13.消えた魔法〜次期魔塔主〜
その異変は、前触れも無く訪れた。
王国の中央魔塔。
王都中心部にそびえ立つ純白の巨大な塔。
魔法使い達にとってそこは聖域だった。
知識の殿堂。
選ばれた者のみが辿り着ける場所。
そして何より、魔法使いとしての誇りそのもの。
魔法を扱える者は尊ばれる。
平民であっても魔力が高ければ人生が変わる。
それほどこの国で“魔法”は絶対だった。
だからこそ。
その日、魔塔で起きた事は地獄そのものだった。
「《火炎》」
朝の訓練場。
若い魔法使いが杖を掲げる。
だが。
何も起きない。
「・・・え?」
男は目を瞬かせた。
再度詠唱。
「《火炎》!!」
沈黙。
魔法陣すら浮かばない。
「な、何故だ・・・?」
周囲の魔法使い達が怪訝な顔をする。
「魔力切れか?」
「朝からそんな訳——」
別の男が笑いながら前へ出た。
「俺がやる。」
杖を掲げる。
「《水流》!!」
無反応。
「・・・は?」
空気が凍る。
「お、おい。」
「まさか・・・。」
その場にいる魔法使い達が次々に詠唱。
「《風刃》!!」
「《雷撃》!!」
「《岩壁》!!」
何も起きない。魔法が発動しなかった。
「う、嘘だろ・・・。」
「魔力が消えた・・・?」
「何が起きてるんだ!!」
悲鳴が上がる。
そして混乱は一瞬で塔全体へ広がった。
研究室。工房。実験棟。
至る所から怒鳴り声が響く。
「回復術式が起動しない!!」
「魔導具への供給魔力が消えた!!」
「魔石が反応しない!!」
「あり得ない!!」
魔塔は完全な恐慌状態へ陥った。
「《雷撃》!!」
バチッ。
一瞬だけ火花が散り、消える。
「っ!!」
魔塔主グランツ・シルヴァニアの顔が青ざめる。
王国最強クラスの魔法使い。
その彼ですら魔法を発動出来ない。
「有り得ん・・・。」
グランツの手が震えていた。
魔法使いにとって魔法とは存在理由そのもの。
それを失う事は死より屈辱だった。
「魔塔主様!!」
最上階へ数人の魔法使い達が飛び込んで来る。
「塔中で魔法消失が確認されています!!」
「原因は!?」
「不明です!!」
「結界塔は!?」
「停止しています!!」
怒号。混乱。焦燥。
そんな中、一人の男が震える声で言った。
「・・・ですが。」
「なんだ。」
「一人だけ・・・一人だけ魔法を使える者がいます。」
空気が止まる。
「誰だ。」
「ご子息のアルベルト様です。」
その瞬間。
全員が一斉に動いた。
ある一室で魔法使い達がアルベルトも周りに集まっていた。
「《氷槍》」
空中へ巨大な氷槍が形成される。
完璧な術式。正常な魔力構築。
誰が見ても、アルベルトの魔法は問題無く発動していた。
「な・・・。」
「何故・・・。」
「アルベルト様だけ・・・!?」
ざわめきが広がる。
アルベルトは眉を寄せた。
「騒ぐな。」
青年になったアルベルトは冷静だった。
「俺にも原因は分からない。」
だが、その冷静さが周囲の恐怖を刺激した。
「最近、禁術研究をしていたよな。」
「古代遺跡にも行っていた。」
「何か持ち帰ったんじゃ・・・。」
「呪いかもしれない。」
疑念が一気に膨れ上がる。
「待て。」
アルベルトが低く言う。
「根拠も無く決め付けるな。」
「なら何故お前だけ使える!!?」
怒号。
「説明しろ!!」
「何をした!!」
「隠してる事があるんだろ!!」
アルベルトは舌打ちする。
「だから俺は——」
その瞬間。
ガンッ!!
鈍い衝撃。
誰かがアルベルトの肩を突き飛ばした。
「っ・・・!」
よろめくアルベルト。
「全部お前のせいだ!!」
中年の魔法使いが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「俺達の魔法を返せ!!」
「落ち着け!」
「うるさい!!」
別の男が胸倉を掴む。
「貴様だけ平然と魔法を使いやがって!!」
恐怖で理性が消えていた。
そして、一人が動けば周囲も暴走する。
「返せ!!」
「俺達から魔法を奪ったな!!」
ドンッ!!
腹へ拳が入る。
アルベルトの身体が揺れた。
「・・・や、めろ!」
「黙れ!!」
さらに蹴り。
肩を掴まれ壁へ叩き付けられる。
ガンッ!!
「ぐっ・・・!」
アルベルトの口端が切れ、血が流れる。
だが誰も止めない。
皆んな怖いのだ。
魔法を失った現実が。
だから安心する為に“犯人”が必要だった。
「話を聞け・・・!」
アルベルトが低く言う。
「俺は何も——」
「嘘をつくな!!」
怒鳴ったのは父、グランツだった。
アルベルトの目が揺れる。
「父上・・・?」
「お前が原因なら必ず元へ戻せ!!」
「だから違——」
「なら何故お前だけ使えるッ!!」
怒号が塔へ響く。
その瞬間、アルベルトの脳裏へ浮かぶ。
ピンク色の髪。
『信じてください!!』
泣き叫ぶ少女。
『盗作なんてしてません!!』
必死だった。
でも誰も聞かなかった。
自分も聞かなかった。
「・・・あ。」
喉が乾く。
理解してしまった。
あの時のリリアは。
こんな気持ちだったのか。
何を言っても届かない。
最初から“悪”と決め付けられている。
恐怖した人間は真実なんて求めない。
安心する為の悪者が欲しいだけ。
「アルベルト・シルヴァニア。」
父の冷たい声。
「お前を最上階の牢へ監禁する。」
「・・・・・。」
「もし魔法が戻らなければ。」
グランツの目は本気だった。
「お前を生贄に捧げる。」
それはアルベルトの処刑を意味していた。
周囲の魔法使い達も頷く。
アルベルトはゆっくり目を閉じた。
誰も信じてくれない。
あまりにも理不尽な現実。
死を前にして、初めてアルベルトはあの時のリリアの気持ちが少しわかった気がした。
「話ぐらい聞けばよかった・・・。」




