EP.54 里帰り
「なぁ、まさか目の前のこの山を登るとか言わないよな?」
エリックが冗談だろと言わんばかりの表情で、イボンヌに尋ねた。
馬車を下りてからというもの、道なき道をもうかれこれ6時間は歩いている。
途中、何度か休憩したものの、子供たちの体力が心配だった。
というのは建前で、むしろジョシーとカルは元気いっぱい。
エリックとノックノックの方が、辛そうにしていたのが現実だった。
「登りたいなら止めやしないわよ」
「登るかっ!」
「ジョシーはお山に登りたぁい!」
「ジョシー、ダメだよ」
「え~、どうして?」
「イボンヌさんに任せるんだ。それが一番なんだ」
「イボンヌ、お山登る?」
「残念、また今度ね。その時には賢者の修行をする山に案内するわ」
「え! 賢者の山!?」
「そう、賢者の山よ。私もそこで修行したのよ。47……いえ、48年だったかしら?」
「ええっ! そんなに修行したらジョシーおばあちゃんになっちゃう!」
「ジョシー!」
カルが慌ててジョシーの口を抑えたが、時すでに遅し。
一瞬で空気が凍り付いたかのように思えたが、当のイボンヌは何食わぬ顔。
ジョシーにだけは、永久免罪符が与えられているのかもしれない。
「あの、山を登らないならどうするんですか?」
最後方からイボンヌに尋ねたのはノックノック。
「秘密の抜け道があるのよ」
「秘密!?」
「抜け道!?」
ジョシーとカルの目が、好奇心できらきら輝きだす。
「そうよ。ほら、そこを曲がったらもう見えるわ」
イボンヌの言葉通り、山の中腹に穴が空いているのが見えてきた。
「うわぁ、洞窟だ!」
「あれが秘密なの?」
「そうよ、あれは私が作ったのよ」
今さらっとすげぇこと言いやがったなこの女、とエリックは思ったが口にはしない。
山のどてっ腹に穴開けるなんざ、まともじゃない。
やはり、この女の魔力は異常すぎる。
「イボンヌさんがあの穴を? どうやってそんなことが?」
ノックノックがおそるおそる尋ねる。
「どうかしら。気が向いたらそのうち教えてあげるわ」
イボンヌという人は、こうやって時々はぐらかすのだ。
でもそれが全然嫌味ではなく、それなら仕方ないやと思えるのが、ノックノックには不思議だった。
「さあ、入るわよ。今、明かりを点けるわね」
言うなり、洞窟の中が仄かに明るくなった。
洞窟の中全体が明るいのではなく、イボンヌたちのいる前後10mくらいだけが明るくなっていた。
「わぁ、すごい! これもイボンヌの魔法なの?」
ジョシーだけがイボンヌ呼びなのは、イボンヌたっての希望なのだそうだ。
「そうよ。すごいでしょう。後でジョシーにも教えてあげる」
「ホント!? やったぁ!」
喜びのあまり、カルに抱きつくジョシー。
カルは迷惑そうにしながらも抵抗せず、逆にジョシーの手を取って並んで歩く。
「おい、この中の空気は大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だったわよ。3年ちょっと前は」
心配そうなエリックに、イボンヌは笑いながら即答。
「3ね……おい! 真面目に答えろ!」
「事実よ。真面目かどうかは関係ないわ」
エリックがなにをしても、なにを言っても、今のところ一度も勝てた試しがなかった。
「あ、パック。こっちにおいで」
後ろから遅れてやってきたパックが、ノックノックの肩に止まった。
「おい、ノックノック。お前一番前を歩け」
エリックの魂胆にすぐに気づいたノックノックは、完全に無視。
「見かけによらず、小さい男ね……」
イボンヌがボソリと呟いた言葉はみんなに聞こえたが(洞窟内は反響する)、エリックは聞こえないフリをするしかなかった。
*
[転生1200日目]
「おお、お帰りなさいませ、ゴウ様」
豪たちの下山を、村にいる者全員が拍手と歓声で迎えてくれた。
(ただいま。みんな元気にしてたか?)
「もちろんでございます。ゴウ様も、無事目的は果たされましたかの?」
(いや、それが実は……)
豪はロレンツォにイボンヌに関する情報を共有し、ついでにキャスリーンとナナイの現状も軽く伝えておいた。
イボンヌの下山疑惑について、ロレンツォは大層残念そうに聞いていた。
残り2人の話には、髭をなでながらうむうむと、何度も頷いていた。
(村を出たり、イボンヌみたいに山から勝手に下りたりした場合のペナルティとか、罰みたいなものってあるのか?)
一番気になっていたことを、豪は尋ねた。
「あります。勝手に村を出た者は、二度と村には戻れませぬ。ただ、賢者修行中の者が山を下りた場合、というのは厳密には決まりはございませぬ」
(そうなのか?)
