45.無垢な犠牲〜元王太子と元王子〜
夕暮れだった。
労働を終えた人々が宿舎へ戻る中、ライアスは一人で座り込んでいるライアンを見つけた。
三歳の小さな体。
服は土で汚れ、目元は赤い。
泣いていたのだろう。
ライアスの胸が痛んだ。
「ライアン。」
声をかけると、ライアンはゆっくり顔を上げた。
「おとーさま・・・。」
元気のない声だった。
ライアスはしゃがみ込み、息子の頭を撫でる。
「何かあったのか?」
ライアンはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「きょうね。」
「うん。」
「しらないこたちがね。」
小さな手が服を握りしめる。
「おまえのおかーさん、わるいひとだって。」
ライアスは目を閉じた。
「そうか・・・。」
「それでね。」
ライアンは続ける。
「おまえもわるいこだって。みんなとあそんじゃだめだって。」
幼い声。
自分が悪く言われようが、石をぶつけられようが、孤立されようがかまわない。
だが、ライアンは何もしていない。
その言葉は一番ライアスの心を深く抉り傷つけた。
ライアンは何一つ悪い事などしていない。
それなのに、親の罪によって傷ついている。
ライアスは震える手で息子を抱き寄せた。
ぎゅっと。
壊れてしまいそうなほど強く。
「ごめんな。」
掠れた声だった。
「ごめんな。」
もう一度。
「ごめんな・・・。」
ライアンは不思議そうに父を見上げる。
「おとーさま?」
ライアスの肩が震えていた。
元王太子。
かつて国の未来を担うはずだった男。
その男は今、小さな息子を抱きしめながら涙を流していた。
「おとーさま。」
ライアンが首を傾げる。
「ぼくなんかわるいことしたのかなぁ?」
ライアスはすぐに首を横に振った。
「違う。」
声が震える。
「違うんだ。」
「ライアンは何も悪くない。」
ライアンはきょとんとする。
ライアスは唇を噛み締めた。
そして言った。
「悪いことをしたのは、お父様なんだ。」
「おとーさま?」
「お父様が間違えた。」
ライアスの脳裏に浮かぶ。
リリアの顔。
最初から敵と決めつけた。
信じなかった。
話を聞かなかった。
追い詰めた
そして全てを奪った。
その結果が今だった。
「お父様が悪かったんだ。」
ライアンは難しい顔をして考え込む。
そして小さく頷いた。
「わるいことしたら。」
「うん。」
「ごめんなさいしなきゃ。」
人差し指を立てる。
「め!だよ。」
ライアスは思わず笑った。
泣きながら。
「そうだな。謝らなきゃな。」
何度でも。
許されなくても。一生かけても。
ライアンはしばらく父を見つめたあと、小さな腕を伸ばした。
そして今度は自分から父を抱きしめる。
ぎゅうっと。
精一杯の力で。
「おとーさま。」
「うん。」
「ないちゃだめ。ぼく、おとーさまのことすき。」
その言葉にライアスは顔を覆った。
こんな優しい子なのに。
自分達の罪で苦しませている。
ライアスはライアンを抱きしめたまま、静かに涙を流した。
沈む夕日の中。
幼いライアンだけが、何も知らないまま父の背中をぽんぽんと叩いていた。




