EP.38 修行者ナナイ
[転生1192日目]
相変わらず激しい勾配の岩場を上り下りしながら、時々現れる魔物を退治し、水場を探しては補給し、夜になったら寝て(豪は寝ずの番)、翌朝からまた歩く。
そうして3日が過ぎていた。
(賢者の洞窟とかいうのは、いったいどこにあるんだコノヤロー!)
「おいゴウ、どうした?」
思わず憂さ晴らしに叫んでしまったのを、ライナスに聞き咎められた。
(すまん、なんでもない。ちょっと八つ当たりしたくなっただけだ)
「お前はゴーレムなのに一番気が短いな」
キュキュッ。
そこでウサ子と笑うな。
中身はただのオッサンなんだよ、仕方がないだろう。
「すみません、もうすぐです。あの山の向こう側を下りたところなんです」
先を指差したのは、ジャバ村から案内役として同行しているポロンだった。
だが、共感持ちではないので豪にはさっぱり伝わらなかった。
(なんだって? ライナス、通訳頼む!)
「あの山の向こうだそうだ。良かったなゴウ」
このライナスと豪の珍妙なやりとりについても、ポロンはだいぶ慣れてきていた。
ポロンにしてみれば、このライナスというゴーレムの使者様が延々独り言を言ってるようにしか見えないので、最初はかなり不審に見えたのだが、事前に長老からゴーレム様と会話ができると聞いていたため、なんとか耐えられたのだった。
*
「こちらになります。私は中に入ることは出来ませんが、みなさんはどうぞ」
洞窟の入口に立ったポロンが、申し訳なさそうに告げた。
豪が想像していたよりも、大きな洞窟だった。
これならゴーレムでも入れそうだった。
ただ、奥までこの高さがあるとは限らない。
場合によっては途中までになる可能性もあるな、と覚悟だけはしておいた。
「入っていいそうだ。行くぞ」
ライナスが先に入っていく。
その肩からウサ子が飛び下りると、ぴょんぴょん先へ行ってしまった。
(偵察してくれてるのかな)
「そうだな」
わざわざ言うまでもなく、ほぼほぼそうなのだろう。
この頃にはさすがの豪も、ウサ子が普通じゃないことを認めざるをえなくなっていた。
一旦、コイツは普通と違うんだ、と思ってしまえば後はもう雪崩式。
ウサ子を賢者にするというライナスの夢も、あながち夢ではないと思えてくる。
「きゃっ、なに!?」
奥から若い女の声が響いた。
洞窟なので、距離があっても聞こえるのだ。
にしても意外と深くない所にいたな、と豪は拍子抜け。
「ウサ子!」
ライナスが声をかけると同時に、奥へと走っていく。
(おい、待てよ。中は暗いぞ)
暗視機能のある豪と違って、ライナスは少し夜目が利くレベルなのだが。
*
洞窟の奥に、かなり衣類の面積が少ない若い女がいた。
行き止まりになったこの空間だけ、薄暗い明かりが灯っていた。
おそらく魔法によるものだと思われる。
「突然、押しかけてすまない」
ライナスが頭を下げる。
ウサ子は、既にその左肩に乗って澄ましていた。
「あ、あの、それであなたたちはいったい……」
もともと人見知りなのか、女はかなり固い表情だった。
いや、もしかすると衣装のせいなのかもしれないと豪は思ったが、もちろん言わない。
「ジャバ村の長老に教えてもらって、訪ねてきたんだ。私の名はライナス」
「あ、はい。どうも」
反射的に頭を下げる女。
やはり動作がぎこちない。
「それで、こっちはウサ子だ」
キュッ。
「ウサ……コさん? あ、はじめまして、私はナナイと言います」
なぜかウサ子に対しては一番丁寧に、自己紹介までして頭を下げる。
「それと、こっちがゴウ。ゴーレムのゴウだ」
え、と再び固まる女――もとい、ナナイ。
(豪だ。聞こえるか?)
ものは試しで一応話しかけてみた。
すると、ナナイの目がみるみる大きく見開いて口をあんぐり。
(おい、大丈夫か? まさかお前も共感持ちなのか?)
「あの……このゴーレム、しゃべってるんですけど……」
豪を指差しながら、ライナスの方を向くナナイ。
首を回す時にギギギと音がしそうなくらい、その動きはぎこちなかった。
「聞こえるのか? 良かった。これで通訳しなくてすむ」
心底ほっとしたように、顔がほころぶライナス。
「え、通訳?」
「ああ、すまん。普段はオレが間に立って、通訳をしなきゃならないんだ」
「……」
「どうした?」
ナナイはまだ現実感のないような、ぼーっとした様子だった。
(おい、しっかりしろ。賢者になるんだろ。こんなことでいちいち驚くな)
「は、はひっ!」
急に我に返って気を付けポーズになるナナイ。
そこから、このナナイという賢者見習いへの事情聴取が始まった。
*
「なるほど、それじゃ他の修行者とは、しばらく会ってないんだな」
「はい。キャスリーンさんとは私が修行を始めたばかりの頃、ここで一緒に暮らしながら、色々と教えていただいたんです」
(それっていつ頃の話なんだ?)
