012 そもそもアイツは--
ツヤ先生の試験直前対策講座は、本日の二十一時五〇分をもってその全課程が終了した。
翌日に試験を控えるミャーコは早々に就寝準備。居場所に悩んで俺も自室へ戻る。
ツヤをベッドサイドのスマホスタンドに置き、腰を下ろす。
まだ寝るには早い。というか、ぶっちゃけまだ眠くない。妙にソワソワしていた。
そろそろ二十二時。
画面のなかでは、ツヤがスーツケースに何かを詰めていた。
「何してんだ?」
「メンテナンスの準備ですわよ?」
さも当たり前のように言われても、メンテナンスに合わせて荷造りするAIとか会ったことねえよ。
「ほんと、そういうとこ妙に細かいよな。ここの運営」
一体何を詰め込んでいたのやら、ほどなくケースを閉めて、ツヤは大きく伸びをした。得意顔でスーツケースを見下ろす。
「これでいつでもオッケーですわ!」
あと三分か……。
胸のあたりに居座る正体不明の感覚はなんだろうか。不安とも違う。腹のあたりから浮き上がるような、漠然と落ち着かない感じ。
あ、そうだ。
「メンテ明け、何時だ?」
「予定ではアップデートも含めて朝五時までですわ」
概ね予想通りの回答。となると、だ。
「炊飯器に米セットしてあるよな?」
いまから寝れば七時間か。本音を言うならもう少し寝たいところだが……。ま、たまには俺がツヤを起こすのも悪くな--。
「ご心配にはおよびませんわ! メンテナンスが延長する可能性も考慮して、通常炊飯のタイマーモードも設定してありますわ! それにわたくし、メンテ終了後は自動で起動いたしますのでご安心くださいませ」
「は? 勝手に起動すんのか!?」
「はい。わたくしケイタさんと違ってちゃんと一人で起きられますのよ?」
したり顔で言うツヤ。冗談なのか本気なのか。思わず笑いがこぼれる。ツヤも笑顔になった。
あと一分。
会話が止まる。
他に何か話すことはないか。言葉を探していると、
「そうですわ。ケイタさん」
ツヤが真面目な顔になった。急な変化に面食らう。澄んだ青い瞳にじっと見つめられ、気分が粟立つ。ツヤの唇が動く。
「おひとりでアニメの続き見るのはナシですわよ?」
は? 身構えていた俺の思考が、ピタリと止まった。
「絶対、ぜぇーったいナシですわよ!」
力いっぱいといった感じの子どもっぽい念押しは、本当に真剣そのものだ。
ぽかんとする。そして「わかった。見ねえよ」と言いながら、俺は声に出して笑った。ツヤもクスクスと笑っていた。
「それではケイタさん。わたくし、いってまいりますわ」
「おう。えっと、気をつけてな?」
メンテナンスに入るAIには、なんて声をかけるのが正解なんだろうか。気の利いた言葉が思いつかないまま、二十ニ時になった。
笑顔で手を振るツヤがフッと消え、「メンテナンス中です」とポップな文字が画面に浮かんだ。
微かな秒針の音が部屋に残る。
「……さて」
どうしたもんだろうか。
自分から喋らなくなったスマホを手に取ってみる。見慣れたホーム画面だ。それがむしろ当たり前のはずなのに、別物に感じている。
ぼんやりと画面を眺めていると、部屋のドアが鳴った。ノックが三つ。やや間があって。
「ケイくん、起きてる?」
「ミャーコ?」
ドアを開けると、寝巻きに着替えたミャーコが立っていた。うつむく顔は、眉尻が下がり、少し硬い。
「どうした?」
俺が顔を覗き込むと、ミャーコの視線が逃げた。シャンプーだろうか。ほのかな花の匂いが鼻先をくすぐる。
「あの、さ……こっちで寝ても、いい?」
寝巻きの裾をぎゅっと握り、その肩は小刻みに震えている。
「お、おう。まあ、寝るくらい別にいいけども」
「いいの!?」
「別に構わねえよ。あ、いびきがうるさい、とか言われても責任取れねえぞ?」
「ケイくん、いびきかくの?」
「いや、知らん」
「なにそれ」
ミャーコはおかしそうに微笑み、そそくさと布団を取りに戻っていった。
それから数分。俺のベッド脇に並べるようにして布団が敷かれた。寝床を整えると、ミャーコは布団の上に正座した。背筋がピシッとしていて、剣道の試合前みたいに見える。俺はミャーコと向かい合うように、ベッドに腰掛ける。
メイクを落としたミャーコは年相応の少女だった。まだ幼い、子どもの顔。妹の面影を感じる顔に懐かしいような、気まずいような。
ミャーコは俺のスマホに視線を送った。
「つやひめはメンテナンス?」
「ん、ああ。聞いてたのか。さっき行ったよ」
「そうなんだ」
そこで一度会話が途切れる。話を切り出せないのか、ミャーコは難しい顔。
「なんか俺に用事か?」
俺から声をかける。わざわざツヤがいない時に来たわけだし、何もない方が不自然だろう。相談事なら伯父としてちゃんと聞いてやらねばなるまい。
しかしなんだろうか。勉強はツヤが見てくれたし、小遣いをねだるようなキャラじゃない。
家族、友達……やっぱ、この年頃だと恋バナとかかぁ? 中学生の恋愛相談とか無理なんだが? 俺、アラフォー独身彼女無しのトリプルホルダーなんだが?
