俺が変える。」
しかしカテリーナは首を振る。
「変わりませんわ。」
その目には恐怖があった。
カテリーナは表面上こそ以前より大人しくなっている。
リリアの発明を盗むこともない。
露骨に敵意を向けることもない。
だが、リリアへの排除を諦めたわけではなかった。
むしろ誰にも知られない場所で考えていた。
「(ヒロインを排除するにはどうしたら良いいかしら?)」
夜のカテリーナの自室。
カテリーナは一冊のノートを開いていた。
誰にも見せられない秘密のノート。
【リリア・ナーシアスについて】
そう書かれている。
カテリーナはペンを走らせた。
「平民出身。最近になって男爵家へ迎えられた娘。学園内での後ろ盾なし。」
そこまで書いて手を止める。
「平民あがりの癖に、ライアス様の視界に入るなんて我慢できませんわ。」
苛立ったように呟いた。
今のリリアは平民から貴族になった少女。
それだけだ。
本来なら脅威ですらない。
だがカテリーナだけは知っている。
乙女ゲームではこの少女が全てを奪う存在になる。
少なくともカテリーナはそう信じていた。
「今はただの平民上がり。でも将来は違いますの。」
カテリーナの瞳が細くなる。
「芽のうちに摘まなければ。」
その頃。
ライアスは別の問題に頭を抱えていた。
ルイスである。
「ライアス様!」
勢いよく部屋に飛び込んでくる。
「聞いてください!」
「嫌な予感しかしない。」
ライアスは額を押さえた。
「リリア・ナーシアスの調査をしました!」
「何してるんだお前。」
「敵情視察です!」
「やめろ。」
「でも姉上が!」
「やめろ。」
「もし乙女ゲーム通りなら!」
「やめろ。」
ライアスは本気で頭痛がした。
ルイスは姉が大好きで盲信していた。
ルイスにも乙女ゲームのことは忘れろと何度言っても無駄だった。
次の日、学園の温室でカテリーナが声をあげていた。
「未来ではあの子が――」
カテリーナの前にいる3人。
セドリック、アルベルト、ノアの3人は完全に乙女ゲームの話を信じていなかった。
ライアスが信じていない姿を見てるのもあり、3人は冷静だった。
むしろ乙女ゲームの話を何度も出すカテリーナとルイスにうんざりしていた。
カテリーナが語る。
「リリア・ナーシアスは危険よ!未来では私から全てを奪うの!」
セドリックは首を傾げた。
「また未来か・・・どこをどうすれば?ライアスが奪われるんですか?それって浮気したライアスが悪くないですか?」
「違う!その子は未来でライアスを奪うだけじゃない!私を国外追放にするの!」
セドリックは指摘する。
「へぇー・・・でも今は無罪じゃねぇか。おっと失礼を、カテリーナ様。」
「何もしていない人間を、不確定な未来で敵扱いする理由が分からない。」
アルベルトも本を読みながら言う。
「僕もそう思います。」
ノアも頷く。
「貴方達は甘いの!」
カテリーナは苛立った。
「俺たちに害があるようなら対策はするが、特に何もないんだろ?」
アルベルトは本から目を離さず言う。
「婚約破棄と国外追放だっけ?それ俺達に関係あるんですか?」
セドリックは冷めた目でカテリーナを見る。
「それってカテリーナ様とライアス殿下の問題ですよね?というか国外追放って何をすればなるんですか?」
ノアの言葉に、カテリーナは逃げるように去って行く。
「俺は絶対カテリーナ様が悪いと思う。」
「ですね。」
「だな。」
アルベルトの言葉に賛同するノアとセドリックだった。
3人は呆れるだけだった。
リリアが転校してくる日が近づくごとにカテリーナは酷くなっていた。
むしろライアス・アルベルト・セドリック・ノアがカテリーナの味方してくれなかった事により。
ある意味前世より酷くなっていた。
その危機感を感じているライアスは頭痛を感じていた。
そして運命の日。
