EP.44 チャールズおじさんの家
サジタリアの国境を越えた北の小国、パドキア。
チームエリック一行は、その首都ジルキアに到着していた。
即ち、エリックはマリーベルに託された任務をほとんど達成しつつあった。
*
「やぁ、よく来たね。遠いところを疲れただろう」
大きな屋敷の門の前で待っていてくれたのは、マリーベルの母の弟。
つまりは叔父にあたる、チャールズ・エルドリッチだった。
門の前に到着した一行を見て、すぐに異変に気づくチャールズ。
背の高い青年に続いて馬車から降りてきたのが、幼い女の子とその兄らしき男の子の二人しかいなかったからだ。
(やはり君は来られなかったのか、マリー)
万が一の時は子供たちだけでもお願いします、とマリーベルからの手紙には書いてあった。
気を取り直したチャールズは笑顔で二人に近づき、その前にしゃがむ。
「初めまして。カルにジョシーだね。私はチャールズ。君たちのお祖母さんの弟だ。わかるかい?」
「はい。カルヴィンです。よろしくお願いします」
背筋を伸ばし、毅然と挨拶するカル。
ここまでの道中で、ノックノックから最低限のことは聞かされていた。
そのノックノックもエリックから聞かされたのだが。
「ジョセフィーヌです。よろしくお願いします」
カルの右手をしっかり握りしめながら、お辞儀をするジョシー。
「ははは。二人ともえらいぞ。もう大丈夫だ。安心しなさい」
事情は全て、マリーベルからの手紙に書かれていた。
チャールズは二人の頭にポンと手を置いて、笑顔で視線を合わせる。
「あ、あの、ノックノックと言います。お二人のお世話をしております」
かなり緊張した様子でたどたどしく挨拶するノックノック。
「ああ、君がそうか。マリーの手紙で聞いているよ。ここまでご苦労だったね」
「畏れ入ります」
深く頭を下げるノックノック。
「それで……」
御者台から下りたエリックに、チャールズが視線を向けると、それに気づいたエリックが、手綱を引きながらやってきた。
「エリックだ。こいつらの護衛兼、御者だ」
堅苦しい挨拶が苦手というよりも、嫌っている風の言い方に、チャールズは苦笑いしながらも、頷いて答える。
「ご苦労さまだった。馬は任せて、みんな中へ入りなさい」
チャールズの家の者がエリックから馬の手綱を預かり、馬車を屋敷の離れの方に引いていった。
4人は顔を見合わせてから、チャールズに続いて屋敷の中へ入って行った。
*
まだ夕食には早い時間だったので、軽くティータイム風のおもてなし。
軽く、といってもそこはジルキア最大かつパドキア有数の大貴族のおもてなしなので、様々な焼き菓子やフルーツ類など、テーブルに山のように運ばれてきた。
「好きなだけ食べなさい。遠慮はいらないよ」
主にカルとジョシーに向けての言葉だったのだが、一番食べていたのはノックノック。
緊張のあまり、食べるという行動に活路を見出してしまった結果だった。
「いい加減にしろよ、お前」
半ば怒り、半ば呆れた表情でエリックが釘を刺すと、ノックノックは急に我に返ったように両手をテーブルの下に隠して俯いてしまった。
「……すみません」
蚊の鳴くような声で謝る。
「はっはっは。若いうちは食べるのも仕事だ。遠慮せずもっとやりなさい」
チャールズさん、やめてあげてください。
言われると言われただけ恥ずかしくなる羞恥プレイなんです。
一方、カルとジョシーはお行儀よく、焼き菓子をひとつふたつつまんだ後は、専らハチミツを入れた甘い紅茶をちびちびとすすっていた。
コンコン。
客間のドアをノックする音。
「ああ、来たね。みんな、もうひとり紹介しよう。入りたまえ」
チャールズが立ち上がって、ドアの方に声をかけた。
そして中へ入ってきた人物を見て、全員目を丸くした。
「初めまして、みなさん。イボンヌです。よろしくお願いします」
*
それからはイボンヌを交えたお茶会。
「兄さま、あの人、お母さま?」
「そんなわけないだろ。あれは親戚の人なんだって、さっき話してたじゃないか」
