第八十二話 三つの実は、同じ枝に生らない 後編
「私が消えれば、全員助かります」
林檎は淡々と言った。
桃は鼻で笑う。
「却下だ」
「感情で判断しないでください」
「感情ではない」
桃は巨大な怪異を見上げた。
「お前が消える未来が気に入らない」
「気に入らないなんて理由になりませんよ」
「私にはなる」
苺も口を開いた。
「僕も反対」
林檎は苺を見る。
「なぜです」
「君が消えると、僕の根が一つ減る」
「私は貴方の配下ではありません」
「知っているよ」
苺は静かに笑った。
「それでも繋がっている」
怪異の枝が三人へ襲いかかった。
桃は周囲へ複数の未来を作り出す。
一つの攻撃が十の未来へ分かれ、すべて異なる軌道へ逸れていく。
林檎は双晴をさらに高く上げた。
雲を越え、空のさらに上へ。
地上と地下を同時に見下ろし、怪異の核を探す。
だが核は一つではなかった。
「核は四十三」
林檎が言う。
桃が怪異の実を見る。
「全部壊せばどうなる?」
「中の人間も死にます」
苺は根を伸ばした。
「なら、核と人を分けようか」
赤黒い根が実へ絡み付く。
中に閉じ込められた人々へ繋がる。
怪異は叫び、枝で苺を貫こうとした。
一本が毛皮を裂く。
血が滲む。
苺は傷へ目を落とした。
「これ、高い毛皮なんだけど」
桃が苺を見る。
「重要なのそこか?」
「大事なことだよ」
苺は霊力の根をさらに深く食い込ませた。
怪異の中へ深く。怪異を侵食していく。菌糸のように深く。深く。
四十三人の記憶へ。
一人目の名前が浮かぶ。
「田中」
赤い実が割れる。
一人の男が落ちる。
苺の根が受け止める。
「佐藤」
二つ目の実が開く。
「木村」
三つ目。
苺は一人ずつ名を呼び、怪異から切り離していく。
だが、そのたびに人々の恐怖と喪失が苺へ流れ込む。
頭の中で声が増えていく。
誰かの悲鳴。
誰かの母の声。
誰かが忘れた名前。
苺は額を押さえた。
「うるさいな」
林檎が言う。
「接続を切ってください」
「嫌だ」
「侵食されます」
「怪異ごと繋ぐと言っただろう」
桃が呆れたように言う。
「本当に馬鹿なんだな」
苺は笑った。
「君に言われたくない」
次の瞬間、怪異の巨大な枝が桃を貫いた。
桃の身体が消える。
だが別の未来から、桃が現れる。
怪異の横に傷一つない桃が立っていた。
「残念だったな」
怪異が叫ぶと無数の枝が一斉に桃へ襲い掛かった。
桃はさらに多くの未来を作り出した。
十。
百。
幾重にも枝分かれした可能性の中に、同じ姿をした桃が立つ。
怪異は無数の枝を伸ばし、現れた桃を一人ずつ貫いていった。
だが、どれを消しても本体へ届かない。
一つの未来で桃を殺せば、別の未来では攻撃そのものが起きていない。退路を塞げば、その退路を必要としない世界が生まれる。怪異が次の手を選ぶたび、桃はその選択の外側へ新たな可能性を置いていった。
それでも怪異の勢いは止まらなかった。
怪異の枝は地下全体へ食い込み、人を閉じ込めた実を盾にしながら、無秩序に未来を増殖させていく。生まれた可能性は互いに衝突し、空間そのものが悲鳴を上げていた。
林檎が双晴の視界を通して叫ぶ。
「桃。これ以上、未来を増やせば空間が保ちません」
「分かっている」
桃は怪異を見上げた。
未来を増やすだけでは足りない。
怪異は、増えた未来のすべてへ根を伸ばしている。どれほど新しい道を作っても、その道そのものを侵食される。
ならば、道を増やすのではない。
盤面を変える。
桃は静かに息を吸った。
周囲に立っていた無数の桃が、一斉に同じ動きをした。
両手を胸の前で重ねる。
その瞬間、地下へ満ちていた雑音が消えた。
怪異の叫びも、崩落する音も、苺の根を通して流れ込む人々の声さえ、一瞬だけ遠ざかる。
桃の瞳に、淡い金色の光が宿った。
その奥に、無数の星を結んだような幾何学の紋が浮かぶ。
「高御産巣日」
桃が、その名を呼んだ。
空気が震えた。
