42.怒りの矛先4〜元辺境騎士〜
労働送りになって一ヶ月。
セドリックは毎日を石を運んでいた。
朝から晩まで、ただひたすら。
最初は耐えられると思っていた。
辺境で鍛えられた騎士だっだから。
体力には自信がある。
だが、問題は労働ではなかった。
人による悪意だった。
「おい見ろよ。」
「リリア様を虐めてた奴だ。」
「騎士団長だってさ。」
「笑える。」
どこへ行っても聞こえる。
食堂。作業場。休憩所。
全部同じ。
軽蔑。罵倒。嘲笑。
「やめてくれ!」
と、言うともっと酷くなった。
そして夜になると。
学生時代やコロシアムでの光景を思い出す。
泣いていたリリア。
やめてと泣いていたリリア。
加害に加担した自分。
元ヒロインが語った真実。
盗作をしていたカテリーナ。
忘れられない記憶。
ある日。
休憩時間。
子供達が近くを通った。
「リリア様を虐めてたんだって。」
「最低。」
「弱そう。」
「騎士団長だって聞いたぞ!」
「女いじめる騎士とかクソだな!」
笑いながら走り去る。
セドリックは拳を握った。
元騎士団長だった。
国を守っていた。
それが今では、子供にすら馬鹿にされる。
耐えられなかった。
その日の夕方。
セドリックは作業場を飛び出した。
警備で巡回している帝国騎士を見つけ出し話しかけた。
「君達の、帝国の騎士団長に会わせてくれ。」
騎士は怪訝な顔をした。
「はぁ?何を言っている?貴様なんぞ団長に合わせる訳ないだろ!」
その時、ある声が響いた。
『いいよん!会わせてあげなよ!私が許す!』
リリア、否、元ヒロインの声だった。
「はっ!了解致しました!」
こうしてセドリックは騎士に帝国にある騎士団長の執務室に連れていかれた。
扉を開く。
セドリックは目を見開く、何故なら帝国騎士団長は以前スカウトとして辺境に来て自分と勝負した騎士だったから。
「お願いです。勝負してください。」
セドリックの第一声がそれだった。
騎士団長は書類から目を上げた。
「自分がどれだけちっぽけな人間か理解しましたか。」
騎士団長はにこやかに笑っているが、目の奥は全く笑っていなかった。
「・・・・ああ。」
セドリックは小さく呟く。
「それで、僕に何の様です?」
「俺が勝ったら自由にしてください。」
周囲にいた騎士達が吹き出した。
「一ヶ月で根を上げたのか?」
「情けねぇ。」
笑い声が広がる。
セドリックは歯を食いしばった。
「俺は罪人だ。リリアに酷いことをした。」
騎士達が黙る。
「それは分かってる。だがーー」
拳を握る。
「それでも俺は騎士だ。剣だけは失いたくない。」
騎士団長はしばらく黙った。
そして立ち上がる。
「いいでしょう。貴方が勝てたら自由です。(元ヒロイン様のことです、何か考えがあるのでしょう。)」
訓練場。
勝負開始。
結果は、セドリックが惨敗だった。
前回以上に。圧倒的に。
何もできなかった。
剣を弾かれる。足を払われる。地面に転がる。
終わりだった。
静寂。
そして、騎士達の大爆笑。
「弱ぇ!!」
「本当に元騎士団長かよ!」
「リリア様が剣を握った方が強そうだ!」
「勝ったら自由だってよ!よく言えたな!」
大爆笑が広がる。
セドリックは地面を睨んだ。
悔しかった。情けなかった。
そして、騎士団長が近づく。
「貴方は勘違いしています。」
セドリックは顔を上げる。
「貴方が負けたのは今日じゃない。ましてや前回の勝負の時でもない。」
騎士団長の声は冷たい。
「リリア様が学園に転校してきた日、リリア様に敵意を向けた時だ。」
セドリックの身体が固まる。
「その時既に騎士として貴方は負けてたんですよ。そして騎士である前に人としても負けた。最低で最悪です。」
沈黙。
反論できない。
何も言えなかった。
「もう二度と剣を握らないでください・・・いや、僕が握らせません。」
こうして負けたセドリックは再び労働現場へ送り返された。
その道中、足取りは重かった。
騎士団長との勝負は最後の希望だった。
騎士団長の言葉が頭から離れない。
『リリア様が学園に転校してきた日、リリア様に敵意を向けた時だ。』
『その時既に騎士として貴方は負けてたんですよ。そして騎士である前に人としても負けた。最低で最悪です。』
何度も。何度も。何度も。頭の中で繰り返される。
セドリックは俯いたまま歩いていた。
夕日が長い影を作っている。
その時だった。
「いたぞ!」
子供の声。
セドリックが顔を上げる。
そこには十歳前後の子供達が数人立っていた。
そして。
パシッ。
額に何かが当たった。
小石だった。
「っ!」
続けて。肩。胸。次々と石が飛んでくる。
「リリア様をいじめた奴だ!」
「最低!」
「どっか行け!」
「お前なんか大嫌いだ!」
子供達の顔には怒りがあった。
セドリックは呆然と立ち尽くす。
相手は子供だ。
昔の自分ならこんな小石など避けられた。
一瞬で子供を取り押さえることだってできた。
だが、できなかった。
する資格がないと思った。
石がまた飛んでくる。
頬に当たる。額を掠める。
小さな傷から血が流れた。
「なんでリリア様を泣かせたんだ!」
「リリア様は何も悪くなかったのに!」
「お母さんまで酷い目に遭わせたんだろ!」
その言葉に。
セドリックは目を閉じた。
脳裏に浮かぶ。
俯くリリア。
泣きそうな顔。
助けを求める瞳。
そして、リリアを罵倒する自分。
「・・・やめてくれ。」
かすれた声。
だが子供達は止まらない。
「やめない!」
「リリア様の方がもっと痛かった!」
また石が飛ぶ。
額に当たる。
血が頬を伝う。
「っ・・・。」
セドリックは拳を握った。
だが振り上げない。怒鳴らない。逃げない。
ただ立っていた。
その姿を見ていた少年達の1人が吐き捨てる。
「反省してる顔するなよ。」
「今さらだよな。」
その言葉が胸を刺した。
今さら・・・その通りだった。
今さら後悔しても。
今さら謝りたくなっても。
何も戻らない。
リリアが失ったものは戻らない。
セドリックはゆっくりと膝をついた。
子供達が驚く。
そして、小さく呟いた。
「・・・すまなかった。」
誰に向けた言葉だったのか。
リリアか。エミリアか。
それともーー
正しくあるべき騎士であることから逃げ続けた自分自身か。
自分でも分からない。
「なんだこいつ気持ちわる!」
「こんな気持ち悪い奴ほっといて早く行こうぜ!」
子供達は逃げるように去って行く。
「すまなかった。」
その日、セドリックは初めて剣で負けた悔しさよりも、リリアにしたことへの後悔の方が重くなった。
そして次の日からセドリックは騎士であった自分を忘れるかのように黙々と働くのだった。