校舎前には転校生の出迎えとしてライアスがいる。
そして必要ないのにカテリーナもいた。
「未来の王太子妃として挨拶したいだけですわ。」
そうらしい。
学園の正門に一台の馬車が到着する。
校舎までの道を、未来への期待にキラキラした目でやってくる少女。
鮮やかなピンク色の髪と目。
リリア・ナーシアス。
平民出身の少女。
彼女は何も知らない。
乙女ゲームのことも。
未来のことも。
自分が誰かに憎まれていることすら。
ライアスとカテリーナと目が合うリリア。
ライアスが声をかける。
「はじめまして。君がリリア・ナーシアスだな。俺はこの国の王太子でもあるライアスだ。よろしく。」
「お、王太子殿下!よ、よろしくお願いします!」
緊張しながら頭を下げるリリア。
「君とは同級生だ。わからないことがあればなんでも聞くがいい。」
「は、はい!わかりました!ありがとうございます。」
ライアスは胸を撫で下ろした。
前世と違う展開だ。
誰も初対面のリリアを非難していない。
リリアは期待に胸を膨らませ校舎の中へと入っていった。
「・・・・・・。」
だがその隣でカテリーナは優雅に無言で微笑んでいた。
誰が見ても完璧な令嬢の笑顔。
しかし心の中では。
「(やっと会えましたわね。乙女ゲームのヒロイン。今はただの平民上がりの貴族でも私は騙されませんわ。)」
リリアの後ろ姿を睨む。
「(絶対にライアス様は渡しませんわよ。)」
そう静かに決意していた。
そしてライアスはまだ知らない。
カテリーナが密かに動き始めていることを・・・。
学園にリリア・ナーシアスが転校してきてから数週間。
リリアは何も悪い事はしなかった。
誰かの婚約者を奪おうとしたわけでもない。
誰かを傷つけたわけでもない。
ただ学園生活に慣れようと必死だった。
だがカテリーナとルイスの周囲にいた生徒達は違った。
「カテリーナ様が警戒している方らしいわ。」
「未来で何かする人なんでしょ?」
「怖いわね。」
そんな噂が少しずつ広がる。
もちろん根拠はない。
だが貴族社会では事実よりも立場が重要だった。
王太子の婚約者であるカテリーナ。
公爵家令息のルイス。
その二人が嫌っている。
それだけで十分だった。
最初は陰口だった。
「平民上がりのくせに。
「身の程を知らないわね。」
「貴族の真似事が楽しいのかしら。」
リリアは聞こえないふりをした。
次は無視だった。
挨拶をしても返されない。
グループに入ろうとすると会話が止まる。
席に近付けば誰かが離れる。
リリアはそれでも我慢した。
だが次第に悪質になっていく。
ある日の昼休み。
リリアが教室へ戻ると。
机の中にゴミが詰め込まれていた。
食べ残しのパン。丸められた紙。インクの染みた布。
周囲から笑い声が聞こえる。
「平民にはお似合いじゃない?」
リリアは何も言わず片付けた。
その日の放課後。
今度は教科書がなくなった。
探していると。
廊下の窓から庭へ投げ捨てられているのを見つけた。
雨上がりの泥だらけ。
リリアは黙って拾いに行った。
「何もしてないのに・・・。」
小さな呟き。
誰にも届かない声だった。
そんな様子を見ていた者達もいた。
ノアだった。
「酷すぎる。」
セドリックも眉をひそめる。
「何であいつがあんな目に遭うんだ。」
アルベルトも不快そうだった。
「よく分からん噂に何の証拠もないのに。」
我慢出来なかった3人はカテリーナに話をしに行った。
「カテリーナ様。」
セドリックが呼び止める。
「リリアさんへの嫌がらせをやめさせてくれ。」
カテリーナは目を瞬いた。
「私がやったと?」
「貴女の取り巻きだろ。」
アルベルトが真剣な顔で言う。
「証拠は?どうせないのでしょう。」
冷たい返答。
「・・・・・。」
アルベルトが言葉に詰まる。
実際にカテリーナが命令した証拠はない。
カテリーナは肩を竦めた。
