53.悪役令嬢と王太子〜過去7〜
ライアスが目を開ける。
眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
見慣れた天井。見慣れた部屋。王城の、自分の部屋だった。
「・・・は?」
思わず声が漏れる。
確か自分は絞首台にいたはずだ。
首に縄をかけられ。
床が抜け。
そして――。
「なんでだ・・・?」
ライアスは慌てて自分の首を触る。
首に痛みはない。
呼吸もできる。
生きている。
確かに生きている。
震える足で鏡の前に立つ。
そして固まった。
鏡の中にいたのは幼い少年だった。
金髪。
まだあどけない顔立ち。
幼い王太子。
十歳ほどの自分。
「俺、なのか・・・?」
呆然と呟く。
だが数秒後。
その顔が自分自身だと理解した。
「まさか・・・。」
心臓が激しく脈打つ。
「過去・・・?」
元ヒロインの仕業だろう。
「俺は過去に戻らないと言った筈なのに、何が目的なんだ?」
ライアスは深刻に考える。
その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開かれる。
「ライアス様ぁ!」
飛び込んできたのは幼いカテリーナだった。
金色の髪を揺らしながら涙を浮かべている。
未来を知るライアスは思わず表情を強張らせた。
かつて愛した相手。
だが今は違う。
愛情など欠片も残っていない。
残っているのは失望。軽蔑。そして疲労だけだった。
だがそれを表に出すことはできない。
ライアスは拳を握った。
そして思い出す。
今日が全てが原因の日。
全てが狂い始めた日。
乙女ゲームの話をカテリーナが初めて持ち出した日。
未来への分岐点。
「知ってしまったのです!私には別世界の記憶があります!その世界でこの世界は乙女ゲームだったんです!」
以前にも聞いたことある台詞を冷めた気持ちで聞いているライアス。
「皆んなヒロインを好きになるの!ライアス様も乙女ゲームのヒロインを選ぶのでしょう?」
震える声だった。
幼いカテリーナは本気で怯えていた。
未来を知らない頃の自分には意味不明だった言葉。
だが今なら理解できる。
全て理解できてしまう。
「婚約破棄をして私を国外追放にするのでしょう?」
不安そうな瞳。
当時の自分はその言葉に慌てた。
何も考えず。
深く考察もせず。
ただ彼女を安心させたかった。
だから言ったのだ。
『そんなことしない!』
『ヒロインなんて来たら追い出してやる!』
と。
あの軽率な言葉が全ての始まりだった。
あの瞬間、自分は乙女ゲームを前提に考えることを受け入れてしまった。
それが破滅への第一歩だった。
ライアスは深く息を吸う。
そしてカテリーナを真正面から見つめた。
未来を変えるために。
今度こそ間違えないために。
「カテリーナ。」
真剣な声だった。
「少女ゲームじゃなくて僕を信じてくれ。」
乙女ゲームの呪縛から解き放つ必要が合った。
カテリーナが目を丸くする。
「え・・・・?」
予想外だったのだろう。
ライアスは続けた。
「僕はヒロインを好きにならない!絶対にだ!そんな未来は来ない!」
カテリーナの瞳が揺れる。
だがまだ不安は消えていない。
「でも、ライアス様はヒロインを好きになるのでしょう・・・?」
その声は弱々しかった。
ライアスは首を横に振る。
「なら証明する。」
「証明・・・?」
「誓約書を書く。」
カテリーナが目を見開く。
「誓約書?」
「ああ。」
ライアスは即答した。
「もし僕がカテリーナを裏切って、婚約破棄したり国外追放にしたりした時にはーー」
一拍。
「王太子の地位を捨てる。平民になってもいい。国外追放でも構わない。」
カテリーナの顔が青ざめる。
「そんな・・・!ライアス様!」
ライアスは静かに続けた。
「それでも信じられないなら。君の望む条件を追加してくれ。僕は署名する。父上に王印を頼む。」
王印が押された誓約書は必ず実行される。
「だから僕自身を信じてほしい」。
未来を知ってるライアスだからこそ言える言葉だった。
カテリーナには乙女ゲームより。運命より。予言より。
まず目の前の人間を信じろと、そう言いたかった。
乙女ゲームの呪縛からカテリーナを解放するために。
カテリーナの身体が震える。
大粒の涙が零れた。
「信じて、良いのですね?」
「ああ。」
ライアスは頷く。
「誓約書は絶対だ。僕は約束を破らない。」
カテリーナは堪えきれなり、勢いよくライアスへ抱きつく。
「ライアス様・・・!」
幼い身体が震えている。
ライアスもゆっくり腕を回した。
抱きしめ返す。
だが、胸は何も温かくなかった。
未来で失ったものが大きすぎた。
もう彼女を愛してはいない。
むしろ憎しみすらある。
それでもライアスは抱きしめる。
未来のために。
ただ一人。
愛する息子のために。
ライアンのために。
「(待っていてくれ。)」
胸の奥で呟く。
「(ライアン、必ずお前に会う。)」
愛情のない抱擁。
偽りの恋人。偽りの婚約者。
だがライアスは決めていた。
ライアンをこの世に生まれさせるためなら。
どんな芝居でも続けると。
そして同時に願う。
今度こそ。
リリア・ナーシアスが。
そして母エミリアが。
誰にも傷つけられず。
正しく幸せな未来を歩めることを。
固く心に誓うのだった。




