5.迫り来る何か〜過去4〜
王立学園では年に一度、“発明研究発表会”が行われる。
貴族子女達が考案した新しい技術や魔導具、生活改善案などを発表する場であり、優秀な発表は国にも採用される名誉ある催しだった。
特に今年は王太子ライアスや公爵令嬢カテリーナも参加する為、生徒達の熱気は凄まじい。
そんな中、リリアは数日ぶりに心から胸を弾ませていた。
「・・・よし!」
自室の机に並べられた大量の紙。
そこにはリリアが必死に書き上げた研究内容がまとめられていた。
村で暮らしていた頃。
不便な生活を少しでも楽にしたくて考え続けた工夫。
壊れた農具を改良した日。
冬の寒さを凌ぐ為に火の持ちを研究した日。
遠く離れた畑まで声を届ける方法を考えた日。
全部、全部リリア自身が考えたものだった。
「これなら・・・!」
学園でどれだけ嫌われても。
どれだけ馬鹿にされても。
発明だけは違う。
きっと認めてもらえる。
リリアにはその自信があった。
「すごいじゃない、リリア。」
エミリアは研究資料を見ながら目を丸くした。
「こんなの、本当に貴女一人で考えたの?」
「えへへ!」
リリアは嬉しそうに笑う。
「村にいた頃から考えてたの!皆んな不便そうだったから!」
紙を広げながら説明する。
「この保存容器なら食べ物が長持ちするし、この軽量農具なら女の人や子どもでも畑仕事しやすくなるの!」
「まぁ・・・。」
エミリアは感動したように目を細めた。
「本当に凄いわ。」
「でしょう!?」
久しぶりにリリアは年相応の少女らしくはしゃいでいた。
「今までは皆んなに嫌われちゃってたけど、これなら見直してもらえると思うの!」
その笑顔は眩しかった。
エミリアはそんな娘を見て、少しだけ安心する。
最近のリリアは無理して笑う事が増えていたから。
けれど今は違う。
本当に希望を抱いている顔だった。
「頑張ってきなさい。」
「うん!」
リリアは満面の笑みで頷いた。
そして発表会当日。
大講堂には多くの生徒や教師、貴族達が集まっていた。
壇上では次々と研究成果が披露される。
「次はリリア・ナーシアス。」
名前を呼ばれ、リリアは緊張しながら壇上へ上がった。
視線が突き刺さる。
嫌悪の視線。
嘲笑の視線。
それでもリリアは胸を張った。
「(大丈夫。ちゃんと発表すれば分かってもらえる。)」
リリアは深呼吸をする。
「わ、私は生活を便利にする発明について研究しました!」
会場は静かだった。
リリアは一つずつ説明を始める。
「まずはこちらの軽量農具です!従来の物よりも軽く、女性や子どもでも扱いやすく——」
ざわ。
小さなざわめき。
だがリリアは気付かない。
「次に保存容器です!内部の空気を——」
ざわざわ。
会場の空気が変わっていく。
リリアは笑顔で続けた。
「こちらは遠距離音声伝達筒で——」
「・・・は?」
誰かが呟いた。
リリアの言葉が止まる。
ざわめきはさらに広がっていく。
「おい、あれ・・・。」
「まさか。」
「嘘でしょ・・・?」
リリアは困惑した。
「え、えっと・・・?」
その時。
最前列に座っていたカテリーナが、震える声を漏らした。
「・・・・・どうして。」
会場の視線が集まる。
カテリーナは青ざめた顔でリリアを見上げていた。
「それ・・・全部・・・。」
瞳に涙が浮かぶ。
「私が以前発表した物ですわ・・・。」
静寂。
そして次の瞬間。
会場が爆発した。
「盗作だ!!」
怒号。
リリアの身体がビクリと震える。
「え・・・?」
「最低!!」
「カテリーナ様の研究を盗んだの!?」
「恥知らず!!」
リリアは顔を真っ青にした。
「ち、違います!!」
慌てて否定する。
「これは私が昔から——」
「嘘をつくな!!」
椅子が飛んできた。
ガンッ!!