神が降りてくるというより、世界の方が桃を中心として組み直されていく。
桃の足元から、金色の線が伸びた。
一本。
二本。
十本。
線は床を走り、壁を上り、天井を越え、怪異の根と枝、閉じ込められた人々、林檎の双晴、苺の霊脈、そのすべてを巨大な盤面の上へ配置していく。
地下空間は、もはやただの通路ではなかった。
人。
怪異。
未来。
記憶。
生と死。
あらゆるものが、意味を持つ駒として桃の前へ並べられていく。
豪奢な衣の裾が風もないのに揺れ、桃の背後に巨大な神紋が開いた。
天地の間へ万物を発展させる産霊をもたらし、混沌の中から結びと秩序を生み出す神。
高御産巣日。
その神格が桃の身体を通して顕現する。
桃の声が幾重にも重なった。
「そこは、お前の場所ではない」
怪異の枝が桃へ襲いかかった。
だが、途中で止まった。
止められたのではない。
枝が伸びる先そのものが、世界から消えていた。
怪異が攻撃へ使おうとした経路は盤面の外へ追いやられ、代わりに閉じ込められた人々へ繋がる道だけが、金色の線として浮かび上がっている。
怪異が吠えた。
無数の枝を別の方向へ伸ばす。
桃は指先を僅かに動かした。
それだけで、空間の上下が入れ替わる。
怪異の枝は人々へ向かうはずだった軌道を外れ、自らの幹へ突き刺さった。
「未来を増やすだけが、私の力だと思ったか」
桃は怪異へ歩み寄る。
一歩進むたび、盤面が書き換わる。
怪異が優位に立っていた場所は狭められ、人々の退路は広げられる。崩れかけていた地下の構造は再配置され、落下する瓦礫さえ、生存する道を塞がない位置へ移されていった。
偶然ではない。
予測でもない。
桃は、世界の上に置かれたものの関係そのものを変えている。
「秩序とは、最初からあるものではない」
桃の金色の瞳が、怪異を捉える。
「混沌の中から、誰かが作ってきたものだ」
怪異は枝を束ね、巨大な槍へ変えた。
桃を貫き、盤面ごと破壊しようとする。
桃は避けなかった。
代わりに、片手を上げる。
「配置を改める」
短い言葉と同時に、金色の線が一斉に走った。
桃と怪異の位置が入れ替わる。
怪異が放った槍は、怪異自身の核へ向かっていた。
轟音と共に、巨大な幹が内側から裂けた。
怪異が絶叫する。
だが桃は表情を変えない。
「ここから先は、お前が選ぶ盤面ではない」
金色の線が怪異を囲む。
逃げ道。
攻撃の経路。
人々へ届く枝。
そのすべてが閉ざされる。
残されたのは、林檎の双晴が捉えた核へ至る一本の道と、苺の根が人々を引き出すための経路だけだった。
林檎が、変化した未来を見据える。
「道が増えたのではありませんね」
桃は答えない。
苺が、怪異へ絡み付く根を強く引いた。
「世界の方を並べ替えたのか」
桃は僅かに笑った。
「盤面が悪いなら、盤面から作り直せばいい」
その背後で、高御産巣日の神紋がさらに強く輝く。
怪異は初めて、自分が追い詰められたことを悟った。
無数にあったはずの選択肢は消えている。
逃げる未来も。
人を盾にする未来も。
桃を殺す未来も。
残されているのは、三果によって討たれる未来だけだった。
同じ場所に、無数の桃が立つ。
怪異はどれが本物か判断できない。
枝はすべての未来を攻撃する。
百の桃が消える。
それでも一人が残る。
桃は怪異の幹の前に立っていた。
「外れだ」
神威を纏った強烈な拳を幹に叩き込む。
未来そのものが砕け、空間に亀裂が走った。
その瞬間、林檎の視界へ新しい道が広がった。
千を超える未来。
その中に一本だけ、全員が生き残る道がある。
「桃、右へ」
桃は迷わず動く。
「苺、根を三秒だけ離して」
「中の人が消えるぞ」
「二秒なら保ちます」
「細かいね」
「必要です」
林檎は双晴を通して、怪異の内部と、そのはるか上空を同時に見ていた。
地上からでは届かない高度を、白と黒の二つの霊体が旋回している。白い双晴は、怪異の枝が生存者へ伸ばす経路を捉え、黒い双晴は、四十三人の記憶へ食い込んだ霊的な根を追っていた。
