62.ルイスルート2〜過去から未来8〜
そして半年後。
発明発表会の日。
ルイスは馬を全力で走らせていた。
「遅れたぁぁぁ!間に合わない!」
アルバルガ学園は監視が厳しすぎた。
抜け出すだけで一苦労だった。
ようやく抜け出した頃には発表会が当日だった。
「なんであんなに監視するんだよ!」
叫びながら馬を飛ばす。
そして王都に到着したのは発表会からさらに3日経ってからだった。
学園が見えるとより一層馬を飛ばす。
学園の門の前。
そこに一人の少女が立っていた。
制服は土で汚れている。
髪も乱れている。
そして涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
リリアだった。
学園追放を言い渡された後だった。
ルイスは馬から飛び降りる。
息を切らしながら彼女を見る。
そして呟いた。
「・・・やっぱりこうなったか。」
リリアはゆっくり顔を上げた。
その目には絶望が浮かんでいた。
「ねぇ・・・。」
かすれた声だった。
「貴方はこうなるって知ってたの?」
ルイスは目を閉じる。
そして頷いた。
「ああ。」
リリアは力なく言った。
「私・・・。」
声が震える。
「何も悪いことしてないのに。」
ルイスは何も言えない。
「みんなに嫌われてるの。」
「ああ。」
「なんで?」
「・・・。」
「私、何かやったのかな?」
「やってない。」
即答だった。
「何もやってない。」
リリアの目から涙が溢れる。
「私、盗作なんてしてない。」
「知ってる。」
「してないのに。」
「知ってる。」
「辛いよ・・・。」
涙が止まらない。
「苦しいよ・・・。」
その言葉を聞いた瞬間。
ルイスは前へ出た。
そして、そっとリリアを抱きしめた。
リリアの身体が震えている。
「ごめん。」
ルイスは絞り出すように言った。
「姉上が。」
「みんなが。」
「僕も。」
本当なら。
もっと早く助けるべきだった。
もっと早く止めるべきだった。
なのに結局、彼女は傷ついた。
リリアは声を上げて泣いた。
まるで今まで我慢していたものを全て吐き出すように。
ルイスの服を掴み。
子供のように泣き続けた。
ルイスは何も言えなかった。
慰めの言葉も。励ましの言葉も。何一つ出てこなかった。
ただ、震える少女を強く抱きしめることしかできなかった。
震えて泣いているリリアをとりあえず家に送った。
でも、この後の展開も知っていた。
だからルイスは直ぐに一つの決断をした。
自分が乗っていた馬を売ったのだ。
貴族の子息が乗るだけあって、それなりの値段になった。
そして、その金で中古の馬車を購入した。
決して立派なものではない。
内装も簡素だ。
だが雨風は防げる。
人が寝ることもできる。
今のルイスにはそれで十分だった。
「どうせアルバルガに戻ったら怒られるしな・・・。」
苦笑しながら馬車の荷台を確認する。
毛布。水。保存食。
最低限だが準備は整えた。
そして予想通りだった。
リリアとエミリアは屋敷を追い出された。
発明盗作の濡れ衣。
貴族達からの冷たい視線。
王都中に広がった悪評。
どの宿も二人を拒否して追い出した。
誰も二人を助けようとしなかった。
ルイスは王都の外れで荷物を抱えた母娘を見つけた。
リリアは疲れ切った顔をしていた。
エミリアも無理に笑顔を作っている。
その姿を見た瞬間。
ルイスの胸に強烈な罪悪感が込み上げた。
前世の記憶が蘇る。
娼館。伝染病。死亡の報告書。
忘れてはいけない。
忘れる資格もない。
気付けばルイスはエミリアの前に膝をついていた。
そして、涙が溢れた。
「ごめんなさい・・・。」
エミリアが目を丸くする。
「え?」
「ごめんなさい・・・。」
ルイスは何度も繰り返した。
「本当に・・・ごめんなさい・・・。」
意味は分からない。
だが目の前の少年は本気で泣いていた。
まるで大切な人を失ったように。
