46.消えた未来1〜攻略対象2〜
同じ朝。
ルイス・アルベルト・セドリック・ノアの4人はそれぞれの場所で目を覚ました。
だが誰も、すぐには起き上がれなかった。
見た夢があまりにも現実に近すぎた。
それは願望ではなく――
感覚で分かったその夢は“もし正しく選んでいた場合の人生”そのものだったからだ。
ルイス。
その夜も眠れなかった。
労働で疲れ切っているはずなのに、目を閉じれば思い出す。
リリア。
泣いていた少女。
怯えていた少女。
自分が追い詰めた少女と、死なせた母エミリア。
胸が苦しくなりながらも、いつの間にか意識は闇へ沈んでいった。
それは夢だった。
だが、あまりにも鮮明だった。
ルイスは王都の大図書館の一室にいた。
高い天井。壁一面の本棚。
窓から差し込む柔らかな陽光。
静かで穏やかな空間。
そこは夢の中のルイスが長年勤めていた大図書館長の執務室だった。
机には山のような資料。
だが不思議と嫌ではない。むしろ心地よかった。
扉が開く。
「ルイス。」
聞き慣れた声。
振り返る。
そこにはリリアがいた。
鮮やかなピンク色の髪。柔らかな笑顔。
何の怯えもない瞳。
夢の中のリリアは、ルイスを見るだけで嬉しそうに笑う。
「見て、この資料。」
当然のように隣へやって来る。
当然のように肩が触れる。
ルイスは資料を受け取った。
「また新しい理論か?」
「うん。」
リリアは得意そうに笑う。
「前の理論の欠点が見つかったから改良したの。」
「どこだ?」
「ここ。」
二人で資料を覗き込む。
自然だった。
まるで何十年もそうしてきたように。
その後も二人は一緒だった。
昼食も。仕事も。帰宅も。全部。
当然のように隣にリリアがいる。
ある日の帰り道。
夕暮れの街を二人で歩いていた。
リリアが腕を絡めてくる。
「ねぇ。」
「何だ?」
「今日もお疲れ様。」
「リリアもね。」
するとリリアは少し頬を染めた。
「えへへ。」
その笑顔が可愛い。
何気ない幸せを感じた。
ルイスは思わず頭を撫でた。
「子供扱いしないで。」
「してない。」
「してる。」
唇を尖らせる。
その様子が愛おしい。
気付けばルイスは笑っていた。
現実では何年も忘れていた笑顔だった。
やがて二人は結婚した。
大きな式ではなかった。
親しい人達だけの温かな式。
白いドレス姿のリリアは綺麗だった。
誰よりも。
本当に。
誰よりも。
誓いの口付けを交わした瞬間、リリアは泣いていた。
嬉しそうに。幸せそうに。
その姿を見てルイスは胸がいっぱいになる。
守りたい。この笑顔を一生。
そう思った。
数年後。
二人には息子が生まれていた。
リリア譲りの鮮やかなピンクの髪。
好奇心旺盛な紅眼。
元気な男の子だった。
図書館の中を走り回る。
「お父さま!」
「こらこら走るな。」
「読めた!」
「どれだ?」
小さな本を差し出される。
難しい本だった。
まだ子供なのに。
ルイスは目を丸くした。
「すごいじゃないか。」
「えへへ!」
息子は得意そうだ。
その横でリリアが笑っている。
「あなたに似たのよ。」
「いや、図書館で走り回る所はリリアに似たんだろ。」
「失礼ね。」
二人で笑う。
息子も笑う。
幸せだった。
穏やかだった。
何でもない毎日だった。
だが、それが何より尊かった。
夜。
寝室。
リリアが隣で本を読んでいる。
ルイスは仕事を終え、その姿を眺めていた。
「何?」
視線に気付いたリリアが首を傾げる。
「いや。」
ルイスは小さく笑う。
「好きだなと思って。」
リリアが固まる。
そして真っ赤になる。
「い、いきなり何言ってるの!?」
「事実だ。」
「ばか!」
枕が飛んできた。
ルイスは笑った。
リリアも笑った。
その笑い声が心地良い。
これが。
本来あったかもしれない未来。
努力家で。優しくて。真面目で。家族思いで。
誰よりも誠実だった少女。
そんなリリアを信じていたら。
こんな未来もあったのかもしれない。
夢の中で。
リリアが微笑む。
「ルイス。」
「ん?」
「幸せ?」
ルイスは迷わず答えた。
「ああ。」
「リリアがいるからな。」
リリアは照れ臭そうに笑った。
「私も。」
その言葉だけで十分だった。
そして夢は終わる。
目を開ける。冷たい天井。硬い寝床。薄汚れた毛布。
現実だった。
隣にリリアはいない。息子もいない。温かな家族もない。図書館もない。
幸せもない。
あるのは労働現場だけ。
罵声だけ。
後悔だけ。
ルイスはしばらく動かなかった。
ただ天井を見つめる。
胸が痛い。
苦しい。
息ができない。
「・・・あったのかな。」
掠れた声が漏れる。
「本当に。僕にも。こんな未来が・・・。」
目から涙が零れた。
一滴。二滴。止まらない。
リリアを守っていたら。
信じていたら。
姉の言葉だけを信じなければ。
排除しようとしなければ。
