63.ルイスルート3〜過去から未来9〜
数日後。
リリアは王都へ到着した。
以前とは違う。
無実が証明された少女。
街の人々は気まずそうに視線を逸らした。
だがリリアは気にしなかった。
探す相手は一人だけだった。
何日も探し回った末に。
ようやく見つけた。
漁港だった。
強い日差し。魚の匂い。大声が飛び交う港。
その中で、日焼けした少年が重い荷物を運んでいた。
以前より少し痩せている。
だが見間違えるはずがない。
「ルイスさん!」
ルイスは振り返る。
空耳だと思った。
だが。
そこにいた。
ピンク色の髪の少女が。
「・・・リリアさん?」
「ルイスさん!」
ルイスの目が大きく開かれる。
「なんで戻ってきたんだバカ!」
「バカとは何よ!」
即座に言い返された。
「こっちは聞きたいこといっぱいあるんだから!」
「え?」
「助けてくれたり!」
一歩づつルイスに近づく。
「慰めてくれたり!」
一歩。
「私のために裁判したり!」
また一歩。
「まだ何一つ聞いてない!」
触れられる程の距離にいた。
ルイスは言葉を失った。
二人は見つめ合う。
しばらくして、リリアが口を開いた。
「ルイスさん。」
「なんだ?」
「平民になったんでしょ?」
ルイスは自嘲するように笑った。
「ああ。」
「じゃあ一緒に帰らない?」
「・・・は?」
「帰ろう。」
「どこに。」
リリアは笑う。
「あの田舎の村に。」
ルイスの目が揺れた。
「お母さんも待ってる。」
その瞬間。
ルイスの張り詰めていたものが切れた。
ルイスの目から涙が溢れる。
ぽろぽろと。
止まらない。
「僕が・・・。」
声が震える。
「俺がリリアさんとエミリアさんに何をしたか知らないんだ。」
リリアは首を傾げる。
「知らないよ。」
「・・・。」
「助けてくれたことしか。」
ルイスは首を振る。
「違う。知らない。知ったら僕を憎む。」
リリアは即答した。
「思わないよ。」
「なんで。」
「だってそんな目にあってないもの。」
ルイスは苦笑した。
泣きながら。
「リリアさんは・・・。」
「うん?」
「バカだ。」
リリアも笑った。
「バカでいいよ。」
そして手を差し出した。
「一緒に帰ろう。」
ルイスはその手を見つめる。
長い時間。
ようやく震える手で握った。
「・・・うん。」
その返事は小さかった。
けれど確かだった。
こうしてルイスとリリアは並んで歩き出す。
王都を後にして。
温かい故郷へ。
待っている人の元へ。
今度こそ幸せになるために。
田舎の村へ戻った日。
村の入口ではエミリアが待っていた。
馬車から降りたリリアを見るなり、エミリアは駆け寄る。
そして娘と、その隣に立つルイスをまとめて抱きしめた。
「お帰りなさい、二人とも。」
「ただいま!」
リリアは満面の笑みで答える。
一方のルイスは少し俯いた。
「・・・ただいま。」
その声はかすかに震えていた。
エミリアはそんなルイスにも優しく微笑んだ。
その日の夜。
三人は家の食卓を囲んでいた。
だがルイスはほとんど食事に手をつけなかった。
何度も言葉を飲み込み、何度も拳を握りしめる。
やがて意を決したように立ち上がった。
「話さなければならないことがあります。」
リリアとエミリアは顔を見合わせる。
そして静かに頷いた。
「聞くわ。」
ルイスは過去に戻る前の未来について語り始めた。
姉のカテリーナを盲信していたこと。
リリアを敵視していたこと。
リリアを傷つけたこと。
王都中がリリアを悪女扱いしたこと。
そして。
自分が犯した最大の罪を。
「僕は・・・。」
ルイスの声が震える。
「僕はリリアさんとエミリアさんを娼館へ送りました。」
部屋が静まり返る。
リリアが息を呑む。
エミリアも目を見開いていた。
ルイスは俯いたまま続けた。
「当時の僕は姉上を信じ切っていた。リリアさんが学園追放になっても、満足しなくて、だから人攫いに頼んだ。そしてーー」
震える声で。
「僕の命令で娼館へ送った。」
ルイスの拳から血が滲む。
爪が手のひらに食い込んでいた。
「最初は後悔なんてしていなかった。姉上のためだと思っていた。正しいことをしたと思っていた。」
涙が落ちる。
「でも違った。リリアさんは乙女ゲームに出てくるヒロインなだけの発明が得意な無害な普通の女の子だった。」
