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全てを奪われたヒロインは転生悪女に復讐する  作者: 鈴木べにこ


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10.これで良かったと〜悪役令嬢1〜


 リリア・ナーシアスが学園を追放されて数日。


 王立学園は嘘のように平穏だった。


 少なくとも。


 カテリーナにはそう見えた。



「最近、少し顔色が良くなりましたね。」



 放課後。


 上級貴族専用サロンで紅茶を淹れていたノアが柔らかく微笑む。


 カテリーナはティーカップを持ったまま、小さく目を瞬かせた。



「そう・・・かしら。」


「えぇ。」



 ノアは穏やかに頷く。



「あのヒロインがいなくなったからでしょうね。」



 その言葉に。


 部屋にいた全員の空気が少し緩んだ。



「当然だろ。」



 セドリックが椅子へ深く腰掛けながら鼻を鳴らす。



「あんな気味悪い女が毎日うろついてたんだ。空気悪くもなる。」



 アルベルトも淡々と紅茶を口へ運ぶ。



「魅了だの攻略だの、実際不気味だったしな。」



ルイスは満足そうにカップに茶を注ぐ。



「危険因子は早めに排除して正解だった。」



 ライアスは静かにカテリーナを見つめた。



「もう大丈夫だ。」



 その碧眼は優しい。



「君が怯える必要はない。」


「・・・ライアス。」



 カテリーナは少しだけ目を潤ませる。


 ずっと怖かった。


 リリアが現れてから毎日。


 まるでゲームのシナリオが現実になるようで。


 婚約破棄。没落。破滅。


 その未来がすぐ後ろまで迫って来ている気がしていた。


 だから、リリアが消えた今少しだけ呼吸が楽になっている自分がいた。



「これで未来は変わる。」



 ライアスは真っ直ぐ言い切る。



「君が不幸になる未来なんて、俺が絶対に許さない。」



 その言葉にルイスも強く頷いた。



「当然です。」



 カテリーナの弟であるルイスは、どこか安心したように笑う。



「姉上は幸せになるべきなんです。」


「ルイス・・・。」


「未来を壊そうとする奴なんて、最初からいなければ良かったんですよ。」



 その言葉に。


 カテリーナの胸が少しだけざわつく。


 だが。


 彼女は気付かない。


 ルイスがその裏で何をしたのか。


 誰にも言わず。


 密かに。


 独断で。


 リリアとエミリアを裏社会の人攫いへ売った事を。


 ルイスは誰にも話していない。


 話すつもりもない。


 姉を守る為だ。


 未来から姉を救う為だ。


 そう本気で信じているから。



「・・・これで良かったのよね。」



 カテリーナがぽつりと呟く。


 一瞬。


 空気が静まった。


 そしてライアスが迷いなく頷く。



「あぁ。」


「もちろんです姉上。」


「そうですよ。」


「そうだ。」


「気に病む必要なんてありません。」



 皆んな当然のように肯定する。


 リリアは危険だった。


 未来でカテリーナを破滅させる存在。


 だから追放した。


 ただそれだけ。


 誰もがその後のリリア達がどうなったかなど気にしていない。


 気にする必要もないと思っている。



「・・・そうよね。」



 カテリーナは無理矢理笑った。



「これで良かったのよ。」




 自分へ言い聞かせるように


 ルイスがふと窓の外を見る。


 夕焼け。


 赤く染まる王都。


 その紅い瞳が一瞬だけ冷えた。




「(これで姉上を脅かすものはいなくなる。)」



 その為なら何でもする。


 たとえ。


 一人の少女の人生を地獄へ落としたとしても。


 ルイスは微笑む。


 優しい弟の顔で。



「姉上。」



 そして何も知らないカテリーナへ告げた。



「これからは、安心して笑ってください。」



 その夜。


 ヴァレンティア公爵邸は静寂に包まれていた。


 広い廊下。


 赤い絨毯。


 壁に並ぶ豪奢な燭台。


 その中を、ルイスは一人で歩いていた。


 コツ、コツ、と靴音だけが響く。


 そして。


 誰もいない中庭へ出た瞬間。



「終わったんですか?」



 ルイスは振り返る。


 暗闇の柱の陰。


 そこに立っていたのはノアだった。


 紺の髪と目の少年は、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。



「・・・何の話だ。」



 ルイスは表情を変えない。


 だがノアは小さく肩を竦めた。



「隠さなくてもいいですよ。」



 柔らかな声。



「最近、王都南区の人攫いと接触してたでしょう?」



 ルイスの目が細くなる。



「調べたのか。」


「まぁ、一応情報担当ですから。」



 ノアは困ったように笑った。



「ルイス、君・・・何したの?」



 数秒の沈黙。


 やがてルイスは静かに口を開いた。



「消しただけだ。」


「リリアを?」


「あぁ。」



 その返答に。


 ノアから笑みが少し消えた。



「どこへ?」


「お前は知る必要はない。姉上の耳にも入らない方が良いだろ?」



 ルイスは冷たく言い放つ。



「姉上は優し過ぎる。」



 ノアは黙る。


 ルイスの声は静かだった。


 けれど。


 底が冷たい。



「学園追放程度じゃ駄目なんだ。」


「・・・・・。」


「また戻って来る可能性があった。」


「だから?」


「二度と姉上の前へ現れない場所へ送った。」



 ノアは目を伏せた。


 頭が良い彼には、それだけで十分だった。


 どこへ送られたのか。


 どんな扱いを受けるのか。


 想像出来てしまった。



「・・・そこまでやる必要あった?」




 小さな声。


 ルイスの紅眼が鋭くなる。



「ある。」



 即答だった。



「未来で姉上は破滅するんだぞ。」


「でも、それはゲームの話だろ?」


「現実になってる。」



 ルイスは吐き捨てる。



「ピンクの髪。ピンクの瞳。愛の力。発明。全部一致してる。」



 ノアは何も言えない。


 確かに一致し過ぎていた。


 偶然とは思えないほど。



「だから潰した。」



 ルイスは静かに告げる。



「姉上を守る為に。」



 ノアは薄く息を吐く。



「ライアス殿下にも?」


「知らせない。姉上の耳に入るかもしれないから。」



 ルイスは迷わない。



「姉上が知れば苦しむからな。」



 だから。


 自分だけが汚れる。


 自分だけが手を汚せばいい。


 ルイスは本気でそう思っていた。



「君さ。」



 ノアがぽつりと呟く。



「姉上の事、本当に好きだよね。」


「当たり前だ。」



 即答。



「姉上は完璧な人だ。優しくて、美しくて、努力家で。誰より幸せになるべき人間だ。」



 その目には狂信的な熱があった。



「だから守る。何を犠牲にしても。」



 ノアはそれを見て、背筋が少し寒くなる。


 ルイスはもう引き返せない。


 これは忠誠心というより。


 執着だ。


 だが、ノアもまた止めなかった。


 止める資格が無いと思った。


 自分も散々リリアを追い詰めた側だから。



「・・・そっか。」



 ノアは苦く笑う。



「まぁ、今更だよね。」


「そうだ。」



 ルイスは夜空を見上げた。


 雨は止んでいた。


 けれど空は暗いままだ。



「(これで終わる。)」



 そう思った。


 リリアさえ消えれば。


 姉は幸せになれる。


 未来は変わる。


 そう信じていた。


 だからこの時のルイスはまだ知らない。


 自分が地獄へ落とした少女が。


 数年後。


 本物の“悪魔”になって戻って来る事を。

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