4.愛の力〜過去3〜
魔法実技の授業。
王立学園の訓練場には、学年関係なく沢山の生徒達がずらりと並ばされていた。
本日の授業は“魔力循環”。
二人一組となり、お互いの魔力を接続して制御精度を高める基本訓練だ。
貴族社会では社交性も重要視される為、男女混合で組まされる事も多い。
教師は名簿を見ながら次々とペアを決めていく。
「では次。リリア・ナーシアスは——」
その瞬間だった。
「男子は絶対組まないで!!」
女子生徒の甲高い声が訓練場へ響いた。
リリアはビクリと肩を震わせる。
教師が困惑した顔をした。
「ど、どうした急に。」
「だって危険じゃないですか!!」
金髪の女子生徒が怯えたようにリリアを見る。
「あの子、男性を魅了するんでしょう!?」
ざわり、と周囲が騒めいた。
リリアは目を瞬かせる。
「……え?」
「カテリーナ様から聞いたわ!」
「乙女ゲームのヒロインって、攻略対象を惚れさせる存在なんでしょう!?」
「男子と組ませたら危険よ!!」
次々飛び出す意味不明な言葉。
攻略対象。
乙女ゲーム。
またその単語だった。
リリアは顔を青ざめさせる。
「ま、待ってください・・・。」
「近寄らないで!!」
女子生徒達はまるで害獣を見るような目でリリアを睨む。
「魅了魔法とか使われたらどうするの!?」
「カテリーナ様から殿下を奪う気よ!」
「最低!!」
「違います!!」
リリアは慌てて否定した。
「私はそんな事——」
「でも実際ヒロインなんでしょう!?」
「え・・・?」
リリアは絶句した。
何故。
何故皆んな、そんな荒唐無稽な話を当然みたいに信じているのか。
「あの子男と組むと愛の力だとかで魔力が増すんですって!」
その一言で、男子生徒達までざわついた。
「うわ!」
「なんだそれ。」
「怖ぇ・・・。」
露骨に距離を取られる。
リリアは唇を震わせた。
「そんな力ありません!」
「嘘よ。」
「ライアス殿下達を誘惑するんでしょ?」
「カテリーナ様が言ってたもの。」
その名前が出た瞬間。
リリアの胸がざわつく。
またカテリーナ。
またあの人。
何故あの人は、自分をそこまで危険視するのだろう。
その時だった。
「静かにしろ。」
低い声。
ライアスだった。
ざわついていた生徒達が一斉に黙る。
ライアスは冷たい目でリリアを見ると、吐き捨てるように言った。
「くだらない。」
「ら、ライアス様・・・。」
「この女程度に魅了される訳ないだろ。」
クスクス、と周囲から笑いが漏れた。
リリアはぐっと拳を握る。
「で、でも殿下・・・!」
「心配するな。」
ライアスはカテリーナを振り返る。
「俺は絶対に君を裏切らない。」
カテリーナは不安そうに瞳を潤ませた。
「ライアス・・・。」
「僕の愛は本物だ。」
その言葉に女子生徒達がうっとりした声を漏らす。
「素敵・・・。」
「真実の愛だわ・・・。」
リリアだけが置き去りだった。
理解できない。
何故ここまで嫌われなければならないのか。
教師が気まずそうに咳払いする。
「と、とにかく授業を進める。リリアさんは——」
「僕が組みます。」
銀髪の少年が前へ出た。
アルベルトだった。
整った顔には露骨な嫌悪が浮かんでいる。
「アルベルト様!?」
「安心しろ。」
アルベルトは冷たく笑う。
「俺は魅了なんぞに屈しない。」
周囲は感心したようにざわついた。
「さすが・・・。」
「精神力が強いのね。」
リリアは傷付いた顔で俯く。
何もしてない。
本当に何もしてないのに。
「来い。」
アルベルトが乱暴に言った。
リリアは震える足で前へ出る。
魔力循環は互いの手を触れ合わせて行う。
だが、リリアが手を差し出した瞬間。
アルベルトは露骨に顔をしかめた。
「・・・気持ち悪いな。」
「っ。」
「変な真似したら殺す。」
周囲から笑い声。
リリアの胸がズキリと痛む。
「始めろ。」
教師の合図。リリアは恐る恐る魔力を流した。
すると、アルベルトが突然。
顔を歪めて手を振り払った。
「っ!!」
バシッ!!
強く叩かれ、リリアの身体がよろめく。
「アルベルト様!?」
「危ない!!」
周囲が騒ぐ。
アルベルトは険しい顔でリリアを睨んだ。
「今、妙な魔力を流したな。」
「え・・・?」
リリアは真っ青になる。
「ち、違っ!」
「やっぱり魅了しようとしたのよ!!」
「最低!!」
「怖っ!!」
一斉に非難が飛ぶ。
リリアは混乱した。本当にただ魔力を流しただけだった。
でも誰も信じない。
アルベルトは吐き捨てるように言う。
「こんな女、学園へ入れるべきじゃない。」
その瞬間。
訓練場の空気が完全に決定的なものへ変わった。
——リリアは危険な存在なのだと。
「違います!」
リリアは震える声で叫んだ。
「私は普通に魔力を流しただけで——」
「まだ言い訳するのか?」
アルベルトは冷たい目でリリアを見下ろす。
「今の魔力、妙に粘ついていた。」
「え?」
意味が分からなかった。
粘つく魔力?
