38.闇の力〜ヒロイン〜
リリアは懐かしむように思い出す。
吸い上げた膨大な魔力が闇へと変質したあの日。
闇の中から生まれたのが、もう一人の自分だった。
最初は驚いた。
だが不思議と怖くはなかった。
同じ顔をした少女。同じ声。同じ記憶。
まるで双子の妹ができたみたいだった。
だからリリアは笑った。元ヒロインも笑った。
だが、代償はあまりにも重かった。
最初に見た夢。
それはライアスと恋人になる夢だった。
学園で笑い合い。手を繋ぎ。愛を囁かれる。
夢の中の自分は幸せそうだった。
目を覚ました瞬間。
リリアはベッドから飛び起きて吐いた。
「うっ・・・!」
胃の中のものを全て吐き出しても気持ち悪さは消えない。
ライアス。
自分を追い詰めたカテリーナの伴侶。
その男と恋人になる夢など。
悪夢以外の何物でもなかった。
だが、気持ちを休める暇もない。
猛烈な眠気が襲ってくる。
そして再び眠りへ落ちた。
次の夢。
ルイスだった。
優しく微笑まれる。手を取られる。守ると誓われる。
目覚めた瞬間。
また吐いた。
その後も続いた。
セドリック。
アルベルト。
ノア。
何度も。何度も。何度も。
夢を見る。
恋人になる夢。友達になる夢。仲直りする夢。一緒に笑う夢。
そして、最悪だったのは。
結婚する夢だった。
白いドレス。
祝福の拍手。
愛していると言われる。
子供まで生まれた。
その夢から目覚めた時。
リリアは高熱を出して三日寝込んだ。
「最悪。」
そう呟くことしかできなかった。
悪夢ではない。
夢の中の彼らは優しい。
誰も自分を傷付けない。
幸せな夢だ。
普通の人なら喜ぶ夢だろう。
だが、リリアにとっては地獄だった。
だから考えた。
これは闇魔法の副作用なのだと。
自分は乙女ゲームのヒロイン。
だから強引に恋愛物語を見せられているのだと。
しかも。
一日の大半を眠って過ごす。
起きている時間より、夢を見ている時間の方が長い。
力の代償。
そのあまりの重さにリリアは笑った。
自嘲するように。
乾いた笑いだった。
けれど。
たった一つだけ。
良かったこともある。
夢の中では母に会える。エミリアがいる。
優しく頭を撫でてくれる。抱き締めてくれる。
『リリア。』
その声を聞ける。その温もりを感じられる。
だから。
目覚める瞬間が一番辛かった。
母はいない。
もういない。
冷たい現実だけが残る。
絶望が胸を締め付ける。
そして。
また眠くなる。また夢を見る。またあいつらと恋愛する。また母に会う。
喜ぶ。泣く。怒る。絶望する。繰り返し。繰り返し。繰り返し。
頭がおかしくなりそうだった。
ある日。
リリアはぽつりと呟いた。
「そうだ。」
ベッドに座り。
虚ろな瞳で前を見る。
「復讐しなきゃ。」
夢のせいで忘れていた本来の目的。
その瞬間、後ろから腕が回された。
元ヒロインだった。
リリアを優しく抱き締める。
「私に任せて。」
耳元で囁く。
リリアは少しだけ笑った。
「うん。」
元ヒロインも笑う。
とても嬉しそうに。とても楽しそうに。
「じゃあ始めようか。」
机に向かう。
羽ペンを手に取る。
真っ白な紙を広げる。
宛名を書く。
――ライアス・ルヴェルハイト殿。
元ヒロインはクスクスと笑った。
「復讐にも順番がある。」
さらさらと文字を書いていく。
「手順は大事だよね。」
そして最後に。
満面の笑みを浮かべた。
「手順は。」
こうして送られた一通の手紙が。
やがて6人を。
そして国そのものを。
真実と解明の場へと導くことになるのだった。