怪異の核と、囚われた人々が切り離される時間は、二秒。
それより短ければ、照射は核を焼き切れない。
それより長ければ、現実との繋がりを失った人々が消える。
そして一度でも照準がずれれば、救うべき四十三人ごと地下空間を焼き払うことになる。
林檎は、静かに息を吐いた。
桃が見上げる。
「何をする気だ」
「照射です」
「この地下ごと消える可能性は?」
「あります」
普段、彼が得意とする神降しは|志那都比古神である。風を読み、流れを制し、双晴の速度と探査範囲を飛躍的に高める。その神格であれば、入り組んだ怪異の枝を切り裂き、人々を一人ずつ救い出すこともできるだろう。
だが、今は時間がない。
一つずつ斬るのでは間に合わない。
必要なのは、怪異が広げた無数の影を、ただ一度の光で灼き尽くす力だった。
「林檎」
桃が彼の変化へ気付いた。
「何を降ろすつもりだ」
林檎は答えず、両手を胸の前で重ねた。
天井を突き破って伸びていた怪異の枝が、突然ざわめき始める。地下にいるはずの三人の周囲へ、朝の訪れを思わせる淡い光が差し込んだ。
光源はない。
照明でも、双晴が放つ光でもない。
夜そのものが退き、世界の向こう側から昼が近付いてくるような光だった。
林檎の黒髪が、毛先からゆっくりと色を失っていく。
白ではない。
陽光を溶かしたような、淡い金色。
閉じられていた瞼が開くと、その瞳には虹彩の代わりに、幾重にも重なる日輪の紋が浮かんでいた。
額の中央へ、細い光の線が走る。
首筋から鎖骨へ。
両腕から指先へ。
黄金の神紋が、身体を祭具へ作り替えるように広がっていった。
地下を満たしていた怪異の声が止まった。
影が光を恐れて縮む。
人々を閉じ込めた赤い実さえ、初めて震えを見せた。
林檎の唇が開く。
「天照大御神」
その名が告げられた瞬間、空の高みを巡っていた双晴が一斉に翼を広げた。
鳥の形を取っていた白と黒の霊体が崩れ、二つの巨大な眼へ変わる。
白い眼は地上を見下ろし、黒い眼は地下の最奥を見通す。
光と影。
現世と幽世。
二つの視界が重なり、怪異のすべてが林檎の前へ晒された。
隠された核。
枝分かれした霊脈。
四十三人へ絡み付く細い根。
桃が作り出した無数の未来。
苺が現実へ繋ぎ止めている命。
林檎は、それらを一つも取りこぼさず見ていた。
怪異が吠え、無数の枝を空へ伸ばした。
地上を突き抜け、双晴を撃ち落とそうとする。
だが、枝の表面へ光が触れた途端、黒い煙を上げて燃え始めた。
炎ではない。
穢れだけを選んで灼く陽光だった。
苺が眩しそうに目を細める。
「それ、本当に林檎?」
桃も目の前へ手をかざした。
「趣味が変わったな。今日は随分と明るい」
林檎の声が幾重にも重なって響く。
「黙っていてください。照準がずれます」
「神を降ろしても小言は変わらないんだね」
「安心した」
二人の軽口にも、林檎は反応しなかった。
正確には、反応する余裕がなかった。
天照大神の神格は、林檎の身体には強すぎる。
光が血の内側を流れるたび、身体の輪郭が薄れていく。皮膚の下で熱が膨れ上がり、人の器を内側から焼こうとしていた。
額の神紋から、一筋の血が流れる。
それすら、頬へ届く前に金色の粒子となって消えた。
林檎は双晴へ意識を集中させた。
二つの眼が、空の高みで重なる。
巨大な日輪が形成される。
雲が押し退けられ、昼の空にもう一つの太陽が現れた。
地上では、何も知らない人々が足を止め、空を見上げている。
しかし、その光が狙っているのは地上ではない。
林檎の視界の中心に、地下深くに潜む怪異の核があった。
「双晴、照準固定」
白い眼が、守るべき命の位置を確定する。
黒い眼が、消滅させるべき怪異だけを選別する。
二つの情報が完全に重なった時、怪異の身体へ無数の光の輪が浮かんだ。
逃げ道ではない。
照射範囲だった。
怪異は初めて、自らが選別される側になったことを理解した。
