36.眠り姫〜ヒロインと元ヒロイン2〜
帝国城の最上階。
黒を基調とした豪奢な部屋の中央に置かれた大きなベッドで、リリアは静かに眠っていた。
長いピンクの髪がシーツの上に広がり、その寝顔はまるで人形のように美しい。
その傍らには元ヒロインが腰掛けていた。
指先でそっとリリアの髪を梳き、愛おしそうに見つめている。
すると――
バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
入ってきたのは、見る者を圧倒するほど整った容姿の男だった。
漆黒の髪。漆黒の瞳。身に纏う衣装までも黒一色。
帝国の頂点に立つ男――帝王ルシウスである。
「リリアは起きたか!?」
大股で近付こうとした瞬間、元ヒロインが冷たい視線を向けた。
「帝王様、お静かに。」
「あっ・・・す、すまん。」
ルシウスは慌てて足を止める。
「だが早く目を覚ましたリリアに会いたいのだ・・・!」
その必死な様子に、元ヒロインは呆れたように肩を竦めた。
「今頃どのルートを彷徨っているのでしょうね。」
そう言って眠るリリアを見下ろす。
「異世界でも、お母様と幸せに過ごせているといいのですが。」
ルシウスは拳を握り締めた。
「我慢ならん・・・!」
怒りを押し殺すような声。
「あの者達を今すぐ八つ裂きにしてやりたい!」
元ヒロインはため息を吐く。
「そんなことをしたら嫌われますよ。」
「むぅ・・・。」
「これはリリアの復讐なんです。」
ルシウスは悔しそうに顔を歪めた。
「せめて我に過去へ戻る魔法が使えれば!」
「私ならできますけどね。」
元ヒロインはあっさりと言う。
ルシウスの目を見開いた。
「本当か!?」
「ええ。」
しかし元ヒロインは首を横に振る。
「でもリリアは望みません。」
「なぜだ?」
「起きてしまったことを無かったことにはしたくないそうです。」
静かな声だった。
「辛い過去も、苦しい記憶も、全部含めて今の自分だからと。」
ルシウスは黙り込む。
そして眠るリリアを見つめた。
「・・・リリアらしいな。」
しばらくの沈黙の後、ルシウスは小さく尋ねる。
「リリアはあとどれくらいで目を覚ましそうだ?」
元ヒロインは肩を竦めた。
「さぁ。」
「わからぬのか?」
「闇の力の副作用ですよ。」
元ヒロインは苦笑する。
「乙女ゲームのヒロインの宿命、というやつみたいですです。」
「宿命・・・。」
「一日の大半を異世界の乙女ゲームの世界で過ごしてますからね。」
ルシウスは大きくため息を吐いた。
そしてそっとリリアの頬に触れる。
「早く目覚めておくれ。」
その声音は、帝国を統べるものの声ではなかった。
ただ一人の男の願いだった。
「愛しい人よ・・・。」
元ヒロインはルシウスのその言葉に顔をしかめる。
ルシウスは元ヒロインの顔をじっと見つめた。
「まあ。」
「?」
「リリアに瓜二つであるお前もそれなりに可愛いと思うぞ。ペットみたいで。」
元ヒロインの額に青筋が浮かぶ。
「うるさい。」
「褒めたのだぞ!?」
「余計なお世話です。」
「なぜ怒る!?」
「本当にうるさい。」
元ヒロインはそう言いながらも、眠るリリアの髪を優しく撫でた。
ルシウスもまた、その隣で静かに彼女の目覚めを待ち続けるのだった。




