EP.58 戦場の真ん中で正論を叫ぶ
「おいモグラ、リザードマンが動きやがったぞ」
「なんだと? どっち側だ?」
「オレのが2体やられた」
「なんでだよ、あいつら人間の味方なのか?」
「知らねーよ、オレが聞きたいくらいだ」
「とにかくこれ以上刺激するな! 放っておけ! いいな!」
「言われなくてもそうするっつーの」
2人が野獣への攻撃に集中しようとしたその時――。
「おい!」
「あ、クマさん。手ぶらってことは、さては失敗したな」
「残念ながらその通りだ。それよりサメだ」
「は? サメダってなんだ?」
「違う! サメがいたんだ!」
「サメは湖にはいねーよ。海だろ」
「あの中年紳士だ。あいつは昔オレたちの仲間だったサメだ」
「はぁ?」
「なんだって!?」
モグラとセミがマヌケな声を上げる。
「何度も言わせるな。サメだ!」
「誰だよサメって」
「そんなヤツいたか?」
「知らん」
「何を言ってるお前ら! ファントム最強のサメを知らねえのかよ」
「クマさん、もしかしてそれシャークのことか?」
「ああ、シャークならオレも聞いたことある」
「シャーク? なんだそれは? オレが言ってるのはサメだ」
「またはじまったよ、クマさんのアレが……」
「ホント、ややこしいから勘弁してほしいよな」
「いったい何の話だ?」
「はいはい。で、その中年紳士がサメだったって?」
「そうだ。だから撤退だ。上に報告する必要がある」
「ターゲットは?」
「諦めろ」
「いいのか?」
「いいも悪いもない。相手はサメだぞ」
「そんなにすごいの? シャー……サメって」
「すごいなんてもんじゃない。アレはもう人間を超えたバケモノなんだよ」
「まぁ、クマさんが決めたならいいけど。すぐ撤退でいいの?」
「スコルピオンズが邪魔だけどな」
「あ、くそ! 影巨人がやられた!」
「オレのもだ、畜生! ヨシュアか、あの野郎」
「撤退するんじゃなかったのかよ」
「する! するが、腹立つもんは仕方ないだろ」
「そう言えばフォックスは?」
「……やはり戻ってないのか。それじゃもう今頃は……」
「なんだよクマさん、確認して来なかったのかよ」
「ひでぇ、薄情だ」
「馬鹿野郎、サメ相手にそんな悠長なことやってられるか!」
「…………」
それきり3人は押し黙ると、「隠密」を発動して戦場を離れた。
*
「あいつら、どうやら撤退したみたいだな」
ヨシュアが森の方を見ながら呟く。
「ホント? 良かった。もうあの鬱陶しいヤツと戦わなくて済むのね」
ブレンダが溜息をつきながら剣を鞘に納めた。
「あいつら、どうする?」
水辺にへたり込んでいる、野獣5人を指差すカイル。
「少しそっとしておこう」
ヨシュアが言うと、カイルは無言で頷いた。
*
「セバスチャン、ありがとう」
ムチを拾ってきてくれたセバスチャンを、マリーベルが労う。
マリーベルはムチを受け取ると、表面を軽く拭って、腰の後ろに収納した。
その時、湖畔に倒れている者のひとりが立ち上がった。
「マリーベル・サザビートだな! 我々はゴーギャンヌ第六騎士団だ。ギルドマスター殺害容疑で貴様を拘束する! おとなしくしろ!」
デイルだった。
衛生兵から受け取った回復薬のおかげで、傷が癒えたのだ。
先刻まで激戦を繰り広げていた野獣が、疲労困憊している今なら、大丈夫だろうと判断したのだった。
マリーベルは全く臆することもなく、すっと前に進み出る。
ヨシュアが止めに入ろうとしたが、後から続いたセバスチャンが目で制止。
カイルも、野獣たちに「そのまま」とジェスチャーで示していた。
「まず名前を名乗るのが礼儀でしょう」
マリーベルがいきなり苦言を呈した。
「……ゴーギャンヌ第六騎士団第三班、班長のデイル・ランカートだ」
少し気圧されながらも、堂々と答えるデイル。
「ではランカートさん、取引をしましょう」
「は?」
間の抜けた声を出してしまったため、慌てて取り繕うデイル。
「なにが取引だ。ふざけるな! 貴様には、おとなしく拘束される以外の選択肢はない!」
「そうだ」
