EP.35 ギュスターヴ・バルