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011 そんな露骨に残念がらんでもよくないか?

 白い壁に囲まれた空間を湯煙が満たす。

 家事一切を終え、俺は一人湯船に浸かっていた。


「ふへぇ……」


 今日一日のいろんなものが、一息で口から漏れ出ていった。浴室に反響する声は、我ながらだいぶ間抜けだ。誰が聞いてるもんでもないと言いたいところだが、


「お疲れ様ですわ! ケイタさん」


 夜も元気なツヤの声が、俺の耳だけに響く。

 防水仕様のワイヤレスイヤホン。通販特価四二八〇円。

 ツヤと通話しながらの風呂。話はツヤが来た日の晩まで遡る。


「わたくし、お風呂初めてですわ!」


 嬉々として、さも当然のようにツヤは言った。ちょうど風呂の準備をしている時だった。

 当時の俺はなにを言われたのかわからず、しばしスマホの画面を凝視していた。

 このアプリは夜になると入浴イベントが発生したりするんだろうか。年齢制限とかなかったし、全年齢向けだよな。「なうろーでぃんぐ」みたいな感じで「ばすたいむなう」とか画面に出てくるとか?

 思考を巡らせていると、ツヤは得意げに胸を張る。


「ファスナー付きのビニールバッグを使えば防水性は問題ありませんわ! 通販サイトのレビューでも高評価がついている商品がそちらの棚に!」


 「さぁさ!」と手で棚を指し示すツヤに、理解が追いついた。


「非公式な使い方の高評価レビューを颯爽と勧めてくるんじゃねえ! 大体、おまえ風呂入ってどーすんだよ!」


「四〇代の方でも年間お風呂の事故で亡くなる方がいらっしゃるのですわ! わたくし、ちゃんとお風呂事故見守り機能もあるのですわ! 安心安全ですわ!」


「ちゃんとってなんだよ! 違う意味で不安危険だ、こんちくしょう!」


 お風呂事故見守り機能搭載型炊飯器って時点でツッコミどころ満載だけどなぁ! それ以上に「AI美少女との混浴」とか、俺内の越えちゃダメな一線をガッツリ踏み越えてんだよっ!

 とまあこんな感じで、すったもんだの末、イヤホンつけることでなんとかツヤは折れた。たまたま持ってたやつが防水でホント助かったわ。以来、ツヤと会話しながらの入浴が日課になったというわけだ。

 しかし今になって思えば、処理落ちするのは恥ずかしがるのに、おっさんの裸はオーケーなのか。肌色多めの美少女アニメとかも平気で見てるし、うーん……ツヤの恥じらい基準がイマイチわからん。

 流れからふと、一般女性の恥ずかしがりそうなアレやコレやが思考に混入し、それをツヤに変換しはじめたところで、俺は思わず自分の顔にお湯をぶっかけた。ガキか俺は……。


「どうかしましたの!?」


 水音に反応したのか、ツヤの焦った声が耳に注がれ、俺の背中はビクリと跳ねた。


「ちょ、ちょっと顔洗っただけだ。気にすんな。そっちはどーよ?」


 妄想をかき消しつつ、話を逸らす。こんなの正直に言えるわけがない。

 通話先のツヤはリビングで試験直前対策講座の真っ最中だ。ミャーコの勉強を見ながら、俺とも問題なく会話できているらしい。知ってたけど、マジで高性能だわ。


「はい。理科は半分暗記問題ですし、計算問題は数学より簡単ですので、いまのミヤコさんでしたら問題ありませんわ! スミレさんにも感謝ですわ!」


「そりゃよかったよ。現役院生様様だな」


 そう。今日の午後は、スミレちゃんにミャーコの勉強を見てもらった。

 俺は午後のアポイントが三件。夕方までガッツリ仕事の予定だった。ツヤごとスマホを置いていくのは、いくらなんでも仕事にならない。かといってミャーコだけで五時間近く自習するのはちょっと無謀だ。それでなんとかなるなら、そもそもこんな事態にはなってない。

 どうしたものかと唸っていると、スミレちゃんの方から教師役を買って出てくれた。ちゃっかり特別手当は要求されたけども、それだけの価値はあったらしい。

 それにしたってポケットマネーだよ、ちくしょう。スマートウォッチといい、今月は出費がかさむ。あとで向こうの家に請求してやろうか……。

 天井を眺めながらそんなことを考えていると、


「考え事ですの?」


 再びツヤが声をかけてきた。これが見守り機能なんだろうか。


「いんや、ちょっとぼーっとしてたわ。そういや今日は久々にカレー食った気がするな」


 思考がそのまま時系列を追って夕飯にたどり着く。今日の献立はカレー。角切りの豚バラにタマネギ、ニンジン、ジャガイモと定番の具に、市販のルゥでザ・家庭の味という感じ。


