9.地獄を歩く〜現在2〜
それから一年間
リリアはずっと考えていた。
どうしてこうなったのか。
何故、自分はここまで憎まれたのか。
何故カテリーナは、リリアの発明を全て知っていたのか。
考えて。
考えて。
考えて。
考えて。
考えて。
眠る事も忘れて。
壊れたように考え続けた。
そして一年後。
リリアは一つの答えへ辿り着く。
「あいつ等全員地獄に落としてやる!生まれてきた事を後悔させるようなそんな地獄にッ!いや、私と…お母さんが味わったより酷い地獄に合わせてやるんだから!!アハッ!アハハハハハハ!!」
——乙女ゲーム。
——ヒロイン。
——悪役令嬢。
カテリーナは未来を知っていた。
本来、自分は幸せになる筈だった。
王太子達に愛され。
彼女は破滅する筈だった。
だから。
その未来が始まる前に。
カテリーナはリリアを徹底的に潰したのだ。
そう。
まるでゲームの駒を叩き潰すみたいに。
「さよならお母さん。」
娼館に火をつける。
火はどんどん燃え広がる。
「ここは地獄だ。」
リリアは燃え広がる炎を見つめながら、乾いた笑みを浮かべた。
「善人も悪人も関係なく、ただ苦しみだけを与えられ続ける場所。」
パチパチと炎が音を立てる。
「希望を持てば奪われる。愛すれば壊される。信じれば裏切られる。」
淀んだピンクの瞳が揺れる。
「だけど私はまだお母さんが味わった本当の地獄にすら行けてない。」
リリアはゆっくりと笑った。
壊れたように。
「私が代わりに身体を差し出せばよかったんだ。そうしたらお母さんは死なずにすんだのに・・・だけど私はこうして生きてる。」
炎は勢いを増していく。
赤黒い火が床を這い、壁を舐め、腐った木材を喰らっていく。
熱い。
煙たい。
それなのにリリアはその場から動かなかった。
「でも、この苦しみも。」
リリアは炎を見つめたまま呟く。
「もう終わり。」
かつてなら怖かった。
火も。
死も。
一人になる事も。
全部。
でも今は違う。
何故なら。
もう何も残っていないから。
「お母さんは死んだ。」
メキ、と梁が軋む。
「私の未来も死んだ。」
学園で笑っていた少女。
発明を語って目を輝かせていた少女。
母と一緒に王都を見てはしゃいでいた少女。
そんなものはもうどこにもいない。
「だったら。」
リリアの唇がゆっくり吊り上がる。
「残るのは復讐だけでしょ?」
炎が瞳に映る。
そのピンク色の瞳は、もう宝石のような優しい色ではなかった。
煮え滾る憎悪の色。
「ライアス。」
王太子。
最初からリリアを憎んでいた男。
『僕達は絶対にお前を愛さない。』
初対面でそう吐き捨てた男。
まるで未来を知っていたみたいに。
「カテリーナ。」
悪役令嬢。
未来を知る女。
リリアの人生を盗んだ女。
「ルイス。アルベルト。セドリック。ノア。」
王太子の側近達。
全員が最初からリリアを敵として見ていた。
「みんな。」
リリアは笑う。
壊れたみたいに。
「私を怪物にした責任、取ってもらうから。」
炎が天井へ燃え移る。
熱風が吹き荒ぶ。
煙が充満する。
普通の人間なら逃げ出している。
でもリリアは動かない。
「ねぇ、お母さん。」
リリアはゆっくり振り返った。
炎に包まれ始めたベッド。
そこには白骨化しかけたエミリアの亡骸。
「私、やっと分かったの。」
涙が一筋流れる。
「優しいだけじゃ駄目だったんだね。」
村で暮らしていた頃。
皆んなの役に立ちたかった。
発明で誰かを笑顔にしたかった。
困ってる人を助けたかった。
ただそれだけだった。
なのに。
待っていたのは地獄だった。
「だったら私は。」
リリアはゆっくりナイフを握る。
いつの間にか手にしていた、娼館の厨房から持ち出した古びた刃物。
炎の光を反射して鈍く光る。
「もう善人には戻らない。」
ぎり、と柄を握り締める。
「悪魔になる。」
それは宣言だった。
少女が少女である事を捨てた瞬間。
「アイツ等が私を悪役にしたんだから。」
炎が轟音を立てる。
天井が崩れ始める。
もうここも長くない。
でもリリアは笑っていた。
涙を流しながら。
「なら最後まで悪役を演じてあげる。」
そして。
炎の中。
リリアはゆっくり歩き出した。
復讐の為に。
全てを奪い返す為に。
煉獄の底から這い上がるように。
「全員地獄に落としてやる。」




