EP.56 執事と主
影巨人が召喚された瞬間、無限大と中年紳士の注意が一瞬そちらに向いたのを、クマは見逃さなかった。
ハンドサインでフォックスに突撃を指示し、自分も中年紳士に急接近する。
(影分身!)
無詠唱で自らの分身を4体作り出すと、ほんの少しだけそれらを先行させてターゲットの方に向かわせる。
案の定、中年紳士が今度はそちらに反応。
(そこだ!)
斜め後方から。クマ自ら中年紳士に攻撃する。
(影槍!)
無詠唱で50cmサイズの黒い槍を空中に4本作り出し、中年紳士に向けて射出。
だが、紳士は回避せず(ターゲットを守るため)そのまま槍を全て叩き落とした。
(やはりな)
そこまでは想定内だが、これはどうだ。
中年紳士の視線の隙を見て、紳士の影の中に潜り込んで身を潜めるクマ。
「影潜行」は相手の影の中に潜り込んで完全に姿を消し、隙を見て影の中から攻撃する技だった。
また、この状態で影を乗っ取ることで相手を自在に動かす「影操術」を行うことも可能になるという、二段構えの罠であった。
(よし、こうなってしまえば、もうこっちのもんだ)
クマはほくそ笑みながら、影の中から中年紳士を見上げると――目が合った。
(なに!?)
「不愉快ですね」
中年紳士がぼそりと呟くと、そのまま高く宙に飛び上がった。
(まさかコイツ、知ってやがるのか!?)
影潜行唯一の弱点、それは影と本人が一定時間切り離されると潜行が解除されることだった。
つまり、本人がジャンプ等で地面から数秒離れたら最後、忽ち影の中から強制的に追い出されてしまう――。
「させませんよ」
姿を露わにしたクマに、空中から中年紳士が蹴りを放ってくる。
「くっ!」
回転してかろうじて回避したのも束の間、着地からそのままダッシュしてきた中年紳士の蹴りが再びクマの顎を捉える。
ぐあっ!!
ギリギリのところで両手でガードできたが、後方へ吹き飛ばされる。
(モグラの言う通りだった。コイツはおかしい、こんなのはありえない)
メンタル崩壊しそうになるのを必死に堪えつつ、空中で体勢を立て直し着地。
だが、そこへも当然追撃がくる。
超人的スピードの横蹴り。
バックステップでかわすクマ――しかし蹴りが伸びて追いかけてくる。
(なんだと?)
ドゴォッ!!
まともに腹に食らったクマはもんどり打って転がる。
ダメだ、すぐにトドメがくる、もう終わりだ避けられないと覚悟したが、何もなかった。
中年紳士はいつの間にか、ターゲットの護衛に戻っていた。
命拾いをした、とクマは冷や汗だらだらで息を吐く。
腹の中はなんとか大丈夫そうだったので、回復薬を飲む。
思い立ってフォックスの気配を探すが、ない。
後退したのかと思ったが、影人形も1体も見当たらなかった。
クマの分身も既に残っていない。
無限大の3人がこちらを見ていることで、クマは察した。
(チクショウめ! 許さんぞこの野郎!)
クマは腹を決めた。
*
マリーベルは、自分がターゲットであることをもちろん自覚していた。
従って、当然こういう時のための用意もしていたのだった。
黒装束のファントムが4人がかりで自分に向かってくるのを見た瞬間、マリーベルの中でスイッチが切り替わった。
腰の後ろに巻いて止めていたムチを取り出して構える。
ディアブロリッチ限定モデル・マジックアブソーバー改・TYPEウィップだった。
前回の試作品の反省を生かして作った魔道具(というよりもはや武器)。
ムチの形をしたマジックアブソーバーだった。
魔力吸収能力はそのままに、ムチとしての攻撃力と操作性を加えた逸品。
しかも、魔力認証をかけてあり、ディアブロリッチの血族しか使えない。
物理攻撃主体の相手にはほとんど役に立たないが、魔法攻撃や魔力依存のものには最大級の効果を発揮するのだ。
「えいっ!」
マリーベルがムチを一振りすると、魔力を帯びたムチが生き物のように動いて黒装束の1人の体に巻き付いた。
次の瞬間、黒装束は霧散して消えてしまった。
「ふぅん、魔法で出来てたのね。さすがはファントムと言うだけあるわね」
納得したマリーベルは自分の武器により自信を持った。
立て続けに2体、消し去る。
途中でセバスチャンと目が合った時は、満面の笑みを見ることができた。
そのセバスチャンが戻ってきて、残りの1体を始末してくれたので、喫緊の脅威は排除されたのだった。
「お見事です、マリーベルさま」
「私よりも道具を褒めてね」
はははは、ふふふふと戦場に似つかわしくない声が響く。
その時ちょうど無限大も、影人形と術者を倒して、マリーベルのもとへ集まってきた。
残るはあと1人――。





