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第三十八話 見られている者たち

その頃。


奥之院では。


誰も知らない会議が開かれていた。


山奥。幾重もの結界。古い鳥居。

石段。社。祠。


さらに奥。


神代奥之院。


円卓ではない。

会議室でもない。

古い本殿のような場所。

灯りは行灯だけ。


そこに数人の神代が集まっていた。


神代紫苑。

神代鬼灯。

神代山茶花。

神代朝顔。

神代麗樹。


誰も口を開かない。


最初に話したのは朝顔だった。


まだ少年。


だがその瞳だけは異様に研ぎ澄まされて澄んでいる。


「来るよ」


誰も驚かない。


「蒼麻くん?」


麗樹が聞く。


朝顔は頷く。


「来る。もう決めた。黒狐も近くまで来る」


鬼灯が舌打ちした。


「面倒だな」


紫苑は静かだった。


「九尾は」


朝顔の顔が曇る。


「見えない」


全員が黙った。


朝顔の未来視は優秀だ。


見えない。


それは。


見えないほど遠いか。


見えないほど近いか。


どちらか。


紫苑が呟く。


「始まるか」


鬼灯は腕を組む。


「まだだ」


「蒼麻は未完成だ」


その時。


山茶花が初めて笑った。


「完成していたら困るでしょう?」


鬼灯が睨む。


「何が言いたい」


「二十年以上隠していた封印が」


山茶花は指先で机を叩いた。


「最近よく揺れる」


誰も否定しない。


蒼麻の封印。


麻臣が命を削って施したもの。


神代ですら。見失ったほどの封鎖。


それが最近少しずつ開いている。


山茶花は言う。


「誰かが触っている」


鬼灯は即答した。


「九尾だろ」


「そうかしら」


山茶花は笑う。


「私は人間だと思う」


空気が冷えた。


麗樹が顔を上げる。


「誰ですか」


「まだ分からない」


「でも」


山茶花は窓の外を見る。


「蒼麻の周りには」


「最近、いろいろなものが集まりすぎている」


黒狐。


白狐。


黄狐。


神代。


怪異。


「偶然にしては出来すぎている」


紫苑も頷いた。


「誘導されている可能性はある」


その言葉に。


鬼灯が少し嫌そうな顔をした。


「桃か?」


麗樹が首を振る。


「桃兄様ではないと思う」


「理由は」


「桃兄様ならもっと派手にやる」


全員が少しだけ納得した。


確かにそうだった。


その時。


静かに障子が開いた。


全員が振り返る。


誰も呼んでいない。


結界も反応していない。


しかし。


そこには一人の女が立っていた。


神代菖蒲。


鬼灯が顔をしかめた。


「なんでいる。呼ばれていない」


「知ってるわ」


菖蒲は当然のように座る。


鬼灯がさらに嫌そうな顔をした。


麗樹は苦笑した。


「菖蒲様、こんにちは」


朝顔がぼそりと呟く。


「怒ってる」


菖蒲が聞こえていたらしい。


「少しね」


鬼灯が目を逸らした。


その様子を見て。


山茶花が楽しそうに笑う。


まるで悪童と保護者だった。


菖蒲は資料を置く。


「蒼麻さんの件」


空気が変わる。


「私からも一つ」


「何だ」


紫苑が聞く。


菖蒲は静かに言った。


「手を出さないで」


誰もすぐには答えなかった。


「理由は」


紫苑が聞く。


菖蒲は少し考える。


そして。


「麻臣さんに義理がある」


鬼灯が鼻で笑った。


「感情論か」


「ええ」


即答だった。


だから逆に重かった。


菖蒲は続ける。


「それに」


「蒼麻さんは」


「まだ壊れていない」


静かな声。


「だから」


「神代が壊してはいけない」


その言葉に。


麗樹だけが目を伏せた。


なぜなら。


麗樹は知っている。


神代一族が。


時々。


善意で人を壊すことを。


朝顔がぽつりと言った。


「蘭姉ちゃんも」


空気が止まった。


誰も言葉を続けない。


蘭。


失踪した神代蘭。


麗樹の顔色が変わる。


朝顔は慌てて口を塞いだ。


未来視の少年は。


時々。


見てはいけない未来と。


言ってはいけない過去を。


混ぜてしまう。


誰も気づいていない。


だが。


神代蘭という名前が最近。少しずつ、奥之院の中で増え始めていた。




その頃の和灯では。


蒼麻は連続でくしゃみをした。


「誰か噂してる」


真響が酒を飲む。


「大勢だろうな」


麻那は嫌そうな顔をした。


「神代かな」


「神代だろうな」


蓮二だけが言った。


「嫌な予感しかしない」


全員が頷いた。


そして。


遠く奥之院の最奥。


意識の混濁した神代牡丹が。


ふと空を見上げた。


「……麻臣」


誰も聞いていない。


ただ。


牡丹の周囲で。


白い小さな狐火が一つ。


静かに揺れていた。


まるで。


何かが近づいていることを知っているかのように。

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