EP.41 追跡者(2)
「閣下、オースティン様からご報告が参りました」
いつものようにドアのない執務室の入口に立ち、クロムウェルが伺いを立てる。
オースティンというのは、マリーベルを追う任務についているバルザックの私兵団「スコルピオンズ」の団長である。
オースティンはスコルピオンズ全兵の4割に相当する20人を率いて、サジタリア方面へ向かったのだった。
オースティンたちには、ゴーギャンヌ騎士団30人ほどが同行していた。
「捕まえたか?」
バルザックの声はやや上機嫌だったが、それがすぐに変化するであろうことを知っているクロムウェルは憂鬱の上に更に憂鬱を重ねながらも、淡々と続けた。
「それが、報告によりますとサザビート夫人は執事と思われる男性と共に別行動を取り始めたらしいとのことです」
一瞬にしてバルザックの表情が曇る。
だが、まだ本題はここからだった。
「らしい、とはどういうことだ?」
「目標が滞在したレストランの支配人に確認したところ、先に夫人と中年男性が2人で外に出て、しばらくしてから残り4人が宿屋へ向かった、とのことでした」
「それで、宿屋は?」
「はい。こちらも主人に確認したところ、宿泊したのは子供2人と男性2人の4人だったと。夫人と中年男性は見ていない、ということでした」
「まさか、取り逃がしたのか?」
バルザックの声色がみるみる凶暴さを増していくのを、じっと耐えるクロムウェル。
「オースティン様の報告では、馬車や馬での移動は確認されておらず、徒歩で町を出たものと思われるとのことでした」
バキッ!
破壊的な音に思わず身が竦むクロムウェル。
バルザックが、ペンを折った音だった。
「つまり逃げられたんだな……くそ! あの女ッ!! 忌々しいッ!!」
バンッ! バンッ!
と激しくデスクを叩く音が響いた。
執務室の外の気配が一瞬で凍りついたのが、クロムウェルにも感じられた。
「すぐに追っ手を増員しろ。おそらくガキどもとは別方向へ向かったんだろう。地形も含めて可能性のある範囲を虱潰しに探すんだ! サジタリアの兵も使え!」
「閣下、それは無茶でございます。サジタリアに命令することなど出来ません」
慌ててクロムウェルが口を挟む。
バルザックはそれを予測していたかのように、急にニヤリと笑った。
「ではあいつらを使え。こんな時のための部隊だろう」
「ま、まさか閣下……ファントムのことでございますか?」
「当たり前だ! 他に誰がいると言うのだ! いいから早く書類を持って来い!」
「は、はいッ!」
ビクッとなりながらも、クロムウェルは敬礼をして、外の自分のデスクへ戻って行った。
ゴーダム特殊任務部隊「ファントム」。
諜報活動及び非合法活動全般を秘密裡に実行する、3班からなる隠密集団。
評議員にはその招集権限及び命令権が与えられていた。
これまでは他の評議員の手前もあって、バルザックも自重していたのだが、もはやそんな猶予はないと判断したのだった。
「閣下、お持ちしました」
再びクロムウェルが入口に立つ。
「早く持って来い!」
バルザックが口を開いた瞬間に、クロムウェルは小走りに駆け出していた。
バルザックはいつものように書類を乱暴に奪い取ると、勢いよく判を押す。
そしてまた乱暴に突き返す。
「すぐに持って行け!」
「はいッ!」
クロムウェルが走り去る後ろ姿を見届けると、バルザックは自分の椅子の背もたれに深く背中を預け、少し上向き加減で目を閉じる。
「んふふ、あの女め。今度こそ逃がさんぞ。んふふふふ」
即日、ファントム第3班6名が出発したと報告があった。
*
「ねえ、本当にこんなジャングルみたいなところを進んだっていうの?」
ブレンダが藪を掻き分けながら愚痴る。
ヨシュアもカイルも、もう飽きるほど聞かされたフレーズだった。
「ちょっと! なんか言いなさいよ!」
もう言い返すのも、説得するのも飽きてしまっていた二人は、なお黙って歩く。
「カイル、2時の方向」
「わかった」
ヨシュアの指示でカイルが動く。
藪の中を突進していく。
ザシュッ!
少しして戻ってきたカイル。
「ヒューラットだった。これで5匹目だな」
「やはり魔の森と言われるだけはあるね。あっ!」
言いかけたヨシュアが反転して、後ろ手に止まれの合図。
振り返って前方を指差す。
魔物がいる、ということらしい。
この一連の流れから、大物か強敵と思われる。
バタン。
何かが地面を叩くような音。
ヨシュアが一歩また一歩と忍び足で前進。
カイルとブレンダも息を潜めながらゆっくりと後に続く。
(あれは……尻尾?)
ヨシュアが藪越しに目にしたのは、巨大な尻尾のようなもの。
それがゆっくりと持ち上がり――。
バタン。
地面を打った。
さきほどの音はこれだったのだ。
なんの尻尾なのだ、と尻尾の前の方を探ろうとしたその時――、
「上だ!」
カイルが叫ぶのとほぼ同時に、何か大きなものがヨシュアの上から襲ってきた。
ピシュシュシュッ!
新調したばかりのブレンダの盾弓から矢が放たれた音。
3本とも確実に命中したはずなのだが、敵はノーリアクションで、そのままヨシュアの頭上へ。
ガッ!
こちらも新調したカイルの盾がヨシュアの頭上へ。
その盾を飲み込むように大きく開いた口――大蛇だ!!
「巨大蛇ッ!!」
ブレンダが叫ぶ。
盾がちょうど口を塞ぐ形になったので、ヨシュアは助かった。
すぐに、ステップで移動し、剣で蛇の頭に切りつける。
ギンッ!
鱗が思った以上に固い。
体勢が安定していなかったのもあるが、剣を弾かれてショックを受けるヨシュア。
「これでも食らいなさいッ」
まだ盾を咥えていた蛇の口の中に矢を叩き込むブレンダ。
大きく頭を左右に振って口から盾を外した蛇が、シャアアアっと絶叫。
「カイル、腹だ!」
ヨシュアの合図で、カイルがこれまた新調したハルバードを全力で突き刺す。
「ハァッ!!」
ズゴッ!
シャアアアアアッ!!
蛇の腹に深々と突き刺さったハルバード。
大きく体をくねらせて苦痛にもだえる巨大蛇。
「カイル! 放れろっ!」
カイルが飛び退くのを確認したヨシュアが雷撃を放つ。
「雷撃!」
バリバリバリバリ!
大きな音と稲妻、そして焦げた臭い。
巨大蛇は黒焦げになって絶命していた。
「やったね」
ブレンダがヨシュアとカイルの背中をバンッと叩いた。
「それにしてもデカいな、この巨大蛇は……」
ヨシュアが改めてまじまじと見ると、今まで見たことのある個体の1.5倍くらいはありそうなサイズだった。
「これも魔の森の影響かもしれない」
カイルが不吉なことを呟く。
「でもヒューラットやキラーアントは普通だったじゃない」
「それはそうだが……」
「まぁ、こういう普通じゃない個体もいるということだけ覚えておこう」
できるだけ出会いたくはないものだ、と思いながらヨシュア。
「で、どっちに行くんだったっけ?」
どうやらブレンダは少し方向音痴のきらいがあるらしかった。





