12.蘇る罪〜公爵令息〜
ヴァレンティア公爵邸。
深夜。
広大な屋敷は静寂に包まれていた。
廊下へ灯された魔石灯だけが淡く揺れ、夜の冷えた空気を照らしている。
そんな中、書庫の一室だけにはまだ明かりが付いていた。
「・・・はぁ。」
重たいため息。
机へ向かっていたルイスは、疲れ切ったように額を押さえる。
五年前よりさらに整った容姿。
だがその顔には若者らしい余裕は無かった。
積み上がる資料。終わらない仕事。そして最近増え続ける問題。
机の上に置かれた書類には、同じ単語が何度も並んでいた。
『水不足』『凶作』『税収低下』『移住申請』『農民暴動』
「またか・・・。」
ルイスは一枚の紙を手に取る。
『ヴァレンティア公爵領南部村落
帝国移住希望者 五十八名』
最近、毎日のように届く報告だった。
しかも人数が増えている。
最初は数人程度だった。
だが今では村単位で人が逃げ始めている。
「何故ここまで……。」
ルイスは唇を噛む。
王国はここ数年、少しずつおかしくなっていた。
特に地方。
日照りが続き、農作物の収穫量が落ちている。
商人達も減った。市場価格は高騰。平民街では食料不足の噂まで出始めている。
そしてそんな王国とは逆に、帝国は異常な速度で発展していた。
新しい農具。洗濯技術。保存食。物流網。
さらに最近では、魔導具技術まで急成長している。
そのせいで職人や商人達までも帝国へ流れ始めていた。
「・・・嫌な流れだ。」
ルイスは椅子へ深く座る。
「ルイス。」
ドアを開けるとそこには父——ヴァレンティア公爵が立っていた。
ルイスは一瞬息を呑む。
父は明らかに老け込んでいた。
まだ壮年の年齢なのに。
目の下には深い隈。
髪には白いものが増え。
以前の威圧感ある姿とは別人みたいだった。
「父上、まだ起きていたのですか。」
「お前こそな。」
公爵は疲れたように笑う。
そしてルイスの向かいへ腰を下ろした。
机へ置かれる酒瓶。
最近、父は酒量が増えている。
「・・・また移住申請が届いたのか?」
「はい。」
ルイスは資料を差し出す。
公爵はそれを見て、深く目を閉じた。
「最近は農民だけではありません。」
ルイスは静かに続ける。
「鍛冶職人、木工職人、商会員……。技術者達まで帝国へ移住しています。」
「理由は?」
「『向こうの方が未来がある』と。」
公爵は苦しそうに息を吐いた。
「・・・未来、か。」
その一言が妙に重い。
最近、王国から活気が消えていた。
未来への希望が無い。
皆んなそんな顔をしている。
「王都ですら物価が上がっている。地方はもっと酷い。」
公爵は酒を飲み干す。
「このままでは数年後、王国経済は完全に帝国へ負ける。」
ルイスは黙る。
反論出来ない。
事実だった。
そして、最近ずっと引っ掛かっている事がある。
「・・・カテリーナはどうした。」
父の言葉にルイスの視線が揺れる。
「姉上は・・・。」
言葉に詰まる。
昔のカテリーナなら何でも答えを出した。
未来を知るように。迷いなく。
でも最近は違う。考え込む時間が増えた。
焦っている。
そして、この前ーー。
『じゃあ貴方が考えればいいでしょう!?』
あんな風に怒鳴られたのは初めてだった。
ルイスは静かに拳を握る。
「・・・最近、様子がおかしいのです。」
「お前もそう思うか。」
公爵は苦く笑った。
「昔は、あの子が居れば何とかなると思っていた。」
「父上。」
「だが最近は違う。まるで答えを失ったみたいだ。」
その瞬間。
ルイスの胸がざわついた。
答え。
未来知識。乙女ゲーム。攻略対象。ヒロイン。
そして、ピンク色の少女。
リリア・ナーシアス。
「・・・・・。」
ルイスは無言で机の引き出しを開けた。
奥に隠された古い報告書。
誰にも見せていない資料。
自分さえも見るのを忘れていた資料
五年前。
自分が独断で処理した件。
カテリーナにも。
ライアスにも。
誰にも話していない。
ルイスは静かに資料を開いた。
『対象:
リリア・ナーシアス
エミリア・ナーシアス』
『王都南区人身売買組織へ引き渡し』
『娼館送り確認』
『母親エミリア接客継続』
『伝染病発生』
『閉館』
『死亡確認』
ルイスの指が止まる。
最後の一文。
『母子共々、伝染病により死亡』
「・・・そうか。」
ぽつり。
静かな声。
「死んだのか・・・。」
その瞬間。
胸の奥が妙に重くなった。
今まで考えないようにしていた。
必要な事だった。
姉を守る為。未来を変える為。
あの女は危険だった。未来で姉上を破滅させる存在。
だから消した。
でも最近、妙に思い出す。
泣き叫ぶ声。
『盗作なんてしてません!!』
必死だった顔。
そして。
怯え切ったピンク色の瞳。
「・・・少し。」
ルイスは目を閉じる。
「少し、やり過ぎたのかも・・・。」
誰もいないからこぼれた本音。
もし、ただ遠くへ追放するだけだったなら。
あそこまでしなければ。
違う未来もあったのだろうか。
その時だった。
バンッ!!
書庫の扉が勢いよく開く。
「公爵様!!ルイス様!!」
使用人だった。
顔面蒼白。
息を切らしている。
「どうした。」
「南部で暴動が発生しました!!」
公爵とルイスの顔色が変わる。
「何?」
「食糧庫が襲われています!領民達が帝国への移住許可を求めて暴れていると!!」
「・・・っ!!」
公爵が頭を抱えた。
「またか!!」
怒鳴る声。
だがそこに威厳は無い。
疲労と焦燥だけ。
「騎士団は!?」
「既に向かっています!!」
ルイスは立ち上がる。嫌な汗が背中を流れた。
崩れ始めている。
王国が。公爵領が。少しずつ確実に。




