61.ルイスルート1〜過去から未来7〜
ルイスが目を開けた瞬間、全身が凍り付いた。
校舎の玄関前。
ピンク色の髪の少女。
リリア・ナーシアス。
その姿を見た瞬間、前世の記憶が一気に流れ込んできた。
リリアへを追い詰めた自分。
姉を信じ続けた自分。
母娘を娼館に送った自分
リリアに復讐されて労働地に送られて民衆の怒りの矛先にされる自分。
そして、夢で見たリリアとの幸せな未来。
もしあの日、自分達がリリアを受け入れていたら。
もし姉が暴走しなければ。
もし自分が止めていれば。
そんな後悔が胸を締め付けた。
「うわああああああああ!!」
突然叫んだルイスに全員が驚く。
「ルイス!?」
カテリーナが駆け寄る。
だがルイスは姉の顔を見た瞬間、さらに叫んだ。
「また始まる!!」
「何がよ!?」
「全部だよ!!」
意味不明なやり取りに周囲は戸惑う。
ルイスとカテリーナのやり取りを横目に、ライアスはリリアを上から下まで品定めするようにみる。
「お前がリリア・ナーシアスか。本当にピンクの髪と瞳なんだな、なんで乙女ゲームの俺はこんな女に攻略されたんだろうな。」
「ライアス様、どうですか?・・・ヒロインの事、その・・・。」
その瞬間。
ルイスの中で何かが切れた。
「姉上黙れぇぇぇぇぇ!!」
全員が固まる。
カテリーナも目を見開いた。
「は?」
「今すぐ黙れ!」
「なんですってぇ!」
ルイスはカテリーナを指差した。
「乙女ゲームなんか忘れろ!疑うのはそこの王太子の浮気でそこのリリアさんじゃありません!」
ライアスが目を見開く。
「なんで俺なんだ!?」
「婚約者なんだから当然でしょうが!!」
「はぁ?浮気なんかしていない!」
「今はしてなくても未来でする可能性だってあるんですよ!」
「いきなりなんだ!意味がわからない!」
ルイスとライアスの話が噛み合わない。
カテリーナは怒りで顔を赤くした。
「ルイス!この女はヒロインなのよ!」
「だから何ですか!」
「私から全部奪う女なの!」
「奪うのはアンタが勝手に暴走するからでしょうが!だから婚約者に捨てられるんです!」
カテリーナの顔が鬼の形相になる。
ルイスは止まらない。
「姉上は乙女ゲーム乙女ゲームって!いつまで言ってるつもりなんですか!」
「だってそうなのよ!」
「証拠は!?そこのリリアさんが有害だという証拠は!?」
「前世の記憶が!私は破滅するの!」
「バカですか?今のアンタは側から見たら前世の記憶があるとか語っているだけの変な人なんですよ!」
「はぁ!?」
周囲から吹き出す者まで出た。
カテリーナは真っ赤になる。
「私は悪役令嬢なのよ!」
「だから何なんですか!」
「ヒロインに負ける運命なの!」
「じゃあ負けないように努力しろよ!」
「してるわよ!」
「してないだろ!」
ルイスが叫ぶ。
「初対面の女の子を前に、婚約者やら権力ある令息5人引き連れて喧嘩売るのを努力とは言わないんだよ!」
「だって敵だもの!」
「敵じゃねぇよ!!」
リリアはその横で完全に置いていかれていた。
「あの・・・敵って私のことですか?」
誰も答えない。
姉弟喧嘩はさらに激化する。
「いい!?ルイス!この女はライアス様を奪うの!」
「奪われるような男なら捨てろ!!」
「おい!」
ライアスからツッコミが入る。
「大体姉上はなん何ですか!?」
「何って?」
「このままいけば何もしなくても王太子妃になれるのでしょう!?」
「この女に奪われるかもしれないじゃない!」
「アンタが余計なことしなきゃ何も起きないんだよ!リリアさんは悪くない!」
ルイスは怒鳴った。
「王太子が浮気するなら王太子が悪い!ヒロインだけ責めるな!」
「何言ってんのよ!頭おかしいわよ!」
「こっちの台詞だ変人姉上!」
「このバカ弟!」
「このバカ姉!乙女ゲームバカ!」
「何ですって!?」
「自分のやってる事が最低最悪だって、早く気付けバカ姉ぇぇぇぇぇ!!」
沈黙。
誰も口を開けなかった。
あのルイスが。
誰よりもカテリーナを信じていたルイスが。
真正面から姉をバカ呼ばわりしている。
カテリーナは震えていた。
怒りで。屈辱で。そして少しだけ恐怖で。
ルイスの目は本気だった。
全てを失った男の目だった。
だが当然、誰もそんなことは知らない。
ルイスは大きく息を吐くと、今度はリリアへ振り返った。
そして真顔で言った。
「リリアさん。」
「はい!」
「こんな所にいないで田舎に帰ってください。」
「ええええええええ!?」
カテリーナとの大喧嘩を終えた直後に、ルイスはリリアの方へずんずん向かってくる。
リリアは嫌な予感しかしなかった。
「あの・・・?」
一歩後ずさる。
ルイスは真剣な顔だった。
いや、真剣というより必死だった。
「リリアさん。」
「は、はい。」
「帰ってください。」
「え?」
「今すぐ。」
「え?」
「田舎へ。」
「えええ!?」
リリアは思わず叫んだ。
「なんでですか!?」
「危ないからです!」
「何がですか!?」
「全部です!!」
意味が分からない。
全く分からない。
だがルイスは説明する気がないらしい。
ぐいっ。
突然背中を押された。
「きゃっ!」
「帰ってください!」
「ちょっと待ってください!」
ぐいぐい。
「待って!」
ぐいぐい。
「話を聞いてください!」
ぐいぐい。
「聞きません!」
「なんでですか!?」
「聞いても無駄ですから!」
「酷い!」
「酷くて結構!」
全く会話にならなかった。
周囲の生徒達も呆然としている。
ライアスも。
セドリックも。
アルベルトも。
ノアも。
カテリーナですら何も言えなかった。
ルイスの勢いが凄すぎたのである。
「ちょっ!待っ!押さないでください!」
リリアは必死に抵抗する。
だがルイスも必死だった。
前世を知っているからだ。
この学園に入れたら終わる。
絶対に終わる。
また同じ悲劇が起こる。
それだけは嫌だった。
だから押す。
ひたすら押す。
ぐいぐい。
ぐいぐい。
そしてついに。
学園の門まで到着した。
「よし!」
「よしじゃないです!」
「帰れぇぇぇぇぇ!!」
最後に思い切り押された。
リリアは門の外へよろける。
「きゃあ!」
転びそうになりながら何とか踏みとどまる。
するとルイスが直ぐに財布を取り出した。
中から紙幣を何枚も引き抜く。
そして、ぐいっとリリアの手に握らせた。
「え?」
「これで馬車を捕まえてください!」
「はい?」
「それからもうここに来ないでください!」
「え?」
「絶対ですよ!」
「え?」
「絶対ですからね!!」
「ええ!?」
リリアが混乱している間に。
バァン!!
