EP.51 幻影VS野獣
「止まれー! 休憩だ。各自、水も補給しておくように」
湖畔に辿り着いた騎士団一行は、思い思いに休憩をとる。
号令をかけた直後に、ラダック副官がデイルの下まで走り寄る。
「隊長、斥候から報告が」
「どうした?」
「この先で、戦闘の気配があるそうです」
「なんだと!」
思わず立ち上がるデイル。
まさか先を越された?
いや、スコルピオンズは後方にいるはず……。
「もう一度斥候を出せ! 3人だ!」
「ハッ」
駆けて行くラダックを見送ることなく、デイルは全軍に指示を出す。
今しがた休憩を宣言したばかりだが、致し方ない。
「休憩終わり! すぐに出発の準備をしろ!」
戦闘がターゲットを含むものなら、最優先で急行すべき事案だった。
斥候の報告は、途中で受ければよいのだ。
再び第六騎士団が移動を始めたその時、背後の湖面に波紋が広がった。
ひとつ……ふたつ……みっつ……どんどん増えていく。
「隊長~ッ! 大変ですッ!」
最後尾の隊員の悲鳴に似た声が、湖畔に響き渡った。
*
敵襲だった。
森が深い場所に差し掛かったところで、全身黒づくめの敵が襲い掛かってきたのだ。
薄暗がりに黒い敵。
完全に相手に有利な状況だった。
「夫人ッ!」
ヨシュアがマリーベルの方を振り返ると、セバスチャンが頷いてみせた。
こちらは任せろ、ということか。
「気をつけろ! なにか様子がおかしい!」
カイルとブレンダだけでなく、野獣たちにも聞こえるよう、大声で叫ぶヨシュア。
ヨシュアが視認できただけで黒づくめは7人以上いるにも関わらず、人の気配は2人分しか感じられないのだ。
「影人形です。厄介な召喚獣です」
後ろからセバスチャンが教えてくれた。
おぼろげな記憶の中から、影人形について懸命に引き出すヨシュア。
「おい! 黒いヤツはほとんどゴーレムだ! 人間じゃないぞ!」
ヨシュアは何をどう伝えるべきか悩んだが、あとは受け取った側の解釈に任せた。
「人間じゃないだって?」
「ゴーレムって、オレたちが探してたヤツじゃないのか?」
「こんな黒いのが?」
「斬っても死なないのか?」
「いいから動いて!」
野獣は軽口を叩き合っているように見えて、意外にも体はしっかり動いていた。
まるで戦闘になった途端、違うスイッチが入ったかのようだった。
だが、影人形は強敵だった。
痛みを感じない、疲労を感じない、更に頑丈でパワーもあった。
しかも、暗がりに紛れて素早く移動するため、何体いるのかも把握できない。
「サラ! あれを頼む!」
フランツが叫ぶ。
「任せて!」
サラのジョブは魔銃士。
様々な種類の魔法の弾丸を銃で撃つ。
バシュッ!
バシュ、バシュッ! バシュッ!
蛍光塗料を込めた弾丸を続けざまに4発。
全弾命中したのは、サラのスキル「命中向上」の賜物だった。
4体の影人形が、はっきりと視認できるようになった。
「ありがと!」
ジェシカが、剣身のやや太く短い剣を両手に持って、高く跳び上がる。
空中から加速して落下すると、そのまま影人形の一体に斬りつけた。
ザシュッ!
「急襲」炸裂!
華奢な体から繰り出したとは思えないパワーで、影人形を両断。
まずは1体。
「なかなかやるじゃない、あのジェシカって子」
ブレンダが感心しながら、影人形の動きに集中。
無限大3人は、マリーベルに近づく敵を排除する役に徹していた。
本来ならば、得体の知れない敵は無限大が率先して排除すべきなのだが、接敵が突然だったのと、その時の野獣たちの反応が思いのほか良かったので、お手並み拝見となったのだ。
3人でカバーしきれない分は、最後の砦、セバスチャンに任せるという暗黙の了解。
*
サムとスパイクは拳闘士。
武器は持たず、己の肉体のみで戦う。
敵は全員小刀のような武器を持っていたので、まずは見極めと回避に集中。
2人とも、バキバキに鍛えた肉体である点は共通していたが、サムは小柄でスパイクはかなりの大男という凸凹コンビ。
体格通り、敏捷性ではサムが優れており、パワーと硬さはスパイクに軍配が上がる。
2人ペアになって戦うことが多く、まさに今も背中合わせで格闘中だった。
「フン!」
バゴォッ!