「きゃっ!?」
肩に直撃する。
痛みで身体がよろめいた。
「カテリーナ様を傷付けるな!!」
「盗作女!!」
「平民上がりが調子に乗るから!」
罵声。怒号。憎悪。
まるで犯罪者を見る目。
「ち、違うの!!」
リリアは叫ぶ。
「村に試作品があるんです!!本当に私が考えたの!!」
「後付けの言い訳だろ!」
「苦し紛れね!」
「カテリーナ様を陥れる気!?」
誰も聞いてくれない。
教師達ですら冷たい目だった。
その中で。
ライアスがゆっくり立ち上がる。
「やはりヒロインか。」
軽蔑しきった声。
「人の成果を奪い、自分の手柄にする。」
「そ、そんな……。」
「最低だな。」
アルベルトが吐き捨てる。
「姉上はこんな女に苦しめられていたんですね。」
ルイスの瞳には怒りが燃えていた。
「制裁すべきです。」
ノアが冷酷に告げる。
「許されねぇ!」
セドリックは今にも殴りかかりそうだった。
リリアは震えた。
「どうして……。」
本当に分からなかった。
全部自分で考えたのに。
村にだって試作品が残っているのに。
なのに。
何故カテリーナが先に発表しているのか。
何故全員が最初からリリアを犯人だと決めつけるのか。
理解不能だった。
「違う。」
ぽろぽろ涙が落ちる。
「違うのに・・・。」
だがその涙すら、周囲には“演技”にしか見えなかった。
「泣けば許されると思ってる。」
「ほんと最低。」
「追放しろ!!」
怒声が飛び交う。
その中心で。
カテリーナだけが悲しそうな顔をしていた。
「どうして!こんな事をしたの!リリアさん!」
まるで被害者のように。
震える声でそう言った。
その瞬間。
リリアの中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
発表会は中断となった。
泣き叫ぶ者。怒鳴るリリアへ物を投げる者。
大講堂はもはや発表会ではなく、公開処刑の場と化していた。
「静粛に!!」
教師が怒鳴る。
だが生徒達の怒りは収まらない。
「盗作者を追い出せ!!」
「カテリーナ様に謝れ!!」
「学園の恥!!」
リリアは壇上で立ち尽くしていた。
肩が痛い。
さっき投げられた椅子が当たった場所が熱を持っている。
でもそれ以上に。
胸が苦しかった。
「・・・どうして。」
ぽつりと零れる。
本当に分からない。
何故カテリーナが、自分の考えた物を全て知っているのか。
しかも一つや二つじゃない。
十個。
十個全て。
偶然で済む数じゃなかった。
「(なんで・・・?)」
リリアの脳裏に村での記憶が蘇る。
畑仕事帰り、泥だらけになりながら農具を改良した日。
寒い冬、暖炉の前で保存方法を考えた夜。
母と笑いながら作った試作品。
全部、全部自分の人生だった。
それなのに。
「・・・盗作?」
ありえない。
意味が分からない。
混乱しているリリアへ、教師の冷たい声が降ってきた。
「リリア・ナーシアス。」
白髭の老教師が険しい顔で見下ろしていた。
「君の発表は重大な盗作疑惑がある。」
「ち、違います・・・!」
「カテリーナ嬢は昨年既に王立研究会へ提出している。」
書類が掲げられる。
会場がざわつく。
「いくつかは商品化もされている。」
リリアの顔が真っ白になる。
「え・・・?」
そんな。
そんな筈がない。
カテリーナは去年既に提出していた?
どうして?
だって。
それはリリアが村で考えていた物なのに。
「う、嘘・・・。」
「見苦しいぞ。」
ライアスが冷たく言った。
「自分の非を認めろ。」
「だから違うの!!」
リリアは叫んだ。
「私、本当に昔から考えてて・・・!村に試作品も——」
「証拠は?」
「え・・・。」
「持ってこれるのか?」
「そ、それは・・・。」
村は遠い。
すぐには証明できない。
その一瞬の沈黙が致命的だった。
「ほら見ろ。」
「言い訳じゃねぇか。」
「最低。」
周囲の嘲笑。
リリアの目から涙が溢れる。
「本当に・・・違うのに・・・。」
その時だった。
「・・・リリアさん。」
カテリーナがゆっくり立ち上がる。
そして悲しそうな顔でリリアを見つめた。
「貴女が学園で孤立していたのは知っていました。」
カテリーナは涙を浮かべる。
「だから私は、いつか分かり合えると思っていたんです。」
周囲から感動したような声が漏れた。
「カテリーナ様・・・。」
「なんてお優しい・・・。」
リリアは唇を震わせた。
違う。
違う。
その人は優しくなんかない。
でも証明できない。
「ですが。」
カテリーナは俯いた。
「私の研究を盗み、皆様を騙そうとするなんて・・・悲しいです。」
完全に被害者だった。
リリアは呆然とカテリーナを見る。
「(なんで・・・。)」
どうしてそんな顔ができるの?
どうして泣けるの?
どうして自分が被害者みたいな顔をしているの?
その瞬間。
リリアの中で初めて、ほんの僅かな恐怖が芽生えた。
——この人は、何かがおかしい。
だが。
その違和感を考える余裕は無かった。
「もういい。」
学園長が重々しく口を開く。
「本件は後日正式に処分を決定する。」
「学園長先生!」
リリアは縋るように叫ぶ。
「お願いです!信じてください!私は——」
「控えなさい。」
冷たい一言。
「これ以上騒ぎを起こすな。」
その目は完全にリリアを疑っていた。
周囲も同じ。
誰一人。
リリアを信じていない。
その現実が胸を抉った。
発表会後。
リリアが廊下を歩くと、生徒達が露骨に道を避けた。
「うわ、盗作女。」
「近寄らないで。」
「カテリーナ様可哀想……。」
悪意の視線。
ヒソヒソ声。
リリアは震える手でカバンを抱き締める。
すると。
ガンッ!!
「きゃっ!?」
後ろから強くぶつかられた。
床へ倒れる。
教科書が散らばった。
「邪魔なんだよ。」
セドリックが吐き捨てる。
周囲は誰も助けない。
それどころか笑っている。
「盗作者にはお似合い。」
「そのまま辞めれば?」
リリアは唇を噛み締めながら、散らばった紙を拾った。
ぽたっ。
涙が紙へ落ちる。
「・・・っ。」
悔しかった。
悲しかった。
でも。
「(負けちゃ駄目。)」
リリアは震える膝で立ち上がる。
「(ちゃんと証明すれば・・・村へ行けば分かってもらえる・・・。)
そう信じたかった。
信じなければ。
心が壊れてしまいそうだったから。