エミリアは困ったように笑う。
自分だって追い出されたばかりだ。
娘も傷付いている。
それなのに。
「よしよし。」
エミリアはルイスの頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ。何があったか知らないけれど、泣かないで。」
ルイスはさらに泣いた。
前世で死なせてしまった、否、殺してしまったも同然の女性に慰められている。
そんな自分が情けなかった。
しばらくしてようやく落ち着く。
涙を拭きながら立ち上がった。
「・・・すみません。」
「少し落ち着いた?」
エミリアが優しく笑う。
ルイスは恥ずかしくなって目を逸らした。
「はい・・・。」
リリアはそんな二人を不思議そうに見ていた。
日が暮れ始める。
リリアは俯いていた。
エミリアも疲れている。
そこでルイスは馬車の扉を開いた。
「乗ってください。」
「え?」
「今夜はここで休みます。」
リリアが驚く。
「でも・・・。」
「王都に泊まれる場所はなかったのでしょう?」
淡々とした口調だった。
だが二人を気遣っていることは伝わった。
エミリアが頭を下げる。
「ありがとう。」
「気にしないでください。」
ルイスは少し照れ臭そうに答えた。
そして手綱を握る。
「貴女達二人が住んでいた田舎の村へ連れて行きます。」
リリアが目を瞬いた。
「え?」
「もうここに用はないでしょう。」
その言葉にリリアは黙り込む。
確かにそうだった。
学園。
夢見ていた発明家への道。
全部失った。
王都に残る理由はもうない。
「・・・・・。」
リリアは窓の外を見る。
王都の街並みが遠ざかっていく。
もう戻ることはないだろう。
「まぁ・・・。」
ルイスは苦笑した。
「頼まれても僕は来てほしくないですけど。」
「ひどい。」
リリアが少しだけ頬を膨らませる。
久しぶりの年相応の表情だった。
「なんでここまでしてくれるの?」
静かな声だった。
ルイスは少し考える。
前世の罪滅ぼし。
後悔。償い。色々理由はあった。
だがそれを言うことはできない。
だからーー
「さぁ。僕にも分かりません。」
小さく笑ったって誤魔化した。
本当にそうだった。
理屈では説明できない。
ただ、この母娘を放っておけなかった。
それだけだった。
「安心してください。」
ルイスは前を向いたまま言う。
「必ず送り届けますから。」
その言葉は不思議と温かかった。
リリアはようやく肩の力を抜く。
エミリアも穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。」
夜。
馬車の中。
毛布にくるまったリリアは母の肩にもたれかかっていた。
久しぶりの安心感だった。
王都ではずっと気を張っていた。
誰も信じられなかった。
だが今は違う。
馬車の外から聞こえる規則正しい馬の蹄の音。
カタカタと揺れる車輪の音。
それが子守唄のようだった。
「お母さん。」
「なあに?」
「眠い・・・。」
「ふふ。」
エミリアは娘の頭を撫でる。
リリアは目を閉じた。
外ではルイスが御者台で夜道を進んでいる。
二人を守るように。
二人を故郷へ送り届けるために。
リリアは最後に小さく呟いた。
「ルイスさん・・・。」
返事はない。
だがそこにいる気配を感じた。
母に寄り添いながら。
久しぶりに心から安心した。
馬の蹄の音に包まれながらリリアは静かに眠りについたのだった。
馬車で五日。
ようやくリリアとエミリアが暮らしていた田舎の村へ辿り着いた。
小さな村だった。
だが二人にとっては故郷だ。
村の入口に馬車が止まると、畑仕事をしていた村人達が驚いた顔をした。
「リリアちゃん!?」
「エミリアさん!?」
「戻ってきたのか!?」
次の瞬間。
歓声が上がった。
村人達が駆け寄ってくる。
「よかった・・・!」
「無事だったのね!」
「心配したんだから!」
王都とは正反対だった。
