50.消えた未来3〜元王太子2〜
あれから一週間。
労働現場の空気は、以前よりさらに重くなっていた。
ルイス、アルベルト、セドリック、ノア――4人は嫌がらせや罵声を受けながらも、黙々と作業に向き合っていた。
誰かに許されるためというより、そうするしかないというように。
それぞれの胸の奥には、あの夢の残像がまだ残っている。
あり得たはずの未来。
取り戻せない現実。
その差が、彼らを静かに追い詰めていた。
以前よりルイス、アルベルト、セドリック、ノアの反応が薄くなったり無視に変わると、民衆の何人かはつまらなくなってあの時学生だった者達を探す者が出てきた。
元学生達への制裁が始まったのだ。
「お前リリア様をいじめていた仲間だな!」
「お前達のせいで俺達は!」
現場は魔女狩りのようになっていた。
その日も同じだった。
乾いた音が響く。
ライアスの額に、小石が当たった。
「っ・・・。」
鋭い痛みが走る。
血は出ないが、鈍い痛みだけが残る。
ライアスは額を押さえながら、反射的に周囲を見た。
だが怒ることも、追いかけることもできない。
ただ一つ、頭をよぎるのは――
「(ライアンは・・・大丈夫だろうか。)」
そのことだけだった。
その夜。
ライアスは労働者宿舎の硬い寝台に横になっていた。
疲れているはずなのに眠れない。
目を閉じれば浮かぶのはリリアだった。
泣いているリリア。
怯えているリリア。
助けを求めるリリア。
そして、そんな彼女を追い詰めた自分。
王太子でありながら。
誰よりも力を持ちながら。
カテリーナの意見だけを鵜呑みにして・・・。
やがて重くなった瞼が閉じる。
そして夢が始まった。
夢の中。
それはリリアが学園へ入学してきた日だった。
だが知っている記憶とは違った。
「お前がリリア・ナーシアスか?」
ライアスは彼女の前へ立つ。
鮮やかなピンク色の髪。
ピンク色の瞳。
緊張したように背筋を伸ばす少女。
「は、はい。」
「よろしく頼む。」
ライアスは自然に手を差し出した。
リリアは目を丸くする。
「え?」
「同じ学園の生徒だろう。」
「・・・はい。」
恐る恐る握られる手
リリアの手は柔らかかった。
夢の中のライアスは優しく笑った。
「何か困ったことがあれば相談しろ。」
「ありがとうございます!」
その笑顔が最初だった。
ある日の図書館。
ライアスが本棚の間を歩いていると。
高い棚に手を伸ばしているリリアを見つけた。
「届かないのか?」
「うぅ・・・あと少しなんですが。」
背伸びする。届かない。
ライアスは本を取って渡した。
「これか。」
「あっ!」
リリアの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「そんなに読みたかったのか。」
「はい!」
リリアは本を抱き締める。
「魔法理論の本なんです!」
その瞬間、夢の中のライアスは思った。
「(可愛い。)」
リリアは本当に嬉しそうだった。
婚約者のいる身で何を考えているんだと頭を振る。
「(俺にはカテリーナがいるんだぞ!)」
それから二人は図書館でよく鉢合うようになった。
リリアは本が好きだった。
発明の本。魔法の本。歴史書。経済書。農業の本。
何でも読んでいた。
そして楽しそうに話す。
「この魔法式すごいんです!」
「そうなのか。」
「ここを少し変えるだけで効率が二倍になります!」
ライアスには難しい話だった。
だがリリアが嬉しそうだから聞いていた。
気付けばそれが楽しみになっていた。
昼休み。
リリアが一人で弁当を食べている。
ライアスは自然と隣へ座った。
「一人か?」
「はい。」
「なら一緒に食べよう。」
リリアが固まる。
「王太子殿下とですか!?」
「嫌か?今更だろ。」
「いえ!」
慌てる姿に思わず笑った。
「私、まだ友達出来ないんです。」
「そうなのか?」
「理由も分からなくて、誰も教えてくれなくて・・・だからこうしてライアス様とお昼を食べることができて嬉しいです!」
「俺も、嬉しいぞ。」
「はい!」
その日から2人は昼休みを一緒に過ごすようになった。
リリアはよく笑った。
パンを落として慌てたり。
新しい発明を思いついて興奮したり。
好きな本の話で熱くなったり。
見ていて飽きなかった。
そしてライアスはどんどんリリアに惹かれていった。
