EP.59 業火
ドガーン!
ズガーン!
突然、何の前触れもなく、轟音と共に何本もの巨大な火炎が立ちのぼる。
バゴーン!
つい今しがた回復して、ようやく立ち上がった騎士団員たちの頭上へ。
湖畔で見守っているリザードマンたちの頭上へ。
スコルピオンズが放ったスクロールが降り注ぎ、空中や地上で立て続けに爆発。
付近にいた者たちが、爆風で吹き飛ばされる。
ボワァァァァッ!
爆発の後に現れた火柱が周囲を焼いた。
ある者は全身を焼かれ、ある者は身体の一部を失いながら四方に飛び散った。
吹き飛ばされて湖に落ちたリザードマンは、そのまま湖面に俯せに浮き上がった。
気絶しているのか、息絶えているのかを確認する余裕すらない。
「退避~ッ! 退避だ~ッ!」
デイルとラダックが必死に叫ぶが、爆発と炎と煙による混乱で声が届かない。
野獣は持ち前の野生の勘で、素早く散開して難を逃れた。
マリーベルはセバスチャンに抱えられ、一旦後方へ下がって無限大と合流。
ほどなく、野獣の5人も再集結した。
10人は、目の前の惨劇を半ば茫然と見守っていた。
次々と新たに発生する火柱によって、炎はますます激しく燃え盛っていた。
「ああっ! リザードマンが!」
ジェシカが思わず前に出ようとしたところを、フランツに止められる。
50体ほどいたリザードマンの軍勢は、既に半数にまで減っていた。
残った個体は氷のドームのような障壁の中に固まって、炎から身を守っていた。
一方、デイルたち騎士団の方は、もっと悲惨な状況だった。
ようやく回復したばかりの団員たちは、再び地面に伏していた。
辛うじて森に逃げ込んだ数名以外は、よくて半死半生。
既に息絶えている者も少なくなかった。
生き残った者の中には、仲間のバラバラになった体を拾い集めている者もいた。
自らもかなりの重傷を負っているにも関わらず、だ。
その目は既に虚ろで、口からは血と涎が泡となって溢れていた。
おそらく既に精神に異常をきたしているのだろう。
スコルピオンズは湖畔と森の境目の崖の上に陣取り、そこからスクロールを投擲していた。
崖の下にいる者は誰であろうと殲滅する。
自分達の優位性を一切疑っていない、卑劣で傲慢なやり口だった。
「見境なしかよ」
カイルが呟くと、みんなが顔をしかめた。
「許せない。セバスチャンさん、ここをお任せできますか?」
ヨシュアが振り向いて本人に尋ねると、セバスチャンは無言で頷いた。
それを確認した視線をマリーベルに移す。
目で頷くマリーベル。
「行くぞ!」
ヨシュアが動くのとほぼ同時に、カイルとブレンダも動いた。
無限大を見送ったマリーベルは野獣に向き直り、頭を下げる。
「みなさん、騎士団の人たちの救護をお願いします」
「やめてください、御主人さま。わかりましたから。やりますよ」
フランツはマリーベルの行動に驚き、反射的に承諾してしまった。
「ありがとう。でも、くれぐれも無理はしないでね」
頭を上げたマリーベルが、笑顔で答える。
「はい」
元気に返事をしたフランツはそのまま、仲間たちの方を向く。
「よし! みんな、行こう!」
「おう!」
*
「こんな……馬鹿な。まさか、オースティン殿なのか?」
崖の上からスクロールを投げているのは、確かにスコルピオンズの兵だった。
部下が飛び散るのを、茫然と見ているだけだったデイル。
既に湖畔一帯が火の海になっていた。
業火の勢いは衰えるどころか、ますます激しくなっていった。
「隊長、ここは危険です! すぐに避難を!」
ラダックがデイルの体を動かそうと必死になって叫ぶ。
「団員を置いて逃げろというのか? ふざけるな!」
ラダックが驚くほど、デイルの意思は固く、その体も頑として動かなかった。
「ラダック、お前は負傷している団員をまとめて避難させろ。行け!」
「ハッ」
ラダックは、言いたいことを呑み込んで粛々と従うほかなかった。
これでも長年の付き合いで、デイルの性格はよく知っているのだった。
「隊長! 遅くなり申し訳ございません。何者かにやられて気絶しておりました」
後ろからやってきたのは、斥候に出ていたショーンたち3人だった。
おかげで命拾いしたということまではまだ理解できていないようだったが、3人ともこの状況を見て青い顔をしていた。
「お前たち、ラダックを手伝ってくれ。負傷者を避難させるんだ」
「ハッ!」
3人が元気に走っていくその頭上に、何かが落ちてくるのが見えた。
「火矢!」
デイルは魔法の矢で、それを射貫こうとしたが、接触した瞬間爆発した。
ズガーン!
炎の柱が立った。
「くそっ!」
あの3人は――無事だった。
倒れてはいたが、すぐに起き上がりラダックの元へ合流するのを見届けると、デイルは本格的に腹の底から怒りが湧いてくるのを感じた。
「オースティンめ、許さんぞ!」
デイルが腰に佩いた剣を抜いたその瞬間、両脇を風が吹き抜けていった。
みるみる小さくなる後ろ姿で、3人の冒険者らしいとわかった。
「チッ……」
小さく舌打ちをして、デイルもすぐ後を追った。
*
「ハーッハハハ! どんどんやれ! 派手にぶちかませ!」
高笑いしながら、発破をかけまくるオースティン。
リザードマンどもは既に半減。
騎士団はほぼ壊滅。
対してこちらはまだ無傷な上に、スクロールにも余裕がある。
それにしてもイスマイルの魔力はすさまじい。
ただのスクロールでは、あそこまでの効果は期待できなかったであろう。
魔法士というのはやはりおそろしい存在なのだと、オースティンは改めて実感した。
「パーカー!」
「はい、ここに」
「第二段階だ」
「はい、直ちに!」
パーカーが伝令に指示を出すと、伝令が全速力で駆けて行った。
「まだまだお楽しみはこれからだ……」
オースティンは、悪鬼の如き笑いを浮かべて言った。
*
「ドンパチが始まったぞ」
「早めに離脱して正解だったな」
「そういや結局カラスとクラゲはどうなったんだ?」
「キツネも忘れるなよ」
「……いずれわかることだ」
クマが苦々しく吐き捨てた時、前方に見知った顔を見つけた。
「おい待て、全員停止!」
立ち止まって他の2人も止める。
「どうしたんだよ」
「戻るのか?」
クマは黙って前方を示す。
「あ、ホークさん」
「迎えにきてくれたのか」
呑気に前に出ようとするモグラとセミを、クマが制止する。
「バカ。あれは監視だ」
険しい表情のクマ。
その時、前方にいた男がいきなり消えた。
直後に3人の意識が途切れる。
そして、二度と戻ることはなかった――。





