54.しぶとい女〜ヒロインと悪役令嬢〜
「お客様~! 私を選んでくれてありが――って、アンタか。」
部屋へ入ってきたリリアの姿を見た途端、派手な化粧をしたカテリーナは露骨に眉をひそめた。
リリアは静かに彼女を見つめる。
「ライアスが死んだわ。」
「へぇ。」
あまりにも淡白な反応だった。
リリアは思わず眉を上げる。
「それだけ?」
「それだけよ。」
カテリーナはリリアに背を向ける。
「私を助けようともしなかった男に、今さら泣く理由なんてないわ。」
そして面倒そうに手を振る。
「用が済んだなら帰って。仕事の邪魔。」
その態度に、リリアは思わず苦笑した。
「本当にしぶといわね。」
「褒め言葉かしら?」
「全部失ったのに。」
カテリーナは鼻で笑った。
「ハッ!全部じゃないわ。」
キセルに火をつける。
ゆっくり煙を吐き出した。
「私はまだ生きてる。」
その言葉に、リリアは少しだけ目を細める。
「・・・そう。」
「一度に何人も相手した事あるけど、アンタのお母さんみたいに死ななかったしね。」
その一言に、空気が冷えた。
だがリリアは怒らなかった。ただ静かに聞いている。
カテリーナは続けた。
「惨めでも何でもいいわ。生き残った者が勝ちよ。」
リリアはため息をついた。
「本当に変わらないわね。反省とかないの?」
「今さら変わると思った?反省する理由なんてないもの。」
リリアは無表情ではあるが、内心唖然としていた。
「それよりライアンは?」
リリアは少し驚いた。
「気になるの?」
「一応息子だもの。」
「安心しなさい。」
リリアは答える。
「私の管理する場所で働いてるわ。危険な仕事はさせてない。いじめもない。」
カテリーナは小さく頷いた。
「そう。」
それ以上は聞かなかった。
しばらく沈黙が流れる。
やがてカテリーナが口を開く。
「それで?今日は何しに来たの?」
リリアは少し考えてから答えた。
「特に理由はないわ。ただ、どんな顔をして生きてるのか見に来ただけ。」
カテリーナは吹き出した。
「あはは!暇人ね!」
そして胸を張る。
「今の私はこの店の人気者よ。昔は王太子妃だったのにね。プライドを捨てたら案外どうにでもなるものだわ。」
リリアは呆れたようにジト目でカテリーナを見る。
「貴女、本当に図太い。」
「褒め言葉ね。」
カテリーナは得意げだった。
そして真顔になる。
「でも勘違いしないで。」
キセルに火をつける。
「私はどんな酷い目に遭っても絶対謝らない。反省もしない。今までも。これからも。」
リリアは黙って聞いている。
「私は自分を守るためにアンタを排除した。後悔はしてない。もし同じ状況なら、また同じことをする。それが私よ。」
その言葉を聞いて。
リリアは数秒沈黙した後――
突然吹き出した。
「あははははは!」
声を上げて笑う。
「本当に変わらない!ここまで来ると逆に感心するわ!王太子妃じゃなくなって夫も処刑されたのに!息子だって今は私ものみたいなものなのに!あははは!」
カテリーナは不満そうに顔をしかめた。
「笑うこと?」
「笑うわよ。」
リリアは涙を拭った。
「だって全部失ったのに、その性格だけは何やっても全然折れてないんだもの。」
「当たり前でしょ。」
カテリーナは鼻を鳴らす。
「私だもの。」
二人の視線が交わる。
そして――
リリアは背を向けた。
「もう行くわ。」
「二度と来ないで。」
「そのつもり。」
リリアは扉へ向かう。
「さよなら、カテリーナ。」
「ええ。」
カテリーナはキセルをくわえながら手を振った。
「さよなら。」
それが最後だった。
二人が再び会うことはなかった。
カテリーナはその後も生き残った。
どんな環境でも適応し、やがて店を任されるオーナーの立場になり、さらに年月を重ねていく。
誰よりも図太く。
誰よりも長く。
まるで雑草のように。
長く生きた。
元ヒロインは呆れた顔をした。
「なんかさぁ。」
深いため息を吐く。
「復讐になってなくない?」
リリアは肩をすくめた。
「そうかもね。全部奪ったつもりだったんだけど。」
元ヒロインは頭を抱えた。
「普通はもっと絶望するじゃん。イカれてる。」
「相手が悪かったわね。」
リリアは苦笑する。
そして遠くを見つめながら呟いた。
「カテリーナは結局、最後までカテリーナだったのよ。」
元ヒロインは再びため息をついた。
「まさか娼館での仕事が天職だったなんてね。力仕事でもさせときゃよかったよ。」
「そうね。ほんと、しぶとい女。」
リリアは小さく笑ったのだった。




