EP.53 監察官
「これって……まさか……そんな!」
ゴーグリムにある中央広場の掲示板の前で、アクセルは茫然と立ち尽くした。
「どうしたの、アクセル?」
エリアスがアクセルの後ろから掲示板を覗き込み、その似顔絵と名前を目にした。
「ええっ、アクセル! これってあなたの言ってた……」
「うん、マリーベル先生だ」
信じられない思いで、混乱中のアクセル。
そこへ、冒険者ギルドを調べに行ったトールが戻ってきた。
「どうした? 何かあったのか?」
2人の様子を見て異変に気づいたトールが、心配そうに尋ねる。
ショックでまだ口が聞けないアクセルに代わって、エリアスが説明。
「ああ、なんだそのことか」
「なんだじゃないよ! そのことってどういうことなのさ!?」
トールの何気ない言葉に、アクセルが噛みついてきた。
必死の形相でトールの両腕をしっかり掴んで、ぶんぶん前後に揺らしたので、トールは頭がぐらんぐらん。
「止めなさいよアクセル。トールが死んじゃう」
「いや、死なないけどね」
止めに入ったエリアスに、微笑みながら冗談で返すトール。
「ごめん、つい……」
アクセルも、ようやく我に戻って反省した様子。
「で、どういうことなの、トール?」
エリアスがトールに続きを促す。
「先月かな。ここのギルドマスターが自宅で何者かに殺されたんだ。その容疑者としてサザビート商会の会長の奥さんが手配されてるみたいなんだけど、その手配書を出してるのがなんと、あのギュスターヴ・バルザックだ!」
「え! あの評議員のバルザック?」
「どうしてバルザックが手配書なんかを?」
「それだよ。実は殺されたギルドマスターってのがバルザックの弟なんだ」
「弟!?」
「うわぁ、それはまた……バルザックらしいというかなんというか」
「でだ。兄のバルザックの方が手を回して、既にサザビート商会を完全に乗っとってバルザック商会にしちまったらしい」
「え……もしかしてそれって……」
「その先、ボクなんだか聞きたくないなぁ」
「町の連中にも話を聞いてみたんだが、サザビート夫人はみんなに慕われてるっていうか、いろんなところで人助けや支援なんかをしてたみたいで、とにかく誰一人手配書のことなんか信用してなかったぜ」
「よかった……マリーベル先生……」
「でもそれってつまりは、バルザックがサザビート商会を乗っとるために、会長夫人を殺人犯に仕立て上げて、今も追ってるってことじゃない」
「まぁそう考えるよな普通。実際、町の連中もみんなそう言ってた」
「バルザック……悪い噂ばかりだったけど、まさかこんな……」
「どうする? ゴーレムの依頼も確かバルザック商会だったわよね?」
「そこなんだ。実は、弟のバルザックが殺される少し前に、サザビート夫人が近くの盗賊団討伐の依頼に協力したらしいんだが、その時にゴーレム捕獲の条件があったらしい」
「え! マリーベル先生がゴーレム? どういうこと?」
「もしかして今回のゴーレムの依頼も、今の話と関係あるの?」
「わからない。ただ、どうにもキナ臭くなってきやがったと思ってな……」
トールが腕組みをして思考モードに入ったその時――。
「ほおほお、なかなか興味深い話を聞かせていただきました」
突然、トールの後ろから声がした。
今の今まで、全く気配すら感じさせなかったにも関わらず、だ。
「うわっ!」
驚いて振り返り、さっと横にステップするトール。
常人には絶対に見えないスピードのはずだが、後ろの相手はトールから視線を外さない。
「だれ?」
「いつからそこに?」
エリアスとアクセルの疑問の声に、ようやく視線を2人に向ける相手。
「失礼いたしました。わたくし、フランチェスコ・マルコスと申します」
いやいや、名前だけ自己紹介されても……と3人が同時に思った。
すると、マルコスと名乗る男の後ろからもう一人出てきた。
「そして私が秘書官のジョアン・マルティーノでございます。熱狂のみなさま、驚かせてしまい誠に申し訳ありませんでした。マルコス様はファンドランドの監察官なのです。少しお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
ファンドランドはゴーダムより東に位置する国で、オクスフォルド連邦の首長国である。