「でも、お母さまそっくりだよ」
「そっくりってほどじゃないよ。姉妹くらいには似てるけど」
ジョシーとカルの会話の通り。
イボンヌの見た目は、ほぼマリーベルだった。
決定的な違いと言えば、髪の長さ。
腰まで長いストレートヘアのマリーベルに対して、イボンヌは肩にかかるくらいのセミロング。
あとは少しだけマリーベルよりも年上のお姉さんに見える、くらいの違い。
他にも、いかにも貴族のおっとりお嬢様風に見えるマリーベルに対して(中身は別モノだが)、イボンヌは厳格な教師のような雰囲気があった。
ただし、よく見ると体つきの方はかなり違っていた。
女性らしく華奢なマリーベルに対して、筋肉質とまではいかないが有る程度鍛えられた体型のイボンヌ、64歳だった。
「どうだい、驚いたろう? 君たちのお母さんによく似ていると思わないかい」
「はい、思います」
「うん、似てる」
チャールズの悪戯っぽい問いに真面目に答えるカルとジョシー。
「私もお会いしてみたかったわ。マリーベルに」
紅茶のカップを口元から離して、余裕たっぷりに微笑むイボンヌ。
エリックは、彼女がドアの外に立ったその時から、体の芯が震えるような何かを感じていた。
それがいったい何なのかはわからなかったが、こんなことは初めてだった。
セバスチャンと初めて対峙した時に、少しだけ似ている気もしたが、根本的に大きく異なっているというのはわかるのだった。
カップに手を伸ばしたらカチカチ鳴ったので、それ以来ノックノックとほぼ同じ姿勢になってしまっていたのだが、本人にはそんなことを気にする余裕はなかった。
「そちらの男性陣は随分と大人しいのね。確か護衛だったわよね。強いの?」
イボンヌがぐいぐい来る。
「い、いえ。強くは……ない、と、思います」
頑張れノックノック。
一方エリックは、完全に明後日の方を向いてだんまりを決め込んだ様子。
「ウソだ! ノックノック先生は強いんです」
そこへカルの援護射撃。
だが、ノックノックは明らかにやめてほしそうな顔だ。
「そうなの? それじゃさっきのは謙遜ね。若いんだからもっと自信持ちなさい」
さすがは64歳。
でも見た目はアラサー。
「は、はい!」
「まぁまぁイボンヌ。最初からそんな風に距離を詰めたら、彼らが驚いてしまうよ」
チャールズが笑いながら助け舟を出す。
「この程度で萎縮しているようでは、マリーベルの助けになど到底なりませんよ」
「!!!」
イボンヌの返答に4人全員固まる。
今のはどういう意味なのか。
「イボンヌ、その話はまだ……」
「母上に助けが必要なのですか!?」
窘めようとしたチャールズの言葉を遮って、立ち上がったカルが叫ぶ。
思いのこもった熱い眼差しに、イボンヌは満足そうな笑みを浮かべた。
「ええ。でも今のままではダメ。強くなれる?」
「なる……なります! なってみせますッ!」
「ジョシーも強くなる!」
ついにジョシーまで立ち上がった。
そしてイボンヌは男たちに視線を向ける。
「ボ、ボクも……強くなりたいです!」
ガタンと椅子を後ろに倒しながら立ち上がるノックノック。
イボンヌの目をまっすぐ見返してきた。
沈黙。
更に沈黙。
「エリックさん」
ノックノックが小声で急かす。
「いや、オレはいい。もうそんな歳じゃない」
エリックはイボンヌと目を合わせないようにしながら、椅子にふんぞり返る。
そうでもしないと、土下座でもして教えを乞いそうだったのだ。
エリックは少し前から気づいていた。
これは強者のオーラなのだと。
師匠のそれが肉体的な強さのものだとするなら、この女のそれは魔力だ。
あの男、炎を纏って対峙してきたあの男の、あの魔力の感じ。
それを思い出して、ゾクゾクきてしまっていたのだった。
「まぁそういうのも男よね。ウフフフ」
意味深に笑って、それ以上の追及をやめ、再びカップに口をつけるイボンヌ。
4人はまだ、この先の自分たちの運命を知らなかった。





