47.消えた未来2〜攻略対象3〜
セドリック。
その夜。
疲れ果てた身体を横たえながら、彼はいつの間にか眠りへ落ちていた。
労働が始まってからというもの、夢などほとんど見なかった。
見たとしても悪夢ばかりだった。
泣いているリリア。
加害に加担する自分。
そんなものばかりだった。
だがその日の夢は違った。
夢の中で。
セドリックは騎士団長ではなく、辺境伯になっていた。
広大な領地。整備された街道。豊かな畑。笑顔で暮らす領民達。
かつて自分が理想としていた領地そのものだった。
そして、その隣にはリリアがいた。
「セドリック!」
元気な声。
振り返る。
ピンク色の髪を風になびかせながら、リリアが駆けてくる。
満面の笑顔だった。
その笑顔を見ただけで胸が温かくなる。
夢の中のセドリックにとって、それは当たり前の感覚だった。
「また勝手なことしてないだろうな。」
「失礼ね。」
リリアは胸を張る。
「ちゃんと許可を取ってるわ。」
「何のだ。」
「水路の拡張。」
「・・・何だって?」
嫌な予感しかしない。
案の定だった。
リリアは嬉しそうに地図を広げる。
そこには新しい灌漑計画がびっしり書かれていた。
「この辺りの畑、収穫量が少ないでしょう?」
「そうだな。」
「だから水路を広げるの。」
「簡単に言うな。」
「でも成功したら収穫量二倍!」
目を輝かせるリリア。
セドリックは頭を抱える。
だが、本気で止めようとは思わない。
なぜなら、リリアが考えることは大体成功するからだ。
「お前、本当に無茶するな。」
「えへへ。」
「褒めてない。」
「知ってる。」
そう言って笑うリリア。
その姿が愛おしい。
夢の中の自分は知っていた。
リリアがどれだけ努力家か。
どれだけ領地のために頑張っているか。
誰よりも知っていた。
だから、彼女を誇りに思っていた。
そして彼女を誰よりも愛おしく想っていた。
やがて二人は結婚していた。
幸せだった。
朝起きればリリアがいる。
食事をすれば隣にいる。
執務を終えれば迎えに来る。
夜になれば笑い合う。
ある日。
執務室で仕事をしていると。
後ろからふわりと抱き付かれた。
「疲れてる?」
リリアだった。
「少しな。」
するとリリアは背中に額をくっつける。
「頑張りすぎ。」
「誰のせいだと思ってる。」
「私?」
「お前だ。」
リリアが笑う。
その笑い声が好きだった。
守りたいと思った。
一生。ずっと。その笑顔を。
そして数年後。
二人の間には三人の子供がいた。
みんな元気だった。
「父上ー!!」
泥だらけになりながら駆けてくる。
「また汚してきたのか。」
「楽しかった!」
「そうか。」
怒ろうとしても結局怒れない。
子供達はリリアによく似ていた。
明るくて。元気で。好奇心旺盛で。
そして、リリアも一緒になって泥だらけだった。
「お前もか。」
「だって楽しかったの!」
「母親だろうが。」
「えへへ。」
全く反省していない。
セドリックはため息を吐く。
だが口元は笑っていた。
夕暮れ。
家族全員で丘へ向かう。
辺境の大地が一望できる場所。
黄金色の畑。綺麗な川。豊かな街。
守り抜いた領地。
そして、守り抜いた家族。
リリアが隣へ座り肩を寄せる。
「ねぇ。」
「何だ。」
「幸せ?」
セドリックは即答した。
「ああ。」
迷いなく。
心の底から。
「お前がいるからな。」
リリアが真っ赤になる。
「ずるい。」
「何がだ。」
「急にそういうこと言う。」
「事実だ。」
リリアは照れながら笑った。
子供達の笑い声が聞こえる。
風が吹く。平和だった。穏やかだった。
これ以上望むものは何もなかった。
その時、セドリックは理解した。
これはただの夢ではない。
本来なら自分が手に入れていたかもしれない未来だ。
守るべきだった未来。
リリアの味方になって守っていれば、こんな未来もあったのかもしれない。
そして夢は終わる。
目を開ける。
薄汚れた労働者の宿舎。硬い寝床。冷たい空気。
隣には誰もいない。リリアはいない。子供達もいない。笑顔もない。幸せもない。
あるのは、後悔だけ。
セドリックは天井を見つめた。
夢の中のリリアの笑顔が離れない。
本当に。
幸せそうだった。
だが、その笑顔を壊したのは自分だった。
だから失った。
セドリックは目を閉じる。
「俺は・・・。」
掠れた声が漏れる。
「守るべきものを・・・。」
拳が震える。
「間違えた。」
誰も答えない。
そして朝が来るまでセドリックは眠ることができなかった。
自分の選択を悔やみ、二度と手に入らない未来を思いながら。
ノア。
その夜。
ノアは久しぶりに夢を見た。
それは労働現場の悪夢ではなかった。
誰かに殴られる夢でも。
罵倒される夢でも。
リリアが泣く夢でもなかった。
夢の中で。
ノアは大陸最大の商会長になっていた。
王国。帝国。共和国。海を越えた異国。
どの国にも支店がある。
誰もがその名を知る大商会。
エヴァンス商会。
その頂点に立つのがノアだった。
巨大な執務室。
壁一面に世界地図が広がっている。
物流網。航路。商路。契約先。取引先。
全てが記されていた。
だが、ノアは地図を見ていなかった。
「ノアーーー!」
勢いよく扉が開く。
聞き慣れた声。
リリアだった。