――やめろ。
無数の口が叫ぶ。
――私を消せば、こいつらも消える。
林檎の金色の瞳が、怪異を見据えた。
「消しません」
怪異の声が止まる。
「選ばれなかったのは、貴方だけです」
冷たい宣告だった。
それでも、その背後に降りた神格は、世界を遍く照らす日の神である。
人を分け隔てることなく照らす光を借りながら、林檎は灼くべきものだけを選んでいる。
そこにこそ、神代林檎の危険さがあった。
「苺、頼みます!」
林檎が呼ぶ。
苺は四十三人へ伸ばした根へ力を込めた。
「いつでも」
「二秒です」
「分かっているよ」
「桃」
「今度は何だ」
「照射まで、怪異が双晴へ到達しない未来を維持してください」
桃は怪異の枝を見上げ、楽しそうに笑った。
「注文が多いな」
「できないのですか」
「誰に言っている」
桃が指を鳴らす。
双晴へ届くはずだった怪異の枝が、到達しない未来へ次々に滑り落ちていく。
距離が伸びる。
方向が変わる。
途中で別の枝と衝突する。
怪異がどれほど手を伸ばしても、空の双晴へは届かない。
林檎は右手をゆっくりと持ち上げた。
空に開いた日輪も、それに従って光を増す。
地下空間の影が、すべて消えた。
怪異の枝も、桃も、苺も、囚われた人々も、足元へ一つの影さえ落とさない。
完全な光の中で、林檎は言った。
「根を離してください」
苺が四十三人を繋いでいた根を解いた。
一秒。
人々の輪郭が透け始める。
怪異の核と人間の記憶を結んでいた黒い筋が、林檎の視界へ露出する。
一・五秒。
怪異が人々を取り戻そうと枝を伸ばす。
桃が盤面を書き換え、その経路を閉ざした。
二秒。
苺が再び根を伸ばす。
四十三人の命が現実へ繋ぎ止められる。
それと同時に、林檎は掲げていた右手を振り下ろした。
「天照」
空の双晴が開いた。
二つの巨大な眼から放たれた光が、上空で一本へ束ねられる。
それは光線というより、天そのものから下される裁定だった。
雲を裂き。
地上の建物を透過し。
幾層もの地下構造をすり抜ける。
白金の光柱が、怪異の中心へ寸分の狂いもなく落ちた。
音はなかった。
衝撃も、最初の一瞬には存在しなかった。
ただ、怪異の姿だけが真昼の光へ呑み込まれる。
次の瞬間、遅れて空間が震えた。
地下全体を揺るがす轟音が響き、怪異の枝が内側から焼き切られていく。黒い根は灰になることすら許されず、光の中で存在そのものを分解された。
人々へ絡み付いていた穢れだけが剥がれ、天へ吸い上げられていく。
双晴は照射を止めない。
白い眼が四十三人を守る領域を維持し、黒い眼が逃げようとする怪異の欠片を一つずつ追い詰める。
枝の陰へ。
未来の隙間へ。
人々の記憶の奥へ。
どこへ潜ろうとしても、日の光から逃れる場所はない。
怪異の絶叫が、地下へ響いた。
――なぜ、お前が選ぶ。
林檎は日輪の瞳でそれを見つめた。
「選ばなければ、貴方が選ぶからです」
照射の出力が上がる。
最後に残った黒い核へ、双晴の光が集中した。
「その権利を、貴方には与えません」
核が砕けた。
白金の光が爆ぜ、怪異の断末魔もろとも地下の闇を消し去った。
林檎が手を下ろすと、上空の日輪がゆっくりと閉じていく。
双晴は再び白と黒の鳥の姿へ戻り、天井をすり抜けて林檎の両肩へ降り立った。
天照大神の神格が、彼の身体から離れ始める。
金色に変わっていた髪が、根元から黒へ戻る。
日輪の紋を宿していた瞳も、少しずつ本来の色を取り戻した。
だが、すべてが元へ戻ったわけではない。
右目の奥には、細い光の輪が残っている。
指先からは熱が抜けず、皮膚の下で微かな金色が脈打っていた。
林檎は僅かによろめいた。
桃が腕を掴むより早く、林檎は自分で姿勢を戻す。
「触らないでください」
「倒れそうだったからだ」
「倒れていません」
苺が裂けた毛皮を整えながら笑った。
「神様を帰した後まで、可愛げがないね」
林檎は苺を見た。