「はい。賢者修行自体が村を出る行為に当たりますじゃが、それは今のところ例外ということになっております。だもんで、例外中の決まりはないのですじゃ」
(ああ、なるほどな。それならオレからひとつ、できるだけ寛大な措置を頼む)
「ほぉ、見ず知らずのイボンヌのために、ゴウ様がそんなことを?」
(見ず知らずでも、フローレンスを目指して頑張ってた人だろ? それも30年以上だっけ? なかなか出来ることじゃないよ。少なくともオレには無理だ)
「ほっほっほ。でしょうな。ほっほっほ」
(うるせえな。そこは笑うとこじゃねーよ)
「ほっほっほ」
「ロレンツォ様ッ、大変です! 誰か来ます!」
見張り台の上から、鋭い声が聞こえた。
「森の番はどうした?」
ロレンツォが確認を促す。
森の番とは、第一結界と第二結界の間を定期的に見回る役割のことだ。
「位置についているはずですが、連絡ありませんでした」
「そんなバカな! どういうことじゃ」
「もうすぐ第二結界まで来ます!」
このやりとりを聞いた村人たちが、不安と警戒心で騒ぎ始めた。
(村長、いざとなったら任せてくれ)
「はい。ですが、結界があれば問題ないはずですじゃ」
(そうだといいんだがな……)
さて、ジャバ村始まって以来の外敵侵入なるか否か――。
*
ほどなく、村人総出で門の前に集まり、侵入者が現れるのを待ち構えた。
豪は、自分たちが初めて訪れた時を思い出しながら、懐かしい気分に。
「来ましたッ!」
見張り台の声から数秒後、森の中から人影が現れた。
ひとり、ふたり……さん、よん、ごにん?
!!?
(あれは……おいおい、ウソだろ、まさかこんなところまで)
豪は先頭を歩く人物を見て、たちまち憂鬱になった。
「ゴウ……マズイぞ……」
特にライナスは、いやな汗が滝のように背中を流れているに違いない。
((あの女! あの時の!))
ウサ子にとっても、忘れられない顔らしい。
示し合わせたわけでもないのに、豪とライナスとウサ子は同時に一歩、二歩と前に出た。
(どういうつもりだ!? こんなところまで来て!)
相手の女は豪の言葉に無反応のまま、歩を止めずに近づいてくる。
よく考えたら、聞こえるはずもないことに気がついて、恥ずかしくなる豪。
「止まれ! それ以上来るのは許さん」
((そうだ! 止まれー!))
ライナスとウサ子が警告する。
すると次の瞬間、女が笑った。
もうすぐ第二結界というところで、女が立ち止まる。
目付きの悪い男がひとり、男の子と女の子が続き、最後に若い男がひとり。
5人が並んでこちらを見ている。
目付きの悪い男以外は、すこぶる好意的な表情をしていた。
「ゴーレムだ!」
「ゴーレムよ!」
男女の子供に至っては、豪を指差して狂喜している。
顔も似てるし、もしかしてこの女の子供なのか!?
その時――。
「イボンヌ! イボンヌなのかッ!?」
豪の後ろからロレンツォが叫ぶと、老齢とは思えぬ足取りで、女の所まで走る。
「ロレンツォ!?」
女が名前を呼び、前に出てロレンツォとハグ。
(え!? 知り合い? ってか今イボンヌって言ったか?)
豪にはわけが分からなかった。
しかも、今ので第二結界、踏み越えてないか?
一旦静かになっていた村人たちが、再びざわざわし始めた。
ライナスとウサ子も怪訝な表情でこちらを見る。
(いや、オレも知らないって)
「ロレンツォ、この男たちを通してあげて」
イボンヌと呼ばれた女、もとい女性がロレンツォに言うと、ロレンツォは男2人に触れてもごもご何かを呟いた。
「この子供らはよいのか?」
「ええ。この子らは私の親戚だから」
イボンヌの一声で、村人たちのざわつきが一際大きくなり、もはや大騒ぎ状態。
(親戚って、もしかしてディアブロリッチってことなのか?)
「そうよ、ゴーレムさん。なかなか面白いわね、あなた」
イボンヌが、豪に話しかけてきた。
さすがに3人目ともなれば、豪も慣れたもので、もう狼狽えることはない。
やはり彼女が山を下りた修行者、イボンヌなのだ。
もちろん、言うまでもなく「共感」持ち。
「さあ、行きましょう」
イボンヌは子供たちの背中を両手で支えて、前に促すと、子供たちは満面の笑みで歩き出し――いや走り出した!
「ゴーレム!」
「ゴーレムぅ」
狙いは豪だった。
豪の足に抱き着く子供たち。
ライナスとウサ子が若干引き気味に、少し距離を置く。
豪の目の前まで来たイボンヌは立ち止まると、ゴーレムとライナスとウサ子をじっと見比べて、興味深そうに何か考えている様子。
やがて、口を開いた。
「イッカクウサギなのに人格が出来上がってるのね、どうやったのかしら?」
「わかるのか?」
驚いたライナスが、問い返す。
「なんとなくだけれど。でも、あなたの方がもっと興味深いわ」
((ライナス、ダメ! ウサ子の!))
「ウフフフ、そういう意味じゃないのよ。ウサ子ちゃん」
((!!?))
(何が興味深いんだ? ライナスのことがわかるのか?)
「ええ、すごい魔力だわ。やはり血筋は争えないわね」
「血筋とはどういうことだ?」
ややムキになったライナスが、一歩前に出て聞き返す。
「あら、もしかして知らなかったの? あなたも私の親戚よ」
「なんだって!?」
(なんだと!?)
((なんですって!?))
3人のハモリを浴びたイボンヌが、大声で笑い出した。