「罪人のくせに何が取引だ」
「ふざけるな」
「おとなしく捕まれ」
団員たちが口々に叫ぶ。
回復作業が、ようやく追いついてきたらしい。
「残念ながらあります。なぜなら貴方がたは間違っているからです」
「なんだと?」
ざわざわとどよめきが広がる。
「貴様の戯言など、聞く必要はない!」
まだ強硬姿勢を貫くデイル。
「私の拘束命令は、バルザック評議員が出したのでしょう?」
「貴様に答える必要はない!」
「バルザック評議員は間違ってるわ」
「ふざけるな! 罪人の言うことなど信用に値しない!」
「頭が固いわね、本当にもう」
頭を左右に振りながら、呆れ顔のマリーベル。
「なっ……」
部下の前で侮辱されたことで、カッとなったデイル。
すると、セバスチャンがマリーベルを抱え上げ、一足飛びにデイルのすぐ横まで移動する。
地面にマリーベルを下ろすと、セバスチャンは一歩前に出てデイルを威圧する。
「な、なんだ貴様! 何をする気だ!」
「何もしません。少し静かになさい」
静かに語りかけるマリーベル。
セバスチャンはデイルを睨みつけ、微動だにしない。
そのセバスチャンの圧に気圧されながらも、デイルは落ち着きを取り戻す。
相手に争うつもりがないことだけは、理解できたのだ。
そんなデイルの様子を見定めると、マリーベルは再び口を開いた。
「話の続きです。バルザックは間違っています。あの男が今回のことの全ての元凶なのです。間もなくそれが証明され、私の手配書は取り消されるはずです」
「根拠は? その根拠はどこにある!?」
「私が何もしていないことは私自身が知っています。また、事件のあった夜、私は家族と屋敷にずっとおりました。このセバスチャンも一緒です」
「そんなことが信じられると思っているのか」
「なぜですか? バルザックが評議員で、私がただの未亡人だからですか?」
「…………」
「バルザックがどういう人間か、ご存じですか?」
「…………」
「私がどういう人間か、知っていますか?」
「…………」
「ゴーグリムの騎士団の方々もそうでした。盲目的に権力に従い、証拠もなく私を最初から罪人扱いしました」
「…………」
「法とはなんですか? 正義とはなんですか?」
「…………」
「あなたは私が罪人である理由を知っていますか? 証拠を持っていますか?」
「…………」
「あなたには私を捕まえる資格がありません。仮に私が本当に罪人だったとしても、です」
デイルのみならず、全団員が完全に静かになってしまった。
「あなたが私を捕まえた後で、私が無罪だとわかった時、あなたはどうするのですか?」
「…………」
「失われた私の名誉を、時間を、家族の絆を、返してくれるのですか?」
「…………」
「だから取引をしましょう」
自信満々のマリーベルが、少しだけ微笑んで見せた。
デイルは、既に自分が陥落していることを悟った。
*
「前方にリザードマンの群れ、確認!」
「よし! 騎士団はどうなっている?」
「森の近くです――あッ、ターゲット確認!!」
「なんだと!? あの女が?」
オースティンが単眼鏡を覗いて、マリーベルを視認。
デイルの近くにいる、ということはもう確保済みか。
先に騎士団に手柄を奪われたのは癪だが、奪い返せばいいだけの話だった。
「よぉし、いいぞ。絶好のチャンスだ。まとめてモノにするぞ」
オースティンはこの湖がリザードマンの住処と判断し、その宝をも奪おうと考えていた。
クビになるにしろならないにしろ、先立つモノは必要だった。
「しっかり魔力を込めるんだぞ、イスマイル」
スクロールはそのままだと、中に仕込まれた魔法が発動するだけだが、使用前に更に魔力を込めることで効果を増幅できるのだった。
イスマイルが次々とスクロールに魔力を込めては、兵に手渡していく。
「よし、行け!」
スクロールを両手に携えた兵たちが先行していく。
火のスクロール兵の後から、雷のスクロール兵が続く。
「一人も逃がすな! 殲滅しろ!」
やることは単純明快。
ターゲット以外は、皆殺しにする作戦だった。





