EP.07 血みどろ巨人
「お頭ッ、なにか来やす!」
サジが声を裏返らせて叫ぶ。
「なにかって何だ!?」
せっかくいい具合に獲物を包囲できたってのに……。
これからどうやって楽しもうかと考えていたドレイクは、サジの方を見もせずに不機嫌に怒鳴る。
「な、なにかはなにかっす。わかりやせん。なんか血だらけのバケモンっす」
「なんだと!?」
ドレイクは、サジが指差した方向を見て目を丸くする。
身の丈3メートルを超えようかという巨大なバケモノが近づいてきていたのだ。
その頭から腹にかけて真っ赤な血のようなものが夥しく塗りたくられていた。
「な、ななな、なんだテメェは! く、来るなッ!」
サジが顔の前で腕をぶんぶん振りながらパニックを起こす。
偵察要員のサジは腕っぷしの方はからっきしだったのだ。
次の瞬間、ドレイクも我に返って子分たちに命令を出す。
「おいお前ら! あいつを止めろ! 絶対こっちに近づけるな!」
ドレイクの声を聞いた子分たちは、ドレイクが指し示す方向を見て肝を潰す。
「ひゃああああ!」
「なんだアレは!?」
「バケモンだぁぁぁ!」
「血みどろの巨人族だ!」
「こっちに来るぞ、逃げろおおおお!」
全員うろたえてパニックに陥ってしまい、何人かは逃げ出す始末。
「おい、なんだアレは?」
「巨人!?」
「警戒しろ! 魔物かもしれない」
「おかげで盗賊が動揺してる。今がチャンスだ」
襲われている方の男たちも、迫って来るモノを視認したが、こちらは落ち着いたもの。
盗賊どもが侵入者に気を取られた隙を逃さず、周囲の賊を討ち倒す。
数的不利と包囲網でかなりの劣勢だったのが、だいぶ持ち直した。
というより、ほとんど無警戒になったというのが正しい。
「マリーベルさま、今のうちです。行きましょう」
この場にそぐわぬ黒い燕尾服に白い蝶ネクタイの紳士が、二十代後半と思われる女性に耳打ちすると、すっと女性を両手で抱えて走り出した。
「エリック!」
「はっ」
紳士の呼びかけに即座に反応して後を追う武装した護衛風の男性。
他の護衛たちも盗賊を牽制しながら、後退を始めた。
*
(うん、まぁこんなもんかな。上々、上々)
ゆっくり歩行中の豪は、自らの行動の効果を確認して悦に入っていた。
そしてこの時、ゴーレムの視覚にズーム機能があるのを初めて知った。
視界の一部に集中すると拡大されるのだ。
豪の意識でズームインアウトが自在になるのには驚いた。
(このゴーレム、どんだけ高性能なんだよ)
感心しつつも、この後自分がどうするのかは未だ決めかねていた。
クマモンの首を軽く吹っ飛ばしたパワーで、人間相手に戦ったらどうなるかは考えるまでもなかった。
別に盗賊に情けをかけるわけではないが、グロ描写は生来苦手なのだ。
クマモンの時は怒りでテンションが暴走しまくっててマヒしていたらしい。
(なるべく派手な動きで、被害は最少に、だな)
大雑把ながら、方針は決まった。
*
「逃げんじゃねぇ! 戻って戦え! 戻れって言ってるだろ!」
ドレイクの怒号が響く。
しかし、ドレイクと血みどろ巨人のどちらが怖いかと言えば、後者だった。
半分ほどが森の中へ消えたが、そのうち半分ほどは森の中に潜んで様子を窺っていた。
「おいケニー! 逃げるヤツぁ片っ端から殺っちまえ!」
ドレイクは燃えている馬車の反対側にいるケニーに叫んだ。
「了解!」
一声叫んだケニーが逃亡者を追って離脱していく。
彼は盗賊団における弓の名手だった。
それを獲物でも侵入者でもなく、逃げた元仲間の処理に回すという判断は、ドレイクの主義によるものだ。
逃げた先でまた悪事をやらかすくらいなら、処断するべし。
逃げずに残った盗賊たちが、侵入者である巨人に攻撃し始めた。
最初は矢を射る、槍を投げるといった遠距離攻撃。
カツン、カツンと軽い音を立てて、矢も槍も跳ね返されるのみ。
まるっきり効いていなかった。
「ベニー! やってくれ! 頼む!」
ドレイクの合図で、フード付きのやや丈の短いローブを着た男が詠唱を始める。
「火球!」
ベニーの手から放たれた火球が巨人の頭に命中。
「やったか?」
一瞬大きく膨れ上がった炎が消えると、無傷の巨人が変わらぬ速度で近づいてくる。
「クソッ!!」
ドレイクが悪態を吐く。
「待て! もう一発!」
ベニーがまた詠唱開始。
「氷結」
ベニーの掌の前に魔法陣が表示されると、一瞬にして巨人の足元から頭まで氷で覆われてしまった。
「よし!」
ガッツポーズのベニー。
「やったか!?」
ドレイクが氷漬けになった巨人を見て、驚きと喜びの混じった声を上げる。
巨人は動かない。
「お前ら、今だ! やっちまえ!!」
ドレイクは最初に襲った獲物のことなどすっかり忘れてしまったかのように、全戦力を巨人に向けて投入指示。
剣や斧や棍棒を持った盗賊たちが、一斉に巨人めがけて突進する。
ガン!
ガキッ!
ゴン!
やや甲高い、しかし鈍い音が響く。
全力で巨人を殴りつける音だった。
「もっと! もっとだ! ぶっ壊してやれ!」
だが、全力で巨人を殴りつけた盗賊たちは、一人残らず手が痺れていた。
ドレイク自身も近づきながら、怯む子分たちを鼓舞する。
既に巨人の周囲には十数人の盗賊たちが密集していた。
あまりに無秩序な暴力に、同士討ちも少なからず発生していたが、そんなことは誰も気にする様子もなかった。
パキッ!
バリンッ!
突然、氷の割れる音が大きく響いた。
全員の動きが止まった――。





