14.ちっぽけな存在〜辺境騎士〜
王国北西部。
帝国との国境沿いの王国最前線。
幾度もの戦争を耐え抜いてきた軍事都市。
荒野に囲まれたその土地は常に冷たい風が吹き、空気には鉄と血の匂いが染み付いていた。
そして、その辺境を守る男こそ——。
「・・・また、辞表か。」
セドリック・ローグウェル。
辺境騎士団長。
赤茶色の髪と目を持つ青年は、机へ置かれた書類を睨みつけた。
書類の山。その全てが騎士団脱退届だった。
「今月だけで二十三人目です。」
副官が重苦しく言う。
セドリックは苛立たしげに舌打ちした。
「ふざけるな・・・。」
「戦争前だぞ。」
最近、帝国側の動きが妙に活発だった。
国境付近での兵移動。
新型兵器の配備。
帝国騎士団の巡回増加。
どう考えてもきな臭い。
そんな状況で騎士が大量離脱など、本来有り得ない。
「理由は。」
「皆、はぐらかします。」
副官は困惑していた。
「家庭の事情。身体を壊した。家族の介護。」
「嘘だな。」
「・・・はい。」
明らかに不自然だった。
しかも辞めるのは優秀な騎士ばかり。
若手。実力者。将来有望な者達。
まるで狙ったように抜けていく。
「最近、帝国側はどうだ。」
「・・・豊かです。」
副官が言いづらそうに呟く。
「食料供給も安定。装備も最新。給金も良いそうです。」
セドリックの眉間に皺が寄る。
ここ数年、王国と帝国の立場は逆転し始めていた。
昔は王国の方が豊かだった。
だが今は違う。
帝国は異常な速度で発展している。
新しい兵站管理。輸送技術。保存食。魔導具。兵士待遇。
何もかも向こうが上回り始めていた。
そして、王国は停滞している。
食料価格は高騰。商人は減少。地方では飢えも出始めていた。
「団長、カテリーナ様は何と?」
副官の問いに、セドリックの顔が険しくなる。
「返事が来ない。」
「え?」
「三通送った。全部無視だ。」
セドリックは机を叩いた。
昔のカテリーナなら即答した。
未来を見通したように。迷いなく。
だが最近は違う。
返事が曖昧。
まるで“分からない”みたいだった。
「・・・何なんだ最近。」
セドリックは低く呟く。
王国全体がおかしい。
嫌な流れだった。
「本当の理由を言え。」
夜、騎士団詰所。
セドリックは若い騎士を壁際へ追い詰めていた。
「だ、だから妻が妊娠した事情で、そばにいたくて・・・。」
「嘘をつくな。」
低い声。
「お前は独身だ。」
「っ・・・!」
「本当の事を言え。」
若い騎士は視線を泳がせる。
だが、セドリックの圧に耐え切れなかった。
「て、帝国です。」
「何?」
「帝国からスカウトが来てるんです。」
空気が変わる。
「スカウトだと?」
「・・・はい。」
騎士は恐る恐る続ける。
「給金も倍近い。補償も昇給ある。食事も装備も良い。」
「それだけで国を裏切るのか?」
「違います!!」
若い騎士が叫ぶ。
「向こうには未来があるんです!!」
その言葉に、セドリックの目が細くなる。
「未来?」
「王国はもう限界だって皆んな・・・でも帝国は違う。最近どんどん発展してる。」
騎士は俯く。
「こっちは減る一方なんです。食料も、人も、金も・・・。」
セドリックは黙る。
反論出来なかった。
三日後。
セドリックは王国側国境付近で“スカウト”を見つけた。
黒馬に乗った青年。
整った顔立ち。短い黒髪。鋭い灰色の瞳。
帝国騎士団の制服を着ている。
その表情には妙に余裕があった。
「お前か。」
セドリックが睨む。
「俺の騎士団へ手を出してるのは。」
男は穏やかに笑った。
「手を出す、とは失礼ですね。彼等が自分で選んだだけですよ。」
「貴様!」
「待遇が良い方へ人が流れる。当然でしょう?」
セドリックのこめかみに青筋が浮かぶ。
「俺が勝ったら。」
剣へ手を掛ける。
「今までスカウトした騎士達を返せ。」
「いいですよ。」
即答だった。
セドリックが眉を寄せる。
「・・・お前は勝ったら要求しないのか?」
男は静かに微笑む。
「しませんよ。」
「何?」
「僕は、ちっぽけな男ではないので。」
その瞬間。
セドリックの頭が沸騰した。
「っ!!」
剣を抜く。
怒り。侮辱。騎士団長としての誇り。
全てを刺激された。
「舐めるなァ!!」
セドリックが飛び込む。
鋭い斬撃。
だが男は紙一重で避けた。
「遅い。」
「っ!?」
カンッ!!
剣同士がぶつかる。
セドリックは驚愕した。
強い。異常に。技術。判断。体捌き。
全てが洗練されている。
「くっ・・・!!」
連撃。
だが届かない。
逆に、自分の動きを完全に読まれている。
「どうしたんです?」
男は冷静だった。
「辺境騎士団長とはこの程度ですか?」
「黙れ!!」
怒り任せに突進する。
——その瞬間。
ドゴッ!!
「がっ・・・!?」
視界が揺れる。
腹へ重い衝撃。
次の瞬間には地面へ叩き付けられていた。
「ぐっ・・・!!」
セドリックは立ち上がろうとする。
だが、剣が喉元へ突き付けられる。
完全敗北だった。
「終わりです。」
男は冷たく見下ろした。
「殺せ。」
セドリックが吐き捨てる。
だが男は鼻で笑った。
「貴方を殺す価値なんてありません。」
「何だと・・・。」
その時。
男が静かに言った。
「貴方学生時代、一人の少女を集団で追い詰めたんでしょ?」
セドリックの目が揺れる。
「・・・は?」
「騎士の風上にも置けない。そんなちっぽけな男に、僕が負ける筈ありません。」
冷たい声。
「しかも、娼館送りにするなんて鬼畜の所業です。」
その瞬間。
脳裏へ蘇る。
ピンク色の髪。
『どうしてですか!?』
『私、何もしてないのに!!』
泣き叫ぶ少女。
リリア。
「・・・っ!!」
セドリックの呼吸が乱れる。
「(娼館送り?何だそれは!?追放された後そんな事になっていたのか?)」
さらに呼吸は乱れる。
「ま、待て・・・!!」
男へ手を伸ばす。
「誰が・・・。」
視界が揺れる。
頭の中が真っ白になる。
そして、意識が暗転した。
しばらくして。
「・・・っ!!」
目を覚ます。
冷たい地面。
夕暮れ。
「リリア・・・。」
セドリックは荒く息を吐く。
頭がぐちゃぐちゃだった。
娼館送り。
誰が?
何故?
そこまでの事を誰がした。
自分達は確かに彼女を追い詰めた。
だが、娼館送りなど知らない。
そんな外道な事は——。
セドリックの拳が震えた。
「・・・っ!!」
怒りが込み上げる。
鬼畜の所業に。
「・・・王都。」
セドリックは立ち上がる。
知らなければならない。
誰がリリアを娼館に送ったか。
もし本当に誰かがリリアを娼館へ送ったなら。
「許さねぇ・・・。」
低い声。
セドリックは馬へ飛び乗った。
「はぁッ!!」
馬が駆ける。王都へ向かって。風を切りながら。
脳裏に浮かぶのは、あのピンクの髪の少女の顔だった。