「貴方に分ける可愛げはありません」
「残念」
桃は怪異が消えた空間を見回した。
「天照大神まで隠していたとはな」
「隠してはいません。これまで必要がなかっただけです」
「今日の照射、地下ごと消す可能性があると言っていなかったか?」
「結果として残りました」
「結果論だな」
林檎は双晴を見上げた。
「選択は正しかった」
そう答えた声には、確信だけでなく、神降しの反動を押し殺す僅かな震えが混じっていた。
一時、静寂が支配したあと、存在しない空間の崩壊が静かに始まった
三人は崩れ落ちる地下を走り抜けた。
実在する地下6階へ出た瞬間、背後の入口が閉じる。
静けさと空調音が戻り、ようやく朝がやって来た。
消えた人々の記録が戻る。
家族の記憶も戻る。
写真の空白が埋まる。
四十三人は、再び存在する者になった。
その日の午後。
三人は都内の店で酒を飲んでいた。
桃が盃を置く。
「一番働いたのは私だな」
林檎はすぐに聞き返す。
「根拠はなんです?」
「全員が存在する未来を作った」
苺は毛皮の裂けた部分を見ながら言う。
「いや、それは僕がみんなを繋いで残したからだね」
林檎は淡々と答える。
「私が道を選びました」
三人の間に沈黙が落ちた。
桃が口を開く。
「誰が一番だ」
苺が笑う。
「僕の配下へ聞こうか」
「お前の配下は、お前へ忖度するだろう」
「よく分かっているね」
林檎が酒を一口飲んで言う。
「全員必要でした」
桃が林檎を見る。
「珍しいな」
「事実です」
苺が笑った。
「三つの実が、同じ枝に生ったみたいだ」
林檎は即座に否定した。
「生りません」
桃も続ける。
「ならんだろ、特に苺は」
「仲間外れは良くないよ」
「お前に言われたくない」
酒が進む。
やがて桃が、蒼麻の話を持ち出した。
「蒼麻は、まだ迷っているらしいな」
林檎が頷く。
「神狐と九尾狐。その思想の間で」
苺は盃を揺らした。
「知っているよ」
桃が苺を見る。
「どこから聞いたんだ」
「根から」
「便利な言葉だな」
林檎は静かに言った。
「蒼麻は、自分が人へ選択させている可能性を恐れている」
桃は笑わなかった。
「自分が相手の未来を決めているかもしれないと?」
「実際、影響は与えています」
林檎は答える。
「人は誰かの影響を受けずに選ぶことはできません」
苺も頷く。
「繋がるとは、そういうことだからね」
桃は盃を見つめた。
「九尾狐は間違っているとは言えない」
林檎が続ける。
「神狐も、正しいとは言い切れません」
苺が尋ねる。
「蒼麻は、どちらを選ぶと思う?」
桃は少し考え口の端で笑う。
「あいつは、どちらも選ばない」
林檎が桃を見る。
「それも選択ですね」
苺が笑う。
「逃げ道はないね」
三人の間に、短い沈黙が落ちた。
桃は酒を飲み、静かに言った。
「だが、蒼麻が一人で選ぶ必要もない」
林檎は盃へ目を落とす。
「誰かが決める必要はありますが」
苺は二人を見た。
「なら、たくさん繋げばいい」
桃が苦笑する。
「お前は何でも繋ぐな」
林檎も言う。
「怪異まで繋ぐ人に言われたくありません」
苺は楽しそうに笑った。
「今日は3人居たからできただろう?人が繋がれば選択肢は増えるものだよ」
桃と林檎が同時に答えた。
「お前のは危険だ」
そこへ店員が料理を運んできた。
三人を見比べ、少し迷ってから尋ねる。
「皆さん、ご兄弟ですか?」
三人は同時に答えた。
「違います」
店員は笑う。
「雰囲気が似ていて、仲がよさそうなので」
桃は顔をしかめた。
「見る目がないな」
林檎は静かに言う。
「情報が不足しています」
苺だけは笑った。
「僕は嫌いじゃないよ」
桃と林檎が苺を見る。
「黙れ」
店員は仲が良さそうだなと思ったまま笑い、席を離れていった。
三人は再び酒を飲んだ。
未来を作る者。
未来を選ぶ者。
未来を繋ぐ者。
三つの実は、同じ枝には生らない。
それでも、地の下ではどこかで繋がっているのかもしれない。