そんな若干の不安を抱きつつ、次の言葉を待つ。
「私、明日のお昼で帰るから……その、お礼、言っておこうと思って」
ミャーコはひと呼吸おいて居住まいを正すと、
「ありがとうございました」
俺の目を見て、はっきりと言ってから、丁寧な座礼をした。年に似合わぬ所作に面くらいつつ、俺も道場で教え込まれたなぁ、と思い出し苦笑する。なんのことはない。お礼をするのに緊張してたのか。肩から力が抜ける。
「俺はなんもしてないけどな。ほとんどツヤのおかげだろ」
「そんなことない。ご飯だって美味しかったし、そのびっくりした……」
尻すぼみになる声はどこか残念そうだった。
「どうかしたか?」
「……ホントは、私がご飯作ってあげるつもりだったの」
ボソリと言い、ミャーコは顔を伏せる。うつむくつむじは小さく、可愛らしい。
「そっか。じゃまた今度作ってくれよ」
そう言うと、ミャーコは跳ねるように顔を上げた。大きく開いた目から驚きが伝わってくる。
「また来てもいいの?」
「いいも何も、昔はよく来てたじゃねえか。構わねえよ」
ミャーコの口が少し笑った。
「ミャーコならツヤも大歓迎だろうしな」
そう言った瞬間、ミャーコの肩がピクリと反応した。一転、鋭く俺を見据える。
「あのさ。ケイくん、つやひめことどう思ってるの?」
理解するのに、たっぷり三秒はあった気がする。
「どう……?」
なんでそんなことを聞かれたのか。俺は間抜けに聞き返すと、ミャーコは強い顔のまま続ける。
「好き……なの?」
恋バナは恋バナでも、これは、俺の恋バナか!?
「はぁ!? どこからそんな話になるんだよ!」
中学生女子の想像力飛躍しすぎだろ! 確かに一緒に住んではいるが--。
「だって、ケイくん、ツヤ、ツヤってすごく楽しそうだし!」
「ぐっ……」
言葉が喉に詰まった。
ツヤといる生活がいまの俺の日常で、毎日、その、それなりに楽しい、と思う。でもそれは好きとか嫌いとか、そういうのとは違うというか。
「ツヤとはそんなんじゃねえよ。そもそもアイツは--」
スマホアプリのAIだぞ。そう言おうとして俺の口が止まった。言えなかった。
それは事実で現実だ。だけど。
手を振るツヤの笑顔が頭をよぎる。
「アイツは俺のいまの家族、だよ」
いまの俺には、それ以上ツヤを語る言葉が思いつかなかった。
「……そうなんだ」
ミャーコはまだ何か言いたげな顔ではあったけれど、それだけ言うと、そそくさと布団に入って背を向けた。
ミャーコがどんな答えを求めていたのか、俺にはわからなかったが、望む答えでなかったことだけはわかる。
頭を掻いて、俺もベッドに入る。真っ黒なスマホの画面とミャーコの頭を見てから、照明のリモコンを手に取った。
「電気消すぞ」
返事はない。
電子音がして、部屋の明かりが落ちる。
「おやすみ」と声をかけると、背中越しに小さな「おやすみ」が返ってきた。
「……そんなの、ズルいよ」
静かになった部屋にポツリと声がこぼれて消えた。俺は何も言えない。
そんなわけで12話!
連日投稿ちゃんとできてよかったです。
少しラブコメっぽくなってきたかしら?
気難しいお年頃の子って、難しい! 書いてるこっちが緊張する!




