11.徐々に迫る何か〜悪役令嬢2〜
学園卒業から五年後。
王都は今日も華やかだった。
大通りには馬車が行き交い、貴族達が笑い、商人達が声を張り上げる。
その中心にある王城。
そこでは今日も王太子ライアスが政務に追われていた。
「父上、南部の税収がまた下がっています。」
「ふむ・・・。」
国王が難しい顔をする。
ライアスは机へ置かれた資料へ視線を落とした。
最近、妙に数字が悪い。
商人達の往来が減っている。
地方から届く作物も少ない。
そして今年は異常な日照り。
特に南部は深刻だった。
「市場価格も上がっています。」
「・・・庶民への影響は?」
「既に出始めています。」
ライアスは小さく息を吐いた。
数年前まで順調だった。
カテリーナの革新的な発明や政策のおかげで、王都は大きく発展した。
貴族達は彼女を“天才王太子妃”と称えた。
だが最近は違う。
新しい発明が減った。
革新的な案も出なくなった。
そして今、王国はゆっくり停滞し始めていた。
王城の中庭。
考え込んでいたライアスへ、小さな影が飛び付く。
「おっと。」
抱き上げたのは三歳の男の子。
金髪碧眼のライアスそっくりの息子だった。
名はライアン。
「おとーさま!みて!」
「ん?」
「おはな!」
小さな手に握られた花。
ライアスは自然と笑みを零す。
「綺麗だな。」
「えへへ!」
その後ろからカテリーナが歩いて来た。
「あなた、その子を甘やかし過ぎです。」
「仕方ないだろ。」
ライアスは苦笑する。
「可愛いんだから。」
「もう。」
カテリーナも微笑んだ。
幸せだった。
五年前。
学園で怯えていた日々が嘘のように。
未来への恐怖も、今ではほとんど薄れている。
婚約破棄など起きなかった。
ライアスは自分を愛している。
子供も生まれた。
未来は変わった。
だから、もう大丈夫。
そう思っていた。
夕食の席。
豪華な料理が並ぶ。
だが。
「・・・少し質素になったか?」
ライアスがぽつりと呟いた。
カテリーナが視線を上げる。
「そうかしら?」
「前はもっと南方の果物があっただろ。」
確かに減っている。
以前は当たり前に並んでいた品が、最近少ない。
「最近、外から来る商人も減っているそうです。」
執事が静かに言った。
「日照りの影響で、地方の作物収穫量が落ちているとか。」
「・・・そう。」
カテリーナはワインを飲みながら曖昧に返す。
するとライアスが真っ直ぐ彼女を見た。
「カテリーナ。」
「なに?」
「何か新しい案はないか?」
一瞬。
カテリーナの呼吸が止まる。
「案・・・?」
「あぁ。」
ライアスは当然のように続けた。
「君は今まで色々な発明をしてきただろう?保存技術、水路整備、魔導具改良・・・。」
信頼の目。期待の目。周囲もそうだった。
皆んなカテリーナなら何とか出来ると思っている。
だが、カテリーナの背中を冷たい汗が流れた。
「(・・・知らない。)」
今までの発明。
知識。
政策。
それらは全て。
乙女ゲーム知識。
つまり《《元々存在した答え》》を知っていただけ。
尚且つ《《ヒロインの手柄》》だった。
でも今起きている問題は違う。
ゲームには無かった。
だから分からない。
「カテリーナ?」
ライアスが不思議そうに眉を寄せる。
「どうした?」
「・・・いえ。」
カテリーナは慌てて笑顔を作った。
「少し考えてみるわ。」
「あぁ、頼む。」
当然のような期待。
それが今のカテリーナには苦しかった。
夜の自室。
机へ向かうカテリーナ。
紙へ何度もペンを走らせる。
だが、何も浮かばない。
「・・・どうしよう。」
ぽつりと漏れる声。
知らない。
分からない。
自分は本当は天才じゃない。
未来を知っていただけ。
それだけ。
「・・・っ。」
その時。
不意に脳裏へ浮かぶ。
ピンク色の髪。ピンク色の瞳。
『それ、私が考えたんです。』
リリア。
カテリーナの手が止まる。
『村でも試作品を作っていて・・・。』
震える声。
必死だった少女。
そして。
初めて。
カテリーナは思った。
