52.息子の為ならば〜元王太子4〜
元ヒロインにリリアに会わせてもらうように、言ってから十日が経った。
その日も同じだった。
ライアンの身を案じながら作業をする。
その時、空気が変わる。
『リリアに会わせてあげる』
声と同時に世界が歪んだ。
次の瞬間。
ライアスは別の場所に立っていた。
黒。
壁も床も天井も、黒で統一された空間。
その中にただ一つだけ、鮮やかなピンクの存在があった。
リリア。
彼女は椅子に座ったまま、ライアスを冷たい目で見ていた。
感情のない視線。
かつての面影だけが残っているようで、しかしもう別の何かだった。
「それで?」
静かな声。
「お願いって何?」
ライアスは一瞬言葉を失う。
喉が乾く。
だが、すぐに膝をついた。
「その前に。」
声が震える。
「謝りたかった。」
深く頭を下げる。
額が床につく。
「すまなかった。」
沈黙。
リリアは動かない。
やがて、淡々とした声が落ちる。
「全てが手遅れね。どうでもいいわ・」
ライアスは目を閉じたまま、小さく息を吐いた。
「・・・そう、だな。」
それ以上何も言えなかった。
リリアは視線だけを動かす。
「で?お願いって?」
ライアスは顔を上げた。
「子供たちを・・・労働から解放してくれ。」
必死だった。
声が裏返る。
「お願いだ。」
リリア冷めた目でライアスを見る。
「全部のレンガが出来たら解放するつもりではあったわよ。」
淡々とした口調。
「いつになるかは知らないけど。」
ライアスは即座に立ち上がるように前のめりになる。
「今すぐに解放してほしいんだ!」
声が荒くなる。
「お願いだ!」
「無理。」
リリアは即答した。
一切の揺らぎもない。
「帝国に必要な作業だから。」
ライアスは一瞬だけ言葉を失い、そして必死に続ける。
「じゃあ、一人だけでもいい。」
喉が震える。
「息子だけは、ライアンだけは解放してくれ!このままじゃ・・・俺の息子って事でどこでどうなるか分からない。」
必死の願い。
リリアの唇が、わずかに歪んだ。
「へぇ誰だって?」
ライアスは即答した。
「ライアンだ!俺の息子だ!」
「・・・はぁ?」
リリアの声が冷たくなる。
「尚更イヤ。」
ライアスは拳を握る。
そして――
「俺の命と引き換えだ。」
はっきりと言った。
「これでどうだ。」
その瞬間。
リリアの表情が止まった。
数秒間の沈黙。
そして、ゆっくりと口元が変わる。
恍惚の笑みをした。
「いいじゃない!」
声が弾む。
「ライアス、貴方の息子だけは特別に助けてあげる。」
一拍。
「アンタの命と引き換えに。」
その言葉で、すべてが決まった。
翌日。
絞首台。
民衆が遠巻きに集まっていた。
重い空気の中で、誰もが口を閉ざしている。
ライアスは中央に立たされていた。
首には縄。
足元の板は、わずかに揺れている。
「リリアってじっくりじわじわ復讐するのが好きだと思ってたよ。命をかけて子を守る親の姿に感動したんだろうね。」
元ヒロインは肩をすくめる。
元ヒロインはライアスの耳元で囁やいた。
「安心して。」
明るい声。
「君の息子はちゃんと保護するから。リリアと私は約束は守るからね!」
ライアスは少しだけ目を伏せる。
「頼んだ。」
短い返事。
それ以上はなかった。
不思議と怖くはなかった。
自分の犠牲で愛する息子が救われるからだろう。
縄が引かれる。
床が抜ける。
その瞬間。
世界が一度だけ、完全に静かになった。




