EP.45 野獣
魔の森へ入って3日目の昼前――。
「団長、騎士団のデイル班長がお見えになりました」
「通せ」
湿度が一層高く感じられる夜営用テントの中で、オースティンは団服を着た。
騎士団の指揮官に会うのに、肌着では体裁が悪かろうというもの。
「デイルだ。オースティン殿、よろしいか」
「入ってくれ」
ゴーギャンヌ第六騎士団第三班の班長デイル・ランカートは騎士団の分厚い皮鎧を着たまま、テントへ入ってきた。
「椅子はないが、自由にしてくれ」
地べたに胡坐のオースティンが言うと、デイルもそのまま座る。
尻が泥で汚れるのも、今さら気にしても仕方なかった。
「早速だが、いいか」
デイルがまず口火を切った。
「隊の運用について、だな」
オースティンも思うところがあったので、ぶつけてみた。
「わかっているなら話が早い。この魔の森の生態系では今のままの運用ではラチがあかない」
「分割したい、と?」
「そうだ。できれば5人から6人単位まで絞って」
「だが、それでは大型の魔物に遭遇した時どうする?」
私兵団にしろ騎士団にしろ、個の実力は冒険者ランクで言えばC~B程度だった。
リーダークラスの人間にはAランク相当の者も数人、いるにはいたが。
つまり大型の魔物に立ち向かうには、人数をかけて圧倒するしかなかった。
「班と班の間があまり離れないように移動するしかない。大型が出ても、3班ぐらいで対応すれば充分だろう」
予め考えていた答えを提案してみせるオースティン。
「ふむ、悪くない。ただ、我々騎士団は先を急ぎたい。正直なところ、おたくの兵の半分ほどは、訓練が足りていないようだ。明らかに進軍の足を引っ張っているぞ」
デイルは容赦なく本質を突いてきた。
それを言われると何も言い返せなくなるオースティン。
練度の高い兵はバルザックが自分の傍に置いておきたがったのだ。
ある意味、オースティン自身、今回の作戦に任命されたのがショックだった。
団長である自分は当然首都に残るもの、と思っていたのだ。
それがまさかの指名。
何かバルザックの不興を買うようなことがあっただろうか。
よくよく考えたが、思い当たるフシなどなかった。
いずれにしろ、もし失敗しようものなら、団長の座は他の者に譲ることになるだろう。
今回の作戦は、そういう人事だった。
「それについては申し訳ない。騎士団が先行するのは認めよう」
「そうか、わかってくれてよかった。で、実際のところ、この任務についてどう思う?」
デイルがいきなり話を変えてきたので、オースティンはドキリとする。
「どう、とは?」
「大商会の元会長夫人なんだろ? そんなご婦人をこんな大勢で血眼になって探すってのは、ちょっと異常とは思わないか?」
「同感だ。オレも最初から気乗りがしなかったんだ」
「お互い、上司の命令には逆らえないからな。ハッハッハ」
デイルはそうやって大声で笑えるだけ豪胆なのだろう。
オースティンには、まだそこまで割り切れていなかった。
「もうひとつある。ご婦人と行動を共にしている男だ。こいつについて何か詳しい情報はあるか?」
「ああ、商会長に嫁入りする前からの執事だか秘書だかだったらしいな」
「身元は?」
「いや、そこまでは。必要なのか? 執事の身元照会まで?」
「この状況を見て何も疑問に思わないのか? ご婦人とはいえ、大人ひとりを抱えたまま、こんな森の中を三日三晩走り通しだ。そんなことが本当に可能なのか?」
「可能だから、我々がまだ追いつけないのだろう」
「呑気だな、オースティン殿。もし仮に追いついたとして、そのような芸当をこなす相手から、どうやってご婦人を奪うのか」
ああ、とオースティンはようやく腑に落ちた。
なにかとんでもない英雄的な人物が障害に立ちはだかったらどうするのか、と。
彼はそう言いたいのだな。
「そのために50人もの兵がいるのではないか」
「果たしてそれで充分と言えるかどうか……」
「なにを弱気になっているのか知らないが、あれこれ考えるよりまずは追いつくのが先だろう」
「追いつきながら考えてもいいんだぞ」
「その時はオレが前に出るさ。これでも昔はAランク冒険者だったんだ」
「ほぉ、奇遇だな。オレもだ」
目を合わせてニヤリとする両者。
Aランク同士のシンパシーを交換したところで、会合はお開きとなった。
*
「ジェシカ、もうそろそろ追いつくんじゃないのか」
サムが不用意に大きな声を出したので、ジェシカは一瞬苛立つ。
疲労の度合は声からもわかったが、それとこれとは別だった。
「残念だけどむしろ逆。引き離されてる」
諍いを避けるため、努めて感情抜きで答えるジェシカ。
「ゲッ、マジかよ。どんなヤツなんだよその契約者って野郎は」
「ジェシカ、少し休憩しよう。サムだけじゃなくみんな疲れてる」
フランツが休憩を伝えると、ジェシカも渋々立ち止まる。
他の3人のメンバーは、その辺に適当に腰を下ろして、水を飲んだり汗を拭いたり。
「ジェシカ、君も大丈夫か」
「アタシはまだ全然平気。それよりサムがうるさい」
「ははは、すまない。あいつ、こういう環境が合わないんだろうな。普段よりストレスが溜まりやすくなってるみたいだから。ちょっと大目に見てやってくれ」
「えー、無理。アタシだって普段より集中してる」
「そう……だな。君に負担をかけすぎてるよな。すまない」
「リーダー、謝り過ぎ」
「ごめん……あっ!」
フランツが苦笑いしているところへ、サラ登場。
「ねえ、ちょっといい? これどう考えてもゴーレムいなくない?」
「えっ!?」
フランツが驚いた顔でサラを見つめる。
「だって、音もしないし足跡もないし、この速さで移動って、ありえないでしょまず」
ジェシカの嗅覚により、男は女性と合流して、その女性を抱えて移動していることがわかっていた。
一方で、ゴーレムらしき存在が移動した証拠はなにもなかった。
「サラ、賢い!」
「ありがとう、ジェシカ~ッ」
言いながらジェシカに抱き着いて、思い切りイヤがられるサラ。
「でも、それならオレたちが追ってるのって」
「人違いね、ほぼ確実に」
「え~ッ!!!」
いつの間にかサムとスパイクもすぐ近くで聞き耳を立てていたらしく、絶叫。
「シーッ!」
ジェシカが口の前に指を立てる。
ごめんごめんと小声で謝る2人。
「どうするリーダー。このまま追うか、やめるか」
ジェシカの二択問題に、しばし考え込むフランツ。
「行こうぜ、考えるより動け、だ。人違いでもなにか知ってるかもしれない」
疲れ果てていたはずのサムが、最初に声を上げた。
「オレもサムと同じ意見だ」
スパイクが賛同。
「じゃあ私も~」
「おい、サラ。そもそも君が反対したんじゃないのか」
フランツがやや呆れながら反論を試みる。
「別に反対はしてないわよ。人違いって言っただけ」
「リーダー、もう結果出てる」
ジェシカが割って入った。
そうだ、もう5人中3人がこのまま追うべし、と言っているのだ。
「よし、それじゃ行こう!」
「もっと急いでもいい?」
ジェシカが、期待を込めた目でフランツを見つめながら訊いた。
「頼む」
「エーッ!!」
「シーッ!」
小さな笑い声を幾つか残しながら、野獣は追跡を再開した。