学園の巨大な門が閉まった。
静寂。
リリアはしばらくその場に立ち尽くした。
右手にはお金。
目の前には閉ざされた門。
頭の中は真っ白だった。
「・・・・・。」
数秒後。
ようやく口が動く。
「・・・え?」
さらに数秒。
「・・・ええ?」
そして。
「私、転校初日なんだけど・・・。」
誰も答えない。
門は固く閉ざされている。
リリアはお札を見た。
門を見た。
もう一度お札を見た。
「追い出された・・・?」
ようやく現実を理解する。
理解した途端、力が抜けた。
「なんなのよぉ・・・。」
涙目になる。
今日から新しい学園生活が始まると思っていた。
友達ができるかもしれないと思っていた。
勉強も頑張ろうと思っていた。
それなのに、学園に入る前に追い出された。
理由も分からないまま。
しかも追い出した本人は妙に必死だった。
「怖かった・・・。」
ルイスの剣幕を思い出し、思わず肩を震わせる。
あれは冗談でも嫌がらせでもなかった。
本気だった。
本気で自分を帰そうとしていた。
「どうしよう・・・。」
しばらく門の前で悩んだが。
結局答えは一つしかなかった。
帰るしかない。
リリアは手の中のお金をぎゅっと握り締めた。
「・・・帰ろう。」
ぽつりと呟く。
そして来た道を振り返った。
学園生活への期待を胸にやって来た道を。
今度は一人で帰る。
リリアは小さくため息を吐いた。
「お母さん、びっくりするだろうなぁ・・・。」
そう呟きながら歩き出す。
その日の夜。
ルイスは父親の執務室へ呼び出されていた。
重苦しい空気が部屋を支配している。
机の向こう側には、険しい表情を浮かべた父が座っていた。
扉が閉まるなり、父は机を叩いた。
「ルイス!!」
怒鳴り声が部屋に響く。
「お前、自分が何をしたか分かっているのか!?」
ルイスは黙っていた。
分かっている。
学園の正門でカテリーナと大喧嘩した。
しかも大勢の前で。
だが後悔はなかった。
「答えろ!」
「姉上に本当のことを言っただけです。」
バンッ!!
再び机が叩かれる。
「黙れ!」
父の顔は怒りで真っ赤だった。
前世と同じで父もまたカテリーナを溺愛していた。
何をしても正しい。
何を言っても正しい。
そんな風に信じている。
だからこそ、人前でカテリーナを侮辱したルイスが許せなかった。
「カテリーナは傷ついている!」
「姉上はしぶとい女です。演技です。」
「姉をそんな風に言うな!リリアとかいう女に誑かされおって!」
「誑かされなんていません!」
ルイスも怒鳴り返した。
「何もしてない人ですよ!何もしなければ彼女は無害です!」
「お前はあの女に騙されている!」
「姉上に騙されてるのは父上達です!」
「ルイス!」
「姉上の言う乙女ゲームなんて――」
最後まで言わせてもらえなかった。
バキッ!!
鈍い音が響く。
ルイスの身体が吹き飛んだ。
床に倒れる。頬が熱い。口の中に血の味が広がる。
生まれて初めてだった。
父に殴られたのは。
父も驚いた顔をしていた。
だが怒りは収まらないらしい。
「お前をしばらくアルバルガ学園へ送る。」
ルイスは顔を上げた。
「・・・は?あの脳筋学園に?」
「頭を冷やして来い。」
「父上。」
ルイスは立ち上がる。
「アルバルガへ送るのは僕じゃなくて姉上です。」
父の顔が歪む。
そして、再び拳が飛んだ。
翌日。
ルイスは強制的にアルバルガへ送られた。
王国から遠く離れた国の、引く程厳格な学園として有名。
規律第一。
監視も厳しい。
逃げ出そうものなら即座に見つかる。
数日後、アルバルガ学園へ到着したルイスは深いため息を吐いた。
「最悪だ・・・。」
そして空を見上げる。
脳裏に浮かぶのはリリアだった。
「リリアさん・・・。」
あの日、学園から追い出した。
だが本当に未来が変わったのかは分からない。
もし、学園へ通ったら。
もし、発明発表会に参加したら。
もし、また同じ悲劇が起きたら。
「通わないでくれ!」
そう呟いた直後。
「いや、通うよなぁ・・・。」
頭を抱えた。
「はぁ・・・。」
嫌な予感しかしなかった。