ピンク色の髪を揺らしながら走ってくる。
両手には大量の資料。
顔は満面の笑み。
夢の中のノアは自然と笑った。
「また何か思いついたの?」
「うん!」
リリアは机いっぱいに資料を広げる。
「ここ!」
指差したのは新しい商路だった。
「この流れ悪いから変えよう。」
「根拠は?」
「経験。」
即答だった。
ノアは苦笑する。
だが、それだけで十分だった。
なぜならリリアの勘は外れない。
夢の中のノアは知っていた。
彼女がどれだけ優秀か、どれだけ努力家か、どれだけ未来を切り開いてきたか。
誰よりも知っていた。
「分かった。」
「信じるの?」
「君だからね。」
リリアが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見るだけで。
ノアの疲れが吹き飛ぶ。
夢の中のノアは。
そんな毎日を送っていた。
仕事をして。
リリアと笑って。
一緒に商会を大きくして。
夜になると二人で帰る。
当たり前のように。
ある日の帰り道。
王国の夜景が広がっていた。
リリアが隣を歩いている。
「ねぇ。」
「何?」
「今日も楽しかった!」
「仕事なのに?」
「ノアと一緒だから。」
ノアは思わず立ち止まる。
リリアは首を傾げた。
「どうしたの?」
「反則だよ。」
「何が?」
「可愛すぎる。」
リリアの顔が一瞬で真っ赤になった。
「ばっ・・・!いきなり何言うの!?」
「本当のこと。」
ノアは笑う。
リリアは顔を隠す。
そんな姿すら可愛かった。
やがて二人は結婚した。
盛大な結婚式だった。
商会関係者。貴族。王族。帝国の重鎮。
大勢の人間が祝福する。
だが、ノアの視線は一人しか見ていなかった。
花嫁姿のリリア。
世界で一番綺麗だった。
誓いの言葉を交わした時。
リリアは泣いていた。幸せそうに。嬉しそうに。
その姿を見て。
ノアは心から思った。
この人を愛して良かった。
この人を、本当に・・・。
そして数年後。
二人の間には息子が生まれていた。
ピンク色の髪。
ノアによく似た優しい紺色の瞳。
元気いっぱいの男の子だった。
「お父さん!」
執務室へ飛び込んでくる。
「どうした?」
「ぼくも商人になる!」
息子は胸を張った。
ノアは笑う。
「そうなんだ。」
「うん!」
すると後ろからリリアが現れる。
「絶対なれるよ。」
「うん!絶対なる!」
「だってノアに似てるもの。」
「リリアじゃない?」
「私?」
二人は笑う。
息子も笑う。
本当に。
幸せだった。
ある日の夜。
仕事を終えたノアは屋上へ向かう。
そこにはリリアがいた。
夜景を眺めている。
「こんなところにいた。」
「少し考え事。」
ノアは隣へ立つ。
リリアが自然に肩へ寄り掛かる。
それが当たり前だった。
夫婦だから。家族だから。
「ねぇノア。」
「うん。」
「幸せ?」
ノアは笑った。
迷う理由がない。
「ああ。」
即答だった。
「君がいるから。」
リリアが照れながら笑う。
「私も。」
その一言だけで十分だった。
世界中の富より。
どんな商会より。
価値があった。
その時、ノアは理解する。
この商会は完成している。
物流網。技術。家族。未来。
全てが繋がっている。
そして中心には、リリアがいる。
リリアを信じたからこそ、この未来は存在している。
夢ではない。
本来なら自分が掴めたかもしれない未来。
そして。
夢は終わる。
目を開ける。
冷たい寝床。薄暗い小屋。硬い床。
現実だった。
隣にリリアはいない。息子もいない。商会もない。笑顔もない。幸せもない。
あるのは、労働と後悔だけ。
ノアは天井を見つめた。
夢の中のリリアの笑顔が離れない。
自分を愛してくれた瞳。
幸せそうな明るい声。
温かな家族。
全部。
本当に存在していた気がした。
だが、自分が壊した。
カテリーナを信じたから。
自分が傷付けた。
だから失った。
ノアは震える手で顔を覆う。
「僕は・・・。」
声が震える。
「未来の流通だけじゃない・・・。」
涙が零れた。
「未来の家族も・・・。」
喉が詰まる。
「全部・・・壊したのか・・・。」
ただ悔しくて悲しかった。
その夜のノアは、朝が来るまで泣き続けた。
二度と手に入らない未来を思いながら。
4人が目を開けると現実があった。
朝の光の中。
4は同じ結論に辿り着いていた。
4人は自然と同い場所に集まっていた。
夢の中のリリアは“理想”ではない。
そこには必ず「子供」がいた。
それは象徴ではない。
“未来の証明”だった。
だが現実には存在しない。
誰もその未来を選ばなかったからだ。
理由は一つ。
カテリーナだ。
「・・・全部、あの時からだったな。」
セドリックが答える。
初めて会った時の校舎の玄関前にいたリリアを思い出す。
「止められたはずだった。乙女ゲームなんか信じなかったら。」
アルベルトが唇を噛み締める
そして最後に、四人の心の奥で同じ名前が沈む。
「カテリーナ・・・。」
ノアは忌々しそうにその名を呟く。
それはもう人の名ではない。
失われた未来の、原因の名だった。
「あと、ライアスのせいだ。」
ルイスの目は新たな敵を見つけた目をしていた。
「婚約者のあいつがクソ姉を止めないから!」
そして4人は歩き出す。
ライアスの元へ向かって。