「はい。ケイタさんとカレーを作るのは今日が初めてですわ」


「だよなぁ。カレーって自炊チュートリアルくらいのイメージあったからさ」


 小学生がキャンプとかでも作る定番メニューだし、市販のルゥを使えば誰でもそれなりの味にはできる。実際、これまで作ってきた料理に比べると難易度は低めだった。するとツヤは言葉を濁した。


「それはそうなんですが……」


「うん?」


「ケイタさんお一人でしたので、カレーを作るとそのまま数日はカレーになってしまうかと思いまして……」


「俺は別に構わねえぞ? 昔は学食で毎日カレー食ってたし」


 カレーが嫌いな男は間違いなく少数派だろう。数日くらいむしろ望むところなくらいだ。

 と、間髪入れずにツヤの声が返ってきた。


「ダメですわ! わたくし、ケイタさんと毎日お料理したいのですわ!」


 力がこもった、予期せぬ言葉が脳に刺さる。イヤホンのせいか、耳の奥でツヤの声が余韻になって、ちょっとむずむずした。


「まあ、最近は自炊すんの別に嫌じゃないからいいけどな。夕飯作ると翌日の弁当になるし……って、あれ? カレー少し残ってたよな? 明日の弁当ってカレーか?」


 俺もミャーコも一回ずつおかわりしたが、まだ少し鍋に残っていた。あと一食か二食かというくらいはある。


「あれは明日のミヤコさんのお昼ですわ!」


「ああ、なるほどな」


 今日はハンバーガー買ってきてたもんな。

 ……ん? ということは、ツヤは今日俺たちがカレーをおかわりすることも見越しての分量で作ってたのか? それは予測というかもう予知の領域だろ。

 話しながら、ふと引っかかった。


「あ、でもよ。試験終わりなら、友達と遊びに行ったりするんじゃないか?」


 おぼろげな記憶だけど、自分の試験終了直後は大抵遊んでいたような気がする。俺の場合はもっぱらゲーセンとかカードショップだったけど、女子中学生ならもっとあちこちいったりしそうなもんだ。


「そうなんですの!?」


「いや知らんけど」


「うぅ……そしたらケイタさんの明日のお夕飯になるのですわ……」


「そんな露骨に残念がらんでもよくないか?」


 そのまましばし、他愛のない会話が続く。ツヤの声に風呂の心地よさが相まって、まったりとした気分に満たされる。適当に話し、聞き、笑う。特に何かがあるわけでもない、ありふれた時間。


「明日からは平常運転かー」


 なんの気なしにそんな言葉が口から出る。

 ミャーコが来てから、まだ三日しか経っていないんだよなぁ。その倍くらいは過ごした気分だけど。


「お寂しい、ですの?」


 ツヤにしては珍しい、だいぶ疑問多めな感じの声だなと思った。


「そんな風に聞こえたか?」


 口にした俺本人は、なにも意識していない。


「いえ、わたくし、『寂しい』はまだよくわらないのですわ。ですけど、今夜はその……」


 ツヤの言葉が途切れる。なにやら意味ありげな雰囲気にどきりとした。さっき変なこと考えたせいか、思考が変な方に傾く。

 なんだ、なんだ? 何を言われるんだ?

 ゴクリと喉が鳴った。


「わたくし不在ですので、ケイタさんを寂しがらせてしまわないものかと……」


 想定外の言葉に俺は首を捻った。


「ふざい?」


「はい。本日二十二時からわたくし、メンテナンスなのですわ」


「あああああ……なんか前にメンテナンスがどうとか話してたな」


 急速に力が抜けていくのと引き換えに、いろいろと記憶が蘇る。確か初めてツヤとアニメを見た日だ。あの日は「白猫つやひめ」がなんかもう全部持っていってたわ。そうか、メンテか。アプデは経験済みだが、メンテは初めてだ。


「メンテ中ってどうなるんだ?」


「アプリは全機能停止いたしますわ」


「まあ、そうだよなぁ……」


 メンテ中も稼働してるスマホアプリとか聞いたことねえし。で、不在ってことか。


「ケイタさんは、寂しい、ですの?」


 やたら「寂しい」にこだわるな。わからないと言っていたツヤだけど、もしかしてミャーコが帰ってしまうのを「寂しい」と感じているんだろうか。それとも単に俺を心配しているのか?


「俺はツヤが来るまで一人暮らししてたんだぜ? 大丈夫だよ」


 俺は明るく、おどけて言ってみたつもりだったが、


「……そうですのね。よかったですわ」


 声だけのツヤは、なんとなくしょんぼり顔になっているような気がした。

 話の区切りのいいところで、お湯がぬるくなったのを感じて、俺は風呂を出た。

お待たせいたしました! 2週間分の更新です。

実は書いていたら長くなってしまって、明日12話更新の予定です!

よかったら明日もよろしくです!(リアタイの方にしか届かないあとがき)

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