誰もリリアを責めない。
誰も疑わない。
ただ帰ってきたことを喜んでいた。
リリアの目に涙が浮かぶ。
「ただいま・・・。」
「「「おかえり!」」」
温かい言葉だった。
荷物を運び終えた後。
ルイスは馬車の横で空を見上げていた。
すると後ろから声がかかる。
「ルイスさん。」
振り返るとリリアがいた。
少し泣きそうな顔をしている。
「ありがとう。」
「ん?」
「ルイスさんがいなかったら、私もお母さんもここに戻って来れなかった。」
ルイスは苦笑した。
「大したことないさ。」
そして村を見渡す。
「戻って来れてよかったな。」
リリアは嬉しそうに頷いた。
「うん。」
その笑顔を見てルイスは少し安心した。
前世では見られなかった笑顔だったからだ。
しばらく沈黙が続いた後。
ルイスは真面目な顔になる。
「最後にお願いがあるんだ。」
「お願い?」
「ああ。」
ルイスはリリアを真っ直ぐ見た。
「君が作った発明の設計図。」
「うん。」
「作業工程。」
「うん。」
「失敗作でもメモでも何でもいい。」
リリアは目を瞬く。
そして察した。
「もしかして・・・。」
「ああ。」
ルイスは頷く。
「姉上と戦う。」
風が吹いた。
「君の無実を証明する。」
リリアは驚いた顔をした。
「実のお姉さんなんでしょ?」
「だからだよ。」
ルイスは苦笑する。
「姉上には正しい道を進んでほしい。」
「・・・・・。」
「いつまでも乙女ゲームなんかに囚われないで、自分の人生を生きてほしい。」
リリアはしばらく黙っていた。
それからゆっくり頷く。
「分かった。」
その日。
リリアは今まで村に残していた発明の全てをルイスに渡した。
設計図。研究記録。試作品の記録。失敗した実験のメモまで。
それらは盗作ではない何よりの証拠だった。
ルイスはそれを大切に馬車へ積み込む。
「ありがとう。」
「頑張って。」
ルイスは小さく笑った。
そして馬車へ乗り込む。
「じゃあ行ってくる。」
「うん。」
馬車が動き出す。
リリアはその背中をずっと見つめていた。
見えなくなるまで。
ずっと。
隣でエミリアが優しく娘の頭を撫でる。
「素敵な子ね。」
リリアは頷いた。
「うん。」
「また会えるといいわね。」
リリアは少し頬を赤くする。
「うん・・・。」
そして小さく呟いた。
「会いたい。」
それから半年後。
平和な村に一人の男性が駆け込んできた。
「大変だ!」
新聞を握り締めている。
「リリアちゃん!」
「エミリアさん!」
「これ見てくれ!」
息を切らしながら差し出された新聞。
リリアは受け取った。
そして目を見開く。
大きく書かれた見出し。
【次期王太子妃候補カテリーナ・ヴァレンティア 盗作認定】
その文字が飛び込んできた。
「え・・・。」
震える手で記事を読む。
裁判。
ルイス・ヴァレンティアからの証拠。設計図。研究記録。工程記録。試作品。
全てがの証拠によりリリア・ナーシアスの先の発明者であると認められたこと。
職人達による証言によりカテリーナの盗作が正式に認定されたこと。
さらに、カテリーナ・ヴァレンティアの王太子の婚約者の資格剥奪のより、ライアス王太子との婚約破棄。
そこまで書かれていた。
リリアは必死に記事を読み進める。
そして、最後の一文で固まった。
【ヴァレンティア公爵家当主の判断により、ルイス・ヴァレンティアは家を除籍。平民となった。】
「ルイスさん・・・。」
姉の大切な婚約を台無しにした代償は大きかった。
新聞が震える。
エミリアも記事を読んで顔を曇らせた。
「この子・・・。」
リリアは勢いよく立ち上がった。
「お母さん!」
「・・・行くのね?」
リリアは頷く。
迷いはなかった。
リリアは直ぐに荷造りを始めた。
「ルイスさんに会いに行ってくる!」
エミリアは娘を抱きしめる。
「気を付けて。」
「うん!」
「行ってらっしゃい。」
「行ってきます!」