追い詰めなければ。
あの幸せは。
本当に存在したのかもしれない。
だが、もう遅い。
ルイスは毛布を握り締める。
声を殺して泣いた。子供のようにみっともなく。
何度も。何度も。
失った未来を思いながら。
アルベルト。
その夜。
珍しく夢を見た。
いつもなら眠れば終わりだ。
だがその日の夢は違った。
あまりにも鮮明だった。
まるで本当に生きていた人生のように。
夢の中のアルベルトは王国魔塔の塔主だった。
高くそびえる白い魔塔。
最上階には巨大な研究室。
机の上には設計図。魔法陣。魔道具。研究資料。積み上げられた論文。
誰もが憧れる魔法研究の頂点だった。
だが、アルベルトの視線はそんなものには向いていなかった。
「アルベルトーーー!!」
勢いよく扉が開く。
聞き慣れた声。
振り返る。
そこにはリリアがいた。
鮮やかなピンク色の髪を揺らしながら走ってくる。
両手には何かの設計図。
目を輝かせていた。
「見て見て!」
「また何かやらかしたのか。」
「やらかしたって何よ!違う成功したの!」
「何が。」
「全部!」
「雑すぎるだろ。」
リリアは不満そうに頬を膨らませる。
その顔が面白くて。
アルベルトは思わず笑った。
夢の中の自分は知っていた。
この少女がどれほど凄いか。
誰よりも。天才だった。努力家だった。諦めなかった。
だから、リリアが「成功した」と言う時は。
本当に成功している。
「危険度は?」
「多分大丈夫!」
「お前の多分は信用できない。」
「ひどい!」
そう言いながらも。
アルベルトは設計図を受け取る。
目を通す。
数秒後。
思わず目を見開いた。
「・・・完成してる。」
「でしょ?」
リリアが胸を張る。
得意げな顔。
子供みたいだった。
可愛い。
夢の中のアルベルトは当たり前のように思った。
リリアは照れながら笑う。
「褒めて。」
「よくやった。」
「もっと。」
「天才。」
「もっと。」
「可愛い。」
リリアの顔が真っ赤になる。
「ば、ばか!」
設計図で叩かれた。
アルベルトは笑う。
リリアも笑う。
それが当たり前の日常だった。
やがて二人は結婚した。
魔塔の人間達は大騒ぎだった。
「魔塔主様が結婚した!」
「相手はリリア様!?」
「お似合いすぎる!」
祝福の声。笑顔。拍手。
誰もリリアを嫌わない。
誰も傷付けない。
その光景が眩しかった。
新婚生活も騒がしかった。
朝の研究室。
「アルベルト!」
「何だ。」
「好き!」
いきなりだった。
「そうか。」
「反応薄い!」
「毎日言われてるからな。」
「むぅ!」
膨れるリリア。
アルベルトはそんな彼女の頭を撫でた。
「俺も好きだ。」
リリアが固まる。
そして耳まで真っ赤になる。
「ずるい。」
「何が。」
「不意打ち。」
アルベルトは笑った。
幸せだった。
本当に。
幸せだった。
数年後。
2人の間には娘がいた。
鮮やかなピンク色の髪。
アルベルト譲りの紫の瞳。
元気いっぱいの女の子だった。
研究室を走り回る。
「お父さん!」
「走るな!」
「できた!」
紙を突き出される。
魔法式。
アルベルトが固まる。
「・・・読めるのか?」
「うん!」
まだ5歳だった。
なのに既に魔法理論を理解していた。
「ここ間違ってる!」
娘が指差す。
本当に間違っていた。
アルベルトは頭を抱える。
「なんだこの天才化け物娘は。」
リリアが笑う。
「私が教えた。」
「教えるな!」
「別にいいじゃない。」
娘は嬉しそうに笑う。
リリアも笑う。
その光景を見ながら。
アルベルトは思った。
魔塔の未来は完成している。
魔術の研究。優秀な家族。天才の後継者。
全部揃っている。
自分は幸せだ。
これ以上望むものなんてない。
その時、リリアが隣へ来る。
そっと肩に寄り掛かった。
「ねぇ。」
「何だ。」
「幸せ?」
アルベルトは迷わない。
「ああ。」
即答だった。
「お前がいるからな。」
リリアが嬉しそうに笑う。
娘も笑う。
その光景が。
あまりにも温かかった。
そして、夢は終わる。
目を開ける。
薄暗い労働者の宿舎。
硬い床。冷たい毛布。
現実だった。
隣にリリアはいない。娘もいない。魔塔もない。幸せもない。
あるのは労働だけ。
後悔だけ。
アルベルトはしばらく動けなかった。
夢の余韻が消えない。
リリアの笑顔。娘の笑顔。温かい家族。
全部手を伸ばせば届きそうだった。
だが、もう二度と手に入らない。
自分で壊したからだ。
信じなかった。守らなかった。傷付けた。追い詰めた。
だから失った。
アルベルトは震える拳を握り締める。
「俺は・・・。」
掠れた声。
「幸せの完成形を・・・。」
喉が震える。
「捨てたのか・・・。」
答える者はいない。
ただその夜のアルベルトは。
朝まで一睡もできなかった。
失った未来を思い続け、後悔しながら。