「私が15の時から1年ほどなので、もう10年前になります」
「ってことはナナイは今、25歳なのか?」
「はい。これでも村で一番若い賢者候補生なんですよ!」
急に自信満々に胸を張るナナイ。
25といっても、15の時から社会から離れて生活しているためか、精神的には年齢に比して幼いように豪には思えた。
(それで、キャシーだかキャスリーンだかいうのはどこ行ったんだ?)
「はい、キャスリーンさんはボツヌ山へ行くと言ってました」
「ボツヌ山というのは、もしかして火山のことか?」
(なんだそれ、そんなの聞いてないぞ)
「このボツヌ山脈というのは、活火山のボツヌ山を中心にして連なっている山脈なんだ。あの灰色の雲がいつもかかっている所にあるんだそうだ」
(ロレンツォはそんな話、オレにはしてくれなかったな)
「オレはキケから聞いたんだ。稽古の休憩時間にな。アイツは山に詳しいんだ」
ライナスは毎日キケと魔法を使った体術(魔功夫)の稽古をしており、かなり親しくなっていたのだった。
「まぁキケ! キケは元気にしてるんですね。懐かしいなぁ」
突然ナナイが大きな声で割り込んできて、驚いた二人。
「知り合いなのか?」
「はい。幼馴染みというか、私の弟みたいな存在でした。私が修行に出る日も、私に抱き着いて泣きじゃくってたんですよ。ねえちゃん行かないで~って。ウフフフ」
ライナスはあのキケが、と信じられないような顔をして聞いていた。
(いいじゃないか。戻ったら今の話をネタにしてからかってやろうぜ)
「ゴウ、お前は時々すごく意地悪だな……」
ライナスにドン引きされてしまった。
キュッ。
ウサ子、お前もか!?
「…………やめてください」
ナナイにまでバレてしまっていた。
*
その後もナナイに色々と尋ねたが、まだ若いせいもあってか、肝心なところは何も知らない様子だった。
「じゃあ、修行頑張ってくれ」
「ありがとうございます。みなさんも、どうかお気を付けて」
(あ、そうだ! イボンヌについて聞き忘れてたぞ)
「そうだった。うっかりしてた」
ライナスも忘れていたのかよ。
頼むよ、相棒。
「イボンヌさんですか? 私はお会いしたことがないので、存じ上げませんとしか」
(キャシーだかキャスリーンだかからは何か聞いてないか?)
「うーん、どうだったかなぁ……キャスリーンさん、優しかったけどあまり話し好きっていうタイプじゃなくて、いつも私が何か聞くと教えてくれるっていう感じだったので」
(なんでもいいんだ、思い出せないか?)
「ああ!」
「どうした?」
(なんだ、思い出したのか?)
突然ナナイが手を叩いて笑顔になったので、豪は期待した。
「記憶を取り出す魔法を使えばいいのよ!」
(そっち? いや、ありがたいけれども)
なんだか〇リー〇ッ〇ーみたいだな、と豪は思ったがもちろん言わない。
言っても誰にもわかってもらえないからだ。
「ちょっと待っててください。えーっと……」
ナナイは、急に静かになったかと思うともごもご詠唱を始めた。
直後、薄暗かった洞窟内が、一瞬パアッと昼になった。
「ありました! 一度だけ、キャスリーンさんがイボンヌさんの話をしてました」
(すげえな記憶取り出し魔法。さすが賢者候補生)
これ、ライナスに使ったら昔のこと、思い出せるんじゃね?
と豪は思ったが、もちろん言わなかった。
「イボンヌさんは、もう30年以上修行してて、魔法はかなりの腕前だったようです。キャスリーンさんが修行を始めてから三度会ったそうですが、その度に魔力が膨れ上がっていたらしいです」
なるほど、修行すれば魔力量がわかるようになるのか。
そういや、ライナスもそんなようなことを言ってたことがあったようななかったような……。
「二人は魔力探知でお互いに位置を共有していたみたいなんです。お互い頑張ってるのがわかる気がして、励みになったって言ってました」
「それで、どうしたんだ?」
「これだけです。聞いた話はこれで全部です」
「そうか、話してくれてありがとう」
ライナスが礼を言うと、ナナイは満足そうに笑った。
(とりあえずキャスリーンに会えれば、イボンヌの居場所もわかるってことだな)
「そういうことだ」
(よし、行こう!)
豪たちはそのままナナイの洞窟を出ると、ポロンには、キャスリーンを探しに行くと村長に伝えるよう頼み、3人でボツヌ火山を目指すことにした。