ルイスは顔を覆った。
「エミリアさんは娼館で伝染病にかかった。」
リリアの肩が震える。
エミリアは黙って聞いていた。
「僕が。」
声が掠れる。
「僕が殺したんです。」
声にならない嗚咽が漏れる。
「許されるとは思っていません。謝って済むとも思っていません。それでも。」
ルイスは床に膝をついた。
そして額を床につける。
「本当に申し訳ありませんでした。」
長い沈黙が続いた。
ルイスは覚悟していた。
怒鳴られても当然。軽蔑されても当然。石を投げられても当然。
そう思っていた。
だが、そっと手を握られる。
顔を上げるとエミリアがいた。
「よく話してくれたね。」
ルイスは呆然とした。
「え・・・?」
「勇気がいったでしょうに。」
優しい声だった。
責める気配はない。
「どうして・・・。」
ルイスは震える。
「どうして怒らないんですか。」
エミリアは少し困ったように笑った。
「だって、今の私、まだ死んでないもの。」
ルイスは言葉を失う。
「その未来の私は苦しかったと思う。」
エミリアは静かに言う。
「怖かったとも思う。恨んだかもしれない。でもーー」
優しく微笑んだ。
「今のあなたは私達を助けてくれた。」
今度は反対側の手を握られる。
リリアだった。
「私もびっくりした。酷い話だと思う。」
ルイスは俯く。
「でもーー」
リリアは続ける。
「今のルイスさんは違う。私達を助けてくれた。村まで送ってくれた。無実を証明してくれた。」
ルイスは思わず叫んだ。
「それでも僕は!」
涙が溢れる。
「未来で二人を娼館へ送ったんだぞ!エミリアさんを死なせたんだぞ!最低だろ!」
リリアは静かに答えた。
「最低だったと思う。」
ルイスが固まる。
「でも今は違う。私は今のルイスさんを見る。その未来のルイスさんじゃなくて。」
ルイスは泣いた。
子供のように。
何年も抱えていた罪悪感が溢れ出した。
エミリアはそんなルイスの頭を撫でた。
「大丈夫。」
その言葉にルイスはさらに泣いた。
それからルイスは村の一員になった。
誰よりも働いた。
畑を耕し。薪を割り。家畜の世話をし。壊れた柵を直す。
貴族の坊ちゃんとは思えない働きぶりだった。
村人達も最初は警戒していた。
だが次第に認めるようになる。
「ルイスなら頼れる。」
そんな存在になっていた。
ある日。
リリアが頬を膨らませてやって来た。
「ルイス。」
「なんだ?」
「また女の子からお菓子貰ったんだって?」
「ああ。」
「なんで受け取るのよ!」
「断ったら悪いだろ。」
「なんで皆んなに優しいのよ!」
ルイスは本気で分からない顔をした。
「受け取るのが普通じゃないのか?」
「女の子からのお菓子は普通じゃない!」
リリアは顔を真っ赤にする。
「私が嫌なの!」
「なんで?」
「~~~~っ!!」
言葉にならない。
その様子を見ていたエミリアが笑った。
「素直じゃないんだから。」
「お母さん!」
それから数年後。
村を挙げての結婚式が開かれた。
主役はリリアとルイス。
ちなみにプロポーズしたのはリリアからだった。
村人達は大笑いした。
「男らしくないぞ!」
「うるさい!」
耳まで真っ赤になるルイスを見て、リリアは幸せそうに笑っていた。
さらに二年後。
二人の間には男の子が生まれた。
黒髪に紅眼でルイスそっくり。
エミリアは孫を抱きながら幸せそうに笑う。
「可愛いわねぇ。」
「抱っこしすぎよ、お母さん。」
「だって可愛いんだもの。」
家の中には笑い声が絶えなかった。
前の人生では辿り着けなかった未来。
伝染病で亡くなるはずだったエミリアは生きている。
絶望の中で帝国の魔塔主になる筈だったリリアは笑っている。
そして罪を抱え続けたルイスもまた救われていた。
その光景を遠くから見ていた元ヒロインは腕を組む。
「ふーん。」
少しだけ感心したように呟いた。
「エミリアさん生存。冤罪解決。リリア幸せ。ルイスくん更生完了。」
満足そうに頷く。
「まあ合格かな。それでもルイスくん大嫌いだけど。」
そして小さく笑った。
「末永くお幸せに。バカバーカ。」
そう言い残し。
元ヒロインは静かに元の世界へ帰っていった。
皆んなの幸せな笑い声を聞きながら。