だけどある日。
「リリア・ナーシアスはお前だな。ちょっと来い。」
ルイスがリリアのクラスに来た。
ルイスの後ろには泣きそうな顔のカテリーナがいた。
昼休み。
「どうしたんだ?」
いつもの所にリリアがいなかった。
ライアスは何故か胸騒ぎがした。
リリアを探しにライアスは学園を走り回る。
そして校舎裏で見つけた。
ただし、リリアはうつ伏せに倒れルイスに髪を掴まれその表情は痛みで歪んでいた。
頬も酷く腫れていた。
リリアの周りをルイス、カテリーナと数名の生徒が取り囲んでいた。
「貴様等ァ!!何をしているッ!!!」
ライアスの聞いたことない怒号にカテリーナの肩がビクッとなる。
ライアスは目の前の光景に頭に血が上る程怒っていた。
取り巻きの数名の生徒達は逃げようかと考えている。
「彼女を離せ!」
ルイスは掴んでいたリリアの髪を乱暴に離した。
ルイスは気にしてないかのように無表情だ。
「何怒っているんですか?婚約者のいる男に近づいたこの女が悪いのでしょう?しかも相手は王太子殿下だ。姉上のように釣り合う地位の婚約者がいるくらい普通分かるでしょ?」
カテリーナは涙を浮かべながらもリリアを睨む。
「・・・・リリアさん、貴女ライアスの事が好きなんでしょ。」
リリアの感情は今ぐちゃぐちゃだった。
唯一一緒にお昼ご飯を食べたり、図書館で一緒に本を読んでいた相手に婚約者がいたことを知らなかった事、そして身分が釣り合わないと分かっていてもライアスが好きになっていたこと。
今みたいに制裁されも仕方ないと思う反面、また一緒にお昼を食べ、図書室で過ごしたいと、感情はぐちゃぐちゃだったが、ここでリリアが伝えることは一つ。
リリアはなんとか立ち上がりカテリーナに頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、すみまーー」
「それ以上言うな!!」
ライアスが遮った。
ライラスは両膝をついた。
「すまないカテリーナ。好きな女ができた。」
その場にいる全員が目を丸くした。
「誰よりも守りたい女だ。だからこれ以上婚約関係を続けられない。俺のことは殴るなり蹴るなり好きにしていい。だからこれ以上リリアに手は出さないでくれ。」
「アンタ何いってんのか分かってるんですか!!」
ルイスはライアスの襟を掴む。
「この婚約の意味を分かってる。分かった上で言っている。」
「クソ王子が!!」
ルイスの拳が腹に2発入る。
「なんで?なんでなのよ?なんの為に誰の為に私は今まで頑張ったと思うのよ!」
バチーンッ!
カテリーナの張り手がライアスの顔に入る。
ルイスの蹴りが思い切りライアスの腹に入った。
「ガハッ!」
衝撃と痛みで息が出来なくなる。
ルイスが拳を振り上げる。
「もう止めて!!」
リリアはライアスの上に覆い被さった。
「おい、田舎女。」
ルイスは冷たい目でリリアを見る。
「公爵令嬢の姉上から王太子を奪ったんだ。それなりの覚悟はあるんだろうな。」
リリアは涙を溜めた目でルイスとカテリーナを見た。
「正直、覚悟とかわかんないけど・・・ライアス様と一緒にいるために努力が必要なら、全力を尽くします。」
ルイスは肩をすくめた。
「あっそ。浮気男に田舎娘、いつか後悔して死んじゃえば?行きましょう姉上、姉上にはもっと相応しい男がいる筈です。」
カテリーナは涙をハンカチで拭いながら2人を睨む。
「ライアス・・・これで済むと思わないでね。そこの貴女も一生許さないから。」
そしてカテリーナとルイスは去っていった。
リリアとライアスはお互いを見た。
「私達ボロボロですね。」
「ああ、みっともないくらいボロボロだ。」
腫れた頬、土埃で汚れた制服、乱れた髪。
全身痛かったが、なんだかおかしくて2人で笑った。
その後、カテリーナとの婚約破棄は大変に大変だったがライアスの有責によって慰謝料を払い、婚約破棄は成立したのであった。
そしてライアスとリリアの仲は有名になった。
悪く言う者も多くはいたが、努力家のリリアを応援する人も徐々に増えていった。
「ライアス様。」
「何だ。」
「私、王都に来て良かったです。友達もできましたし。」
「そうか。」
「それに。」
少し照れながら言う。
「ライアス様もいますし。」
リリアの笑顔にライアスの心臓が跳ねた。
その笑顔が可愛かった。
とても。