「もしあの時、試作品を持ってきていたら・・・。」
ゾクリ、と寒気が走る。
証拠を持っていないのはーー
「・・・・・もう終わったことよ。考えるのはやめましょ。」
窓の外。
乾いた夜風が吹いていた。
数日後。
ヴァレンティア公爵邸。
王城から戻ったカテリーナは、自室で疲れたように椅子へ座り込んだ。
「・・・はぁ。」
最近ずっとこんな調子だ。
王城では新しい政策を期待される。
貴族達からも「次はどんな発明を?」と聞かれる。
けれど何も浮かばない。
ゲーム知識に無い問題へ、自分は何一つ答えを持っていない。
そんな時だった。
コンコン。
「姉上、少しいいですか?」
ルイスだった。
「えぇ。」
扉が開く。
五年前より大人びたルイスは、以前よりさらにカテリーナへ忠実だった。
今では王都でも将来を期待される存在。
姉を見る目だけは昔と変わらない。
「どうしたの?」
ルイスは少し言い淀んだ。
「・・・実は、領地の件で相談が。」
「領地?」
「はい。」
ルイスは机へ数枚の書類を置く。
「南部の村で水不足が深刻化しています。井戸も枯れ始めていて・・・。」
カテリーナは書類を見る。
難しい数字。被害報告。農作物の収穫減少。そして村民達の嘆願。
「父上も頭を抱えていて。」
ルイスは真剣だった。
「姉上なら何か方法を知っているんじゃないかと。」
その瞬間。
カテリーナの胸が強く痛んだ。
また、期待。信頼。
皆んな自分なら答えを知っていると思っている。
でもーー
「(知らない……。)」
分からない。
こんなイベント、ゲームに無かった。
井戸?日照り?農業?
知らない。
知らない知らない知らない。
「姉上?」
ルイスが不思議そうに首を傾げる。
「何か思いつきませんか?」
「・・・少し考えさせて。」
「もう一ヶ月以上考えてますよね?」
悪気の無い言葉だった。
だがその瞬間。
カテリーナの中で何かが切れた。
「じゃあ貴方が考えればいいでしょう!?」
ルイスが目を見開く。
カテリーナ自身も、自分の声の大きさに驚いた。
「姉上・・・?」
「皆んな私にばっかり期待して!何でも出来ると思わないで!!」
感情が止まらない。
「私は万能じゃないの!!」
ルイスは完全に困惑していた。
「ぼ、僕はただ相談を——」
「相談!?結局“姉上なら何とかしてくれる”って思ってるんでしょう!?」
「・・・・。」
「知らないわよそんなの!!」
部屋が静まり返る。
カテリーナは肩で息をしていた。
そして、ルイスの顔を見る。
傷付いた顔だった。
まるで信じていたものに裏切られたみたいな。
「ごめんなさい・・・姉上。」
ルイスは小さく俯く。
「困らせるつもりじゃなかったんです。」
「ルイス・・・。」
「今日はもう失礼します。」
ルイスは静かに頭を下げ、そのまま部屋を出て行った。
扉が閉まる。
静寂。
「・・・っ!」
カテリーナは頭を抱えた。
最低だ。
ルイスは悪くない。
自分を信じて相談してくれただけ。
なのに八つ当たりした。
「・・・なんで。」
涙が滲む。
怖かった。
全部。
自分が“偽物”だとバレるのが。
本当は何も生み出せない女だと知られるのが。
一方。
廊下を歩くルイスは、静かな顔をしていた。
だが、胸の奥がざわついていた。
「(・・・姉上らしくない。)」
昔のカテリーナなら、絶対あんな言い方をしなかった。
もっと優しくて。
もっと余裕があって。
全部知っているみたいに笑っていた。
なのに最近は違う。
焦っている。
追い詰められている。
何より。
“分からない”事に怯えているように見える。
ルイスは立ち止まる。
そしてふと、昔の事を思い出した。
『未来の発明。』
『乙女ゲーム。』
『ヒロイン。』
『攻略対象。』
カテリーナは未来を知っていた。
だから色々な発明を先回り出来た。
だがーー
「(もし、未来知識が尽きたら?)」
その瞬間。
ルイスは初めて、胸の奥に小さな不安を覚えた。
そして同時に。
何故か。
ピンク色の少女の顔が脳裏を過ぎった。