「はいーっ!」
バキッ、ドゴドゴッ!
影人形の耐久力の方がやや上だったらしく、倒しきれない。
「サム!」
スパイクが呼ぶと、サムがぴょんとジャンプ。
そのサムの足をスパイクはガシッと掴んで、ハンマー投げのようにぐるぐる回転すると、そのまままっすぐ放り投げた。
猛スピードで回転しながら全身を丸くしたサムが、影人形を直撃。
重なったまま一緒に吹っ飛んでいって、もう一体に直撃。
巻き込んだまま更に後方に吹っ飛び、巨木にぶつかってようやく停止。
木に衝突する直前に、サムは一回転して空中に離脱。
一方、放り投げたスパイクはサムを全速力で追いかけ、最後に巨木にぶつかった影人形2体に追撃の体当たりをかましたのだった。
メリメリと大きな音を立てて、折れた巨木が倒れた。
地面に重なった2体の影人形に向かって、スパイクは両手を握りしめたまま、真上から何度も叩きつける。
「フンッ! フンッ! フンッ! フンッ!」
バギッ!
バギボギッ!
なにかが壊れた音がして、影人形2体は消滅した。
これで3体。
*
「くそ! どうなってやがる」
思わず悪態を吐くセミ。
召喚した影人形が、次々と倒されていく。
1体1体がBランク冒険者以上と言われる影人形が、だ。
そもそもターゲットに同行しているのは、中年男1人のはずではなかったのか。
なぜ他に8人もの護衛がついているのか。
近郊の町や村には、仲間の密偵が潜入しているはずだが、そんな情報は聞いていない。
これだけの手練れとなれば、おそらくは上位の冒険者に違いない。
「影召喚!」
3体全て倒されてしまったので、再召喚する。
魔力的に、あと2回が限度だった。
*
モグラは、影人形を囮にしてターゲットを直接狙っていた。
殺してはマズイので、気絶させて連れ去らねばならないのだ。
これだけの護衛がいたのは想定外だったが、これまでどんな状況下でも結果を出してきたという自負があった。
(ん? あいつは確かヨシュアとか言うヤツだったな。ってことは無限大か……)
ゴーダム国内のAランク冒険者については、一通り頭に入れていた。
ヨシュアに気づくと、後は記憶の引き出しから無限大のファイルを開いて、目の前の人間と照合するだけだった。
(カイル・ノックホルトとブレンダ・ストリーク。こいつらはまぁ大したことはない)
リーダーのヨシュア・インクライドだけは、いずれSランクに届く可能性がある人物として「要注意」指定がされていたのだった。
(よし、今だ!)
影人形がうまい具合に無限大3人の注意を引いた瞬間、モグラはマリーベルの背後から急接近した。
隠密スキルで気配を遮断しているので、気取られる可能性は万に一つもない。
「させませんよ」
いきなり目の前に男が立ちはだかった。
「くっ!」
かつて経験したことのない圧を感じた。
本能が逃げろと叫んでいたが、「瞬足」で飛び出してしまったため、方向転換ができなかった。
バキッ!
何をされたのかまったくわからなかった。
ただ、今自分が宙に浮いている、吹き飛ばされたのだという感覚だけがある。
ごふぅっ。
急に胸から何かがせり上がってきたと思ったら、大量の血を宙にぶち撒けた。
(肺をやられた……のか)
そう思った瞬間、胸に激痛。
気力をふり絞って着地すると、正面から再び圧がきた。
(くそっ)
激痛を押してバックステップ。
そのまま離脱を図る。
男が追いかけてこなかったのを見て、心の底から安堵したモグラ。
この体では、魔法の詠唱もままならない。
もちろん身体能力への影響は著しい。
(撤退するしかない……)
モグラは、男を避けるように大きく回り込みながら、セミの方へ移動していった。