「誰かが勝手にやっていることですわ。」
その言葉にノアが顔をしかめた。
「貴女なら止められるでしょう。」
「どうして?」
「え?」
「私は何もしていませんわ。何故そんな事を。」
そう言って去っていく。
だが3人には分かった。
カテリーナは止める気がない。
むしろ利用している。
一方で。
ルイスの取り巻きも動いていた。
「ルイス様の言う通りだ。」
「乙女ゲームのヒロインなんだろ?」
「危険人物じゃないか。」
彼らは面白半分だった。
リリアと廊下ですれ違う時に肩をぶつける。
荷物を隠す。
陰口を叩く。
その程度だったが。
毎日続けるとリリアの心を削るには十分だった。
そしてある日。
リリアは中庭のベンチで一人座っていた。
俯いている。
泣いてはいない。
だが、明らかに元気がなかった。
「リリアさん。」
声を掛けたのはライアスだった。
リリアは慌てて顔を上げる。
「ライアス様。」
笑おうとした。
だが上手く笑えなかった。
ライアスは胸が痛んだ。
前世と同じだ。
何もしていない少女が傷付いている。
それを知っているのに。
カテリーナとルイスを止められない。
ライアスは拳を握った。
「これパン王宮のパンで、美味しくて自慢のパンなんだ。よかったら食べてくれ。」
ライアスはパンをリリアに渡す。
「あ、ありがとうございます。」
リリアは小さく笑った。
「(絶対に繰り返させない。今度こそ。)」
ライアスはそう決意するのだった。
あれから三か月。
ライアスは必死だった。
前世で起きた悲劇を繰り返さないために。
そして何より――愛する息子ライアンをもう一度この世に生まれさせるために。
婚約者であるカテリーナと向き合い続けた。
「カテリーナ、頼むから乙女ゲームのことは忘れてくれ。俺を信じてくれ!」
何度も。何度も。何度も。
だがカテリーナは首を振った。
「逆にどうしてライアス様は私を信じてくれないのかしら?あの女は危険なのに。」
「信じてないわけじゃない!」
ライアスも声を荒げる。
「俺はただ、その乙女ゲームより俺を信じてほしいんだ!」
しかし話し合いは平行線だった。
カテリーナは本気で信じていた。
未来でヒロインが全てを奪うのだと。
そしてライアスもまた、前世の記憶があるからこそ否定しきれなかった。
それが二人の溝を深くしていた。
そして問題はもう一つ残っていた。
ルイスであるカテリーナの弟。
彼だけは姉の話を信じていた。
「絶対にヒロインを追い出します。」
「ルイス!お前も止めてくれ!」
「姉上を不幸にさせるわけにはいかないんです。」
真剣な顔だった。
ライアスは頭を抱えた。
この少年は前世でも暴走した。
だからこそ危険だった。
ある日の昼休み。
事件は起きた。
階段を降りていたリリアの背中を誰かが押した。
身体が宙に浮く。
視界が反転する。
「あ――」
落ちる。
そう思った瞬間。
誰かが飛び込んできた。
「危ない!」
ライアスだった。
リリアを抱きかかえたまま階段を転げ落ちる。
鈍い音が響いた。
周囲が悲鳴を上げる。
医務室へ直ぐにライアスは連れて行かれた。
リリアは青ざめていた。
ライアスの腕には包帯が巻かれている。
「ご、ごめんなさい・・・。」
涙が溢れた。
ライアスは苦笑する。
「君は悪くない。」
「でも・・・。」
「怪我も大したことない。」
本当は痛かった。
それでも笑った。
翌日。
リリアは震える手で手作りのクッキーをライアスに渡した。
お礼がしたかったのだ。
ライアスへ渡した後。
だがその様子を見てた生徒の1人が。
「平民の作った食べ物~?汚そう!毒でも入ってるんじゃない?」
と、言ったのでリリアは盛大に落ち込んだ。
その姿を見て慌てるライアス。
「ありがとうリリアさん!大切に食べるよ!」
それでもリリアは落ち込んだままだった。




