EP.57 サメ
野獣は5人とも満身創痍だった。
影巨人と影人形による連携攻撃で、サムとスパイクが分断され、個別に痛めつけられたのが大きかった。
フランツ山羊は森の中ならもう少し動けるのだが、湖畔の障害物が少ない場所では宝の持ち腐れだった。
一方、マングースサラはスピードでは負けないが、パワー不足で決定打に欠ける。
ジェシカは臭いで本体を探して追うのだが、相手の動きが素早くトリッキーなため、なかなか捉えきれずにいた。
そしてジェシカは、影人形3体に囲まれてしまった。
仲間も交戦中で、助けに来るのは難しい状況。
ガギィッ。
影人形の攻撃を剣で防ぐ。
直後に後ろから、別の1体が攻撃してくる。
(やられる!)
ジェシカが思わず身を竦めて、目を瞑ってしまった時――。
何も起こらなかった。
すぐに目を開けて、身構える。
前と後ろに、氷漬けになった影人形が1体ずつ。
もう1体の姿もなくなっていた。
何が起きたのかわからず、周囲を見回すジェシカ。
すると、少し先に立っていたリザードマンたちの1体が、近づいてくるのが見えた。
そのまま歩いてくると、凍っている2体の影人形を槍で一突きにして破壊してしまった。
「もしかして、キミが助けてくれたの?」
ジェシカが尋ねる。
不思議と恐怖は感じなかった。
「ソウダ」
ちゃんと言葉が通じたことに、ジェシカは驚いた。
リザードマンが人間の言葉を話せるなんて、知らなかった。
「ありがとう。助かっちゃった」
ちゃんと律儀に頭を下げるジェシカ。
「レイ、イラナイ」
言葉は通じるが口調に抑揚がなく、しかも顔はトカゲなので一切表情が読めない。
「キミたちはこの湖に住んでるの?」
「ソウダ」
「あそこにいるみんな一緒に?」
「ソウダ」
「うわぁ、楽しそう!」
「…………」
「楽しくないの?」
「タノシイ、トワナニカ」
「ええっ! リザードマンにも感情はあるんだよね?」
「カンジョウ、アル」
「じゃあ楽しいもあるよね?」
「…………ワカラナイ」
「嬉しい、は?」
「ウレシイ、ワカラナイ」
「悲しい、は?」
「カナシイ、ワカル。ナカマ、シヌ、カナシイ」
「あ、それはわかるんだ。じゃ、怒る、は?」
「ワカル。ナカマ、コロサレル、オコル」
「ははは、全部誰か死んじゃうんだ。うーん、じゃあ、面白い、は?」
「オモ、シロイ? シッポカ?」
「尻尾じゃないよ、面白いだよ。えーっと、笑うこと。笑う!」
「ワラウ、ワカル。テキ、シヌ、ワラウ」
「……もう! 戦い以外の感情はないの?」
「チョウロウ、シッテル。タブン」
「ちょうろう? 長老様みたいな人がいるの?」
「イル。ムラニ」
「へぇ、そうなんだ。今度会ってみたいなぁ」
「チョウロウ、アイタイカ?」
「うん、もっと色々お話したい」
「オマエ、イヌカ?」
「え、ああ、うん。まぁ犬だね。犬人族だけど」
「ケンジンゾク?」
「犬だけど人間のこと」
「ワカラナイ。イヌ、ニンゲン、チガウ」
「うーん、今度長老さんに会った時、説明するね」
「ワカッタ」
「ねえ、一緒に戦わない?」
「タタカイ、オワッタ」
「でもまだいるじゃん。あっちの仲間は見てるだけなの?」
「ニンゲン、ユダン、デキナイ。ダカラ、ケイカイ」
「ああ、そういうことか。アタシたちは大丈夫だよ。いい人間だから」
「イイ、ニンゲン? ニンゲン、ワルイ」
「悪い人間ばっかりじゃないってば。あ!」
フランツとサムが影巨人とやり合うのが見えた。
「ごめん。仲間が戦ってるから、もう行くね」
早口で言い残すと、返事は待たずに走り出すジェシカ。
リザードマンは、その場に立ったままただ見送っていた。
*
腹は決めたが、手は決まっていなかった。
こちらは1人、対して敵はターゲットを入れて5人。
しかも、分身や影人形では、足止めしきれない相手だった。
そして何よりもあの中年紳士――あいつをどうやって倒すのか。
クマの戦術は全て読まれていた。
動きでもこちらの上だと、認めざるをえなかった。
正直、手も足も出ない、お手上げ状態だ。
だが、この感じ、どこかで覚えがある。
クマの思考が記憶を辿ってどんどん遡る。
(ああ、あの時、あの頃だ……)
クマがファントムになる前。
ファントム候補生として、町外れの養成所にいた頃だ。
当時のファントムたちが、日々交代で指導してくれていた。
その時、仲間うちで最も恐れられていた凄腕ファントムがいた。
コードネーム「サメ」。
目が完全に死んでいて無表情、情け容赦なく叩きのめす嗜虐性、マークされた者は徹底的にしごき抜かれるというドSな指導ぶりで、まさに「サメ」そのものだった。
目の前の中年紳士は、あの「サメ」を彷彿とさせるものがあった。
もし、本当にあのサメなら、ファントムの使う魔法や術について詳しいのも納得がいく。
なによりあの身のこなし、体術はまさしくファントムが理想とする姿そのものではないか。
(身体強化!)
