EP.36 決断の時
「ただいま戻りました」
相変わらず、黒い燕尾服をビシッと着こなしたセバスチャン。
町中を駆けまわって情報収集してきたとは思えない、整った身だしなみだった。
「ご苦労さま。それでなにかわかった?」
マリーベルが、横長の豪華なソファにジョシーと並んで座りながら、報告を求める。
「はい。現在サザビート商会はバルザック商会と名前を替えて、そのまま三大商会の地位に収まっているようでございます」
マリーベルのこめかみに、薄っすらと青筋が立つ。
同時に口の端がピクリと歪んだのを、ノックノックは見てしまった。
「セデックの仕業ね」
感情を押し殺した、抑揚のない声のマリーベル。
「どうやらそのようでございます」
再度、マリーベルの口の端が歪む。
ノックノックは完全に顔を背けて、カルの方に笑顔を向けていた。
カルは書物を開いて一生懸命読みふけっていた。
「バルザックはもちろん、あの評議員よね?」
マリーベルの自制心は大したものだった。
「はい。兄のギュスターヴ・バルザックが代表になっております。商業ギルドで登記を確認してまいりましたので、間違いありません」
両脚の踵をピタリと揃えて、真っ直ぐに起立し続けるセバスチャンの方も相当だ。
「随分手際のよいことね。他はどう?」
「はい。つい先ほど、手配書が回ってきた模様です」
セバスチャンの表情がほんの少し翳る。
「どこで見たの?」
「ギルドのロビーの掲示板です。それと、ちょうど広場にある掲示板に貼っている現場を見ました。おそらく今夜には町中に貼り出されるはずです」
マリーベルは目を閉じて、一度深呼吸をする。
「それで、手配されたのは私だけ?」
「はい。他に名前を記された者も、似顔絵を描かれた者もおりませんでした」
「そう。わかったわ」
マリーベルはジョシーの手を取って、優しく握りしめるとじっとその目を見つめる。
「お母さま、どうしたの?」
「カルも聞いて」
マリーベルがカルの方を向いて声をかけると、カルは「はい母上」と言って、マリーベルの前まで歩いて行って立ち止まった。
「いい、よく聞くのよ。私は大事なお仕事があるから行かないといけないの。だから、ここから先はあなたたちだけで行くのよ」
えっ、と思わずノックノックは大きな声を出すところだった。
そんなのは初耳だった。
「えー、ジョシーもお母さまと一緒に残る」
早速ジョシーがぐずりだした。
カルの方は何事か考えるように押し黙っていた。
「ジョシーお願い。お仕事が終わったら私もすぐ追いかけるから」
「いやいやいや! ジョシーはお母さまと一緒がいいの!」
マリーベルに抱き着いて、足をバタバタさせるジョシー。
「ジョシー……」
ジョシーの頭を優しく抱きかかえ、頬を寄せるマリーベル。
「ジョシー、母上を困らせちゃダメだよ。ちゃんと聞き分けないと」
カルは長男らしい言葉を口にしたものの、握りしめた拳が震えていた。
そんなカルを見て、マリーベルはその背中に手を回すと、二人を抱きしめる。
「大丈夫。あなたたちならきっと大丈夫よ。ノックノック先生とエリックも一緒なんだから、困ったら二人を頼りなさい」
おそらくそうなるだろうと予想していたので、今度は動揺しなかったノックノック。
隣のエリックも微動だにしないところを見ると、察していたと思われる。
ただ、全く面白くなさそうな仏頂面なのは少し気になった。
その時、コツコツと窓が鳴った。
「失礼します」
そう言うとノックノックは、立ち上がって窓を開けた。
するとパックが入ってきて、ノックノックの肩に止まった。
「早かったね。長旅お疲れさま」
ノックノックは、優しくパックに労いの言葉をかけながら、脚に巻かれた皮紙を取り外して確認する。
「ヨシュアさんだ!」
思わず声をあげるノックノック。
「なに!? 無限大のヨシュアか?」
エリックが反応して椅子から立ち上がると、ノックノックの傍まで寄ってきた。
ノックノックはゴーグリムの様子を知るために、知り合いのギルド職員にパックを介した連絡役を頼んでいたのだが、まさかヨシュアから直接返事が来るとは思ってもみなかった。
「で、何て書いてあるんだ。早く読め!」
エリックは少し興奮しすぎだ。
「ギルドでゴーレム捜索の依頼が出たそうです。ヨシュアさんたちが引き受けることにしたって書いています」
「なんですって!?」
ゴーレムとなれば黙っていられないマリーベルが、子供たちを一旦引き離して、ノックノックのところまでやってきた。
「どうして今になってゴーレム捜索なの!?」
「そこまでは書いてないので、わかりません。すみません」
申し訳なく縮こまるノックノック。
「こっちのギルドにも依頼が出てるかもしれない」
エリックが言うと、セバスチャンが反応した。
「マリーベルさま」
「すぐに!」
マリーベルの言葉と同時に、セバスチャンが外へ出て行った。
ここは、ゴーダムの西に位置する隣国サジタリアの交易都市ビビップで、マリーベルたちは今日の午前中に到着し、町の高級レストランの個室を終日貸し切りにして滞在していたのだった。
さすがに宿泊は宿屋に移動する予定だったが、それまでは食事やお茶がすぐに手配できるレストランが滞在に最適だったのだ。
マリーベルが改めてジョシーを宥めていると、やがてセバスチャンが戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労さま。あったのね」
「はい。ゴーグリムの山中で目撃されたゴーレムの捜索という内容で、捕獲した場合には金貨30枚の報酬、現在の居場所の情報だけでも金貨1枚の報酬とありました」
「依頼主の情報は?」
「バルザック商会でございます」
「な……どうして!?」
今度の情報は、さすがのマリーベルでも予想外だったらしい。
「大方、ギルドマスターから情報が漏れてたんだろう。あいつなら充分あり得る」
エリックが吐き捨てるように言った。
「そうね……迂闊だった。私のミスね、これは」
わざわざゴーレムのことを事前にギルドマスターに話す必要はなかった、と気づいたところで今更どうしようもなかった。
それにギルドマスターでなくとも、あの依頼に参加した冒険者なら知っている情報だ。
遅かれ早かれ情報は漏れる運命だったのだ。
それでも、マリーベルがそこまで興味を持っていることを、知られないよう振る舞うことは出来たはずだった。
その点だけは、やはりマリーベルの失態だったと言える。
「ジョシー、カル。さっき話したこと、わかったわね」
「はい、母上」
「はい、お母さま」
まだジョシーの方は納得できていない表情だが、少なくとも表面上は受け入れた。
「エリック、後は頼んだわよ」
マリーベルがエリックに向き直って、言い含めるように伝える。
「ああ、ただ言われたこと以外は自由にさせてもらう」
「ええ、それで充分よ」
「あの、ボクは……」
ノックノックが恐る恐る尋ねる。
「お前は坊ちゃん嬢ちゃんの世話係兼護衛だ。しっかりやれよ」
マリーベルではなくエリックが食い気味に答えた。
「は、はい」
それ以外になんと答えたらよいのか、ノックノックには皆目わからなかった。
マリーベルはもう一度、膝をついてカルとジョシーをしっかり抱きしめた。
数十秒――。
あるいは、一分近くも。
やがて、すっと立ち上がると一声。
「セバスチャン!」
「はい、マリーベルさま」
そのままレストランの個室を出て行った二人は、二度と戻って来ることはなかった。





