40.怒りの矛先2〜元伯爵令息〜
ノア。
四人の中で最も精神的に追い詰められていたのはノアだった。
体力ならライアスの方がある。
根性ならアルベルトやセドリックの方がある。
ルイスは狂気じみた執着で耐えていた。
だがノアは違う。
元々、人の感情に敏感な男だった。
だからこそ、周囲から向けられる悪意が誰よりも深く突き刺さった。
「おい信者。」
朝、仕事場へ向かう途中。
「教祖様は元気か?」
昼の食堂。
「カテリーナ様万歳しろよ。」
夜、寝床へ戻る途中。
「お前も乙女ゲームって叫んでみろよ。」
笑い声。爆笑。嘲笑
毎日だった。
朝も。昼も。夜も。
どこへ行っても。
信者。信者。信者。カテリーナ信者。
そう呼ばれ続けた。
最初は耐えていた。
自分は罪人だ。当然だ。
そう思っていた。
だが、人間には限界がある。
ある日の昼休憩。
食堂でまた始まった。
「おい信者。」
「今日は教祖様にお祈りしたか?」
「乙女ゲーム様に感謝しろよ。」
周囲が笑う。
また笑う。また。また。また。
ノアの中で何かが切れた。
「もうやめてくれ!!」
食堂が静まり返る。
誰もがノアを見る。
ノアは肩を震わせていた。
「もう十分だろ!毎日毎日!僕だって反省してる!だからもう・・・。」
その時だった。
誰かが吹き出した。
一人。二人。三人。
やがて、食堂全体が大爆笑に包まれた。
「被害者ぶるなよ!」
「リリア嬢はもっと酷かっただろ!」
「お前ら何人で一人を追い詰めたと思ってんだ!」
「泣きたいのはリリア嬢の方だ!」
ノアの顔が青くなる。
反論できない。何も言えない。その通りだったからだ。
自分達はたった一人の少女を。
大勢で追い詰めた。
泣いても。怯えても。助けなかった。
むしろ加害をした。
ノアは黙って食堂を出るしかなった。
その数日後だった。
仕事を終えた宿舎帰り道。
疲れていた。早く寝たかった。
その時。
前方に数人の女性が立っていた。
二十代くらいの女性達だった。
彼女達はノアを見るなり顔を見合わせる。
「ねぇ。こいつ。」
「あの信者じゃない?」
ノアの身体が強張る。
嫌な予感がした。
女性達は近付いてくる。
「ねぇねぇ。リリアさんをいじめてた人?」
「違っ・・・ーー」
言葉が詰まる。違わないからだ。
「へぇ。」
女性の一人が笑った。
「思ったより弱そう。」
「ね。」
「女の子一人は虐めるくせに。」
「自分は弱そう。」
周囲が笑う。
ノアは後退した。
逃げようとする。
だが肩を掴まれた。
「待ちなさいよ。」
ドンッ!
背中を押される。
地面に倒れる。
砂埃が舞った。
女性達が見下ろしていた。
「立ちなよ。」
「ほら。」
「怖いの?」
蹴りが脇腹に入る。
ノアが呻く。
また蹴り。
また。
また。
「やめ・・・。」
「やめて?」
女性が笑った。
「リリアさんもそう言ったんじゃないの?」
ノアの顔が真っ青になる。
次の瞬間、頬を平手打ちされた。
バチンッ!!
視界が揺れる。
さらに髪を掴まれる。
「痛っ・・・!」
引きずられる。
痛みで涙が浮かんだ。
「あーあ可哀想。クスクス。」
「泣きそうじゃない?」
「でもリリアさんはもっと泣いてたんでしょうね?」
ノアは何も言えない。
言える資格がない。
だから余計に苦しかった。
やがて女性達は飽きたのか。
「もう、行こう。」
「こんな奴相手にしてもつまらない。」
去っていった。
その場に残されたノア。
服は泥だらけ。
唇は切れていた。
頬も腫れている。
だが、一番痛いのは身体じゃなかった。
心だった。
リリアも、こんな風に大勢から逃げ場もなく。
毎日、身も心も傷付けられていた。
そして自分はそれに加担していた。
一緒になって追い詰めた。
「ぁ・・・・・。」
喉が震える。
視界が滲む。
涙が落ちる。
「ごめん・・・。」
そして、ついに堪え切れなくなった。
「うあああああああああっ!!」
声を上げて泣いた。
子供のように。
情けなく。
みっともなく。
泥だらけの地面に額を擦り付けながら。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
何度も。何度も。何度も。謝り続けた。
その謝罪が届く相手は。
どこにもいなかった。
そして次の日も、また次の日も、民衆の悪意に耐える一日が始まるのだった。