そんな感覚、リリア自身には全く分からない。
「魅了系統の魔法ってそういう感じらしいわよ。」
「やっぱりヒロインって怖い・・・。」
「男を誘惑する為の力なんでしょ?」
周囲は完全に決めつけていた。
教師までもが険しい顔をする。
「リリア、魔力操作をもう一度行ってみなさい。」
「は、はい・・・。」
リリアは涙を堪えながら頷いた。
怖かった。
何をしても疑われる。
でも。
「(ちゃんとやれば分かってもらえる。)」
そう信じるしかなかった。
リリアは再び魔力を流す。
淡いピンク色の魔力。
本来なら柔らかく穏やかな属性だった。
だが。
「っ・・・!」
アルベルトがまた顔を歪めた。
ガッ!!
今度は乱暴にリリアの腕を振り払う。
「気持ち悪い!!」
「きゃっ!」
リリアは地面へ倒れ込んだ。
訓練場の砂で制服が汚れる。
周囲から悲鳴とざわめきが上がった。
「アルベルト様が拒絶反応を!?」
「やっぱり魅了魔法よ!!」
「怖すぎる・・・!」
「違う!!」
リリアは涙声で叫ぶ。
「そんな魔法知らない!!」
「嘘つけ。」
男子生徒が吐き捨てた。
「平民上がりが王子狙うとかマジでありそう。」
「最低。」
「カテリーナ様可哀想・・・。」
リリアの胸がぐしゃぐしゃになる。
どうして。
どうして誰も信じてくれないの?
本当に何もしてないのに。
その時。
「もうやめて。」
震える声が響いた。
カテリーナだった。
彼女は青ざめた顔でリリアを見つめている。
「リリアさんも、きっと悪気があった訳じゃないの。」
「カテリーナ様!」
「でも。」
カテリーナは悲しそうに俯いた。
「人の心を操ろうとするのは駄目よ。」
その一言で。
周囲の空気が決定的に変わった。
「やっぱり。」
「認めたようなものじゃない。」
「怖っ。」
リリアは愕然とカテリーナを見る。
違う。
その言い方じゃまるで。
本当にリリアが魅了を使ったみたいじゃないか。
「わ、私はそんな事——」
「もう黙れ。」
ライアスが鋭く言い放った。
碧眼には嫌悪しか無い。
「カテリーナをこれ以上不安にさせるな。」
「・・・っ。」
「お前みたいな女がいるだけで迷惑なんだ。」
リリアは息を呑む。
初めて会った日からずっとそうだった。
まるで最初からリリアが“敵”だと知っているみたいに。
「先生。」
ルイスが前へ出る。
「この女を男子と接触させるのは危険です。」
「そうだな。
」
教師は渋い顔で頷いた。
「今後、リリアさんは女子生徒とのみ実技を行うように。」
その瞬間。
「えぇっ!?」
女子生徒達が悲鳴を上げた。
「嫌です!!」
「私達まで魅了されたらどうするんですか!?」
「怖い!!」
教師は困り果てた顔をする。
リリアは呆然とその光景を見ていた。
誰も。
本当に誰も。
自分を普通の人間として見ていない。
すると。
ぽつり、と誰かが呟いた。
「やっぱりヒロインって災厄なんじゃない?」
その一言に。
リリアの心が、音を立てて傷付いた。
授業終了後。
リリアは一人で訓練場の片付けをさせられていた。
他の生徒達はとっくに帰っている。
夕日だけが赤く差し込んでいた。
重い魔導具を運びながら、リリアは必死に涙を堪える。
「・・・なんで。」
ぽろり。
涙が落ちた。
「なんでこんな事になるの・・・。」
何をしても駄目だった。
笑っても。
頑張っても。
否定しても。
全部悪い方へ転がっていく。
その時だった。
「まだいたの?」
クスクス笑う声。
振り返ると女子生徒達が立っていた。
その中心には、カテリーナに取り巻く令嬢達。
「魅了女。」
「男好き。」
「最低。」
リリアは後退る。
「ち、違います・・・。」
「ねぇ。」
一人の女子生徒がニヤニヤ笑いながら近付く。
「本当に魅了魔法使えるの?」
「え・・・。」
「試してみてよ。」
その瞬間。
バシャッ!!
「っ!?」
冷たい水が頭から降ってきた。
リリアは息を呑む。
制服がびしょ濡れになる。
女子生徒達は大笑いしていた。
「あははは!!」
「みっともなーい!!」
「そのピンク髪濡れると余計気持ち悪い!」
リリアは震える。
悔しい。
悲しい。
苦しい。
でもそれ以上に、段々分からなくなってきていた。
本当に自分が悪いのか。
本当に自分は“普通”なのか。
周囲全員から怪物扱いされ続けると。
少しずつ。
少しずつ。
自分自身すら信じられなくなっていくのだった。




