EP.49 疎開
「キャロル、ごめんね」
イボンヌはベッドの横に跪き、キャロルの両手を取って詫びる。
「なにを言ってるのイボンヌ。あなたのおかげで、私も元気になれたのよ。謝る必要なんてないわ」
ベッドの上に上体を起こしたキャロルが微笑む。
頬は少しこけて体も痩せ気味だが、目の光と口調はしっかりしていた。
長く魔力欠乏症で伏していたキャロルに、イボンヌは定期的に魔力治療を行っていたのだ。
治療法が確立されていない病だが、イボンヌなら症状を軽減することができた。
「カルとジョシーのためなんでしょ。私からもお願いするわね」
キャロルは事情を全て聞いた上で、快く送り出してくれたのだ。
「ありがとう。必ずまた戻るから」
「ふふふ、土産話が楽しみだわ」
イボンヌが部屋を出て行った後、今度はチャールズがキャロルの手を取る。
「もうすぐ子供たちも休みになる。そうしたら私たちも行ってみよう」
「まぁ本当!? それは楽しみね」
オクスフォルドの首長国ファンドランドの学校へ留学中の双子の息子たちは、毎年休暇になるとすぐに帰省して家族で過ごすのだった。
イボンヌのおかげで、今年は家族四人で遠出もできそうになった。
それが、チャールズとキャロルにとって、何よりの楽しみなのだった。
*
「それじゃあ、チャールズ。色々と世話になったわね。キャロルによろしく」
別れの時でも、普段と何も変わらないイボンヌを、少し眩しく見るチャールズ。
「ああ、君も気を付けて……は、無用な心配だな」
笑いながらイボンヌと握手を交わすと、子供たちの前にしゃがむ。
「ジョシー、君が来てくれて叔父さんは本当に嬉しかった。大好きなマリーベルの娘に会えたんだからね。立派なレディになったら、また遊びに来ておくれ」
「うん、ジョシーもチャールズおじさん大好き!」
首に両腕を回して抱き着くジョシーを、愛おしげに抱きしめるチャールズ。
娘のいないチャールズにとっては、本当に夢のような時間だった。
「カル、君はきっと強くなる。ジョシーやお母さんを守れる立派な男になるんだよ」
そう言って右手を差し出すチャールズ。
「はい! 本当にお世話になりました」
カルはその手をしっかりと両手で握り返す。
うんうんと言いながら、その手を何度も上下に振るチャールズ。
「チャールズ様、本当にありがとうございました」
ノックノックが几帳面に挨拶した後、深々とお辞儀。
「世話になった」
エリックは短く、ぶっきらぼうに、軽く頭を下げる。
「君たちも、どうか達者で」
チャールズはそれぞれ軽く握手を交わして、別れを惜しんだ。
「さあ、行きましょう。楽しい遠足のはじまりよ!」
イボンヌのひと言で、みんな馬車に乗り込み、エリックは御者台に立った。
「ハッ」
エリックの声と手綱捌きで、馬車が動き出す。
馬車の中から、カルとジョシーがチャールズに手を振っていた。
チャールズも、大きく手を振りながら、馬車が見えなくなるまで見送った。
昨夜の襲撃を機に、イボンヌは急遽屋敷を出ることをチャールズに申し出た。
チャールズとキャロルの、そしてもうすぐ帰省してくる息子たちの安全を第一に考え、チームエリック4人を連れて、一番安全かつ修行に適した場所へ疎開させることを決めたのだった。
イボンヌは、4人はもちろん、チャールズにも行く先を伝えなかった。
知らない方が良いこともある。
知る必要がないこともあるのだ。
*
「カラスとクラゲはどうしたんだ?」
「オレに聞かれても困る」
「まさかやられたんじゃないだろうな」
「クラゲはともかく、カラスに限ってそれはない」
「ああ、万に一つもねーな」
「それじゃなんで連絡すらないんだ」
「だからオレに聞くな」
「無駄口はその辺にしとけ。仕事に集中しろ!」
…………。
「でもクマさん、こいつら遅すぎるぜ」
「そうだ、ターゲットが逃げちまう」
「ふむ、いいだろう。セミとモグラは先に行け」
「ウス!」
「任せろ」
「え、オレは? クマさん」
「お前はオレと留守番だキツネ」
「フォックス! フォックスだってば、もう。何回言わせるんだよ」
「つまりキツネだろ。面倒くさいことを言うな」
「面倒なのはクマさんの方だろ」
「あ、じゃあオレら行くんで」
「お先に」
「ああ……」
「油断するなよ!」
4つの影のうち、2つが離れていく。
「あ、見ろ! あいつら別行動するぞ」
騎士団が、隊を6人5班に分けて移動し始めた。
「隊長は副官と一番先頭の組に入ったな。よし! あれを追うぞキツネ」
「……はいはい。やっと出番だぜ」
残った2つの影も移動を始めた。
*
「隊長、よろしかったのですか?」
「ああ、あちらさんの許可は取り付けてある」
デイルは副官のラダックと共に、1班で先行した。
脚力とスタミナのある部下で、1班から3班を編成したので、当分はこのまま走って進むつもりだった。
ここにきて、少し森の密度が低くなったので、決断できたのだった。
斥候によれば、5キロほど先に湖があるらしい。
ちょうど水が心許なくなってきていたので、一旦そこで水を補給したかった。
ピピーッ!
止まれの合図。
「どうした?」
身を低くして止まった先頭の部下に追いつくと、理由を尋ねるデイル。
部下はかなり緊張した様子で、周囲を警戒している。
「今、動くものを見ました」
「どこだ?」
「わかりません。すごい速さで移動していたので、見失いました」
「見たのはどの辺りだ?」
デイルは部下の指差した方向を凝視するが、動くものはいない。
あまり得意ではないが、気配を探ってみる。
やはりなにもない。
「ラダック」
後方にいる副官を呼びつける。
「ショーンを連れて、あの辺を哨戒してこい」
「わかりました」
すぐに一旦下がって、探知系スキル持ちの斥候ショーンを連れて行くラダック。
暫く見守っていると、異常なしのジェスチャー。
「獣だったのかもしれんな」
自分に言い聞かせるように呟いて、デイルは再び前進の合図を出す。
第六騎士団が進んだ後から、スコルピオンズが5人4班になって駆け足で進む。
比較的軽装備の騎士団に対し、スコルピオンズは全員フル装備。
目論見通りにことが進んだオースティンは、上機嫌だった。
「まぁせいぜい人柱になってくれ。悪いなデイル殿」