クマは反省しながら、己を強化した。
最低限の保険として、これくらいはしておくべきだったのだ。
(一瞬でいい。一瞬だけ、サメを止められれば)
さきほどとは逆に、影分身より先に自分が瞬足で飛び出す。
サメが動いた!
よし!
飛び出したクマへ牽制の一撃を放ってすぐに離脱。
ターゲットに向かわせた分身の方へ、移動していくサメ。
クマは完全防御に徹していたので、先ほどのサメの攻撃によるダメージは最小限。
すぐに切り返すと、サメとの直線上にターゲットを挟むようにしながら接近。
一方で、影巨人を召喚して、無限大との壁にする。
ターゲットがムチを振るおうとする前に、手に手刀を当てる。
バシッ!
「きゃあああッ!」
悲鳴を上げながら右手を押さえ、よろけるターゲット。
(よし!)
ターゲットが落としたムチを拾うと、森の中へ放り投げた。
これで、厄介なものをひとつ排除できた。
ドゴッ!
投擲動作の直後、サメの蹴りをまともに背中に食らってしまった。
本当に一瞬しか引きつけられなかったらしい。
その一瞬でうまく動けた自分を、褒めてやりたかったクマ。
分身でターゲットを攻撃させようとするも、またすぐにサメが割って入る。
だが、それでいい。
こちらは、その隙に回復薬。
ダメージは回復した。
「サメェッ!! お前サメだろ!?」
クマが叫ぶと、ピタリとサメの動きが止まった。
――ように見えたのは一瞬だけで、あっという間に分身が倒されていく。
クマは、サメの背後から斬りつけるも、ギリギリでかわされ、逆に裏拳が飛んでくる。
クマもそれをかろうじてかわす。
「サメ! やめろ! 裏切ったのか?」
確かサメは、クマが正式にファントムに昇格する前に、姿を消したと聞いた。
よくわからないが、少しでも動きを鈍らせる可能性があるなら、口も使う!
「なんのことでしょう?」
サメの声を聞くのは二度目だ。
さっきは気がつかなかったが、二度目の今ならわかる。
やはり、コイツはサメだ!
間違いない!!
「声が同じだぞ、サメ!」
まだ確か40手前のはずなのに、50過ぎのオッサンのような恰好をしているサメ。
完全に潜入工作時の偽装の手口だった。
「人違いです」
心なしか攻撃に力が増したようにクマは感じた。
ガードする手が痺れる。
「オレはお前を知ってるぞ、サメ!」
身体強化をして尚、互角まで届かないのがもどかしい。
「存じ上げません」
バゴッ!
左頬に拳をもらった。
この感触、間違いない!
絶対にサメだ!
「痛えな、このクソサメ!」
当時、既にファントム史上最強と言われたあんたが、こんなところで何してんだよ!
クマはだんだん腹が立ってきた。
あんたがいれば、オレはもっと強くなれたはずだ!
あんたがいれば、キツネもセミもモグラも、もっと強くなれた!
クラゲもカラスもだ!
それを、勝手に組織を抜けやがって!
そんな女の護衛なんぞやりやがって!
「しつこいですね」
最後の分身が倒された。
分身4人を加えた5人がかりでも、やはり歯が立たない。
さすがはサメだ……やはりオレなんぞでは……。
心が折れそうになった瞬間、クマは正気に戻った。
(くそ、なに考えたんだオレは。相手はあのサメだぞ。撤退一択じゃねえか)
まだ頑張っていた影巨人を壁に利用しながら、撤退を決意したクマ。
ある程度距離を取れば、サメが追ってこないことはもうわかっていた。