そして監察官とは、王が直接任命する要職で、監察局という部署で連邦全土の法規や秩序を監督・調査するのが主な仕事だった。
トールが再び驚いて、更に一歩下がる。
「そんな偉い人がなんでここへ?」
「はい、それはまたおいおいということで、それよりもさきほどのお話なのですが、サザビート商会会長夫人のマリーベル女史は今どちらへ?」
マルティーノ秘書官が鉄砲水のような早口を浴びせながらも、一字一句聞き取りやすいという謎の会話術を披露しながら、3人の顔を交互に見比べる。
さぁ早く誰か答えなさいという、無言の圧がのしかかってきた。
「いや、それはわからない。オレたち今日の昼すぎにここへ着いたばっかりで。オレもエリアスもこの町に来るのは初めてなんだ」
「と、言うことはそちらの方は初めてではない、と?」
マルティーノ秘書官の目がキラリと光った。
「あ、はい。ボクは学生の頃、ここに住んでいた時期があります。でも今日、本当に久しぶりに訪れたら、当時の先生がこんなことになってしまっていて……」
アクセルが掲示板の方を改めて見る。
「先生? 先生と申しますと、もしやサザビート魔道具師養成所のことですかな」
「ええっ!? どうしてそれを?」
「はいはい、そうですかそうですかそうでございましたか。であればみなさま、何も心配することはございませんよ。ええ、ええ。全てマルコス様にお任せいただければ。はい」
饒舌に話すマルティーノ秘書官を、不思議そうに眺める3人。
そんな中、まずアクセルが現実に戻ってきた。
「心配ないってどういうことですか? 先生は無罪ってことなんですか?」
「はいはい、ご心配なのはわかります。わかりますが、まだ申し上げるわけにはいかないのでございますですはい。もう少し、少しだけお待ちください。はい」
「もう少しって言っても……」
納得がいかないアクセルだったが、どうやらこの人たちは先生の敵ではないと思ったので、邪魔をしないようにした方がいいと考え、言いたいことを我慢する。
「アクセル、エリアス、見ろ!」
突然、トールが大きな声を出した。
トールが指差す先にいたのは――Sランクの中のSランク、オクスフォルドの全冒険者の憧れの的。ファンドランドの首都ピロシンキのSランクパーティ「双頭竜」の5人だった。
「うそ!」
「本物の……双頭竜だ!」
「すごい!」
3人の感動ぶりと来たら。
「ああ、もしかしてというかやはりというかご存じでしたか。それは良かった良かった、折角ですからアレですねご挨拶でもひとつ。ファイエルさーん! アイシスさーん! みなさんこちらへ!」
マルティーノ秘書官がぴょんぴょん飛び上がりながら、大きく手を振る。
その姿の滑稽さよりも、いきなり挨拶などと言われてビビリ散らかす3人。
「え、挨拶? オレたちに?」
「どうしよう、私、サインもらおうかしら」
「落ち着こう、みんな一旦落ち着こう」
そうこうしている間に、5人が目の前にやってきた。
(ドラゴンだ……)
(本当にドラゴンなんだ……)
(鱗が、キレイだ……)
「こちら、ゴーデールのSランク冒険者「熱狂」の御三方でございます。今回の件について、とても貴重な情報をくださったのですよ。せっかくなのでどうぞ交流の機会でも、ええ、ええ。まずは自己紹介などいかがでしょうかね。ね?」
マルティーノ秘書官が「双頭竜」に経緯を説明している間、「熱狂」の3人は生きた心地がしなかった。
ドラゴンスレイヤーズの異名を持つこのパーティは、オクスフォルド最強であることは言うに及ばず、このレムデール大陸全土でもトップ3に入るであろう実力者たちなのだ。
お互いに自己紹介をして握手を交わした記憶はなんとなくあるものの、思い出そうとしても詳しいことはまるで覚えていないという体験を、3人はまさにこの時同時に味わった。
「ではまたお会いしましょう。ごきげんよう」
マルコス監察官と「双頭竜」が立ち去ると、残ったマルティーノ秘書官が例の早口でアドバイスをくれた。
「皆さま、お達者で。ああ、まだゴーレム捜索をする気がおありでしたらば、魔の森の奥深く、ボツヌ火山の近くまで行かれるとよろしいかと。できるだけ早く、それはもう急いだ方がよろしいかと存じますですよ、はい。可及的速やかに。ささっと今すぐをおすすめいたします」
一行が旧サザビート商会本部へ向かうのを、3人は心ここにあらずで見送った。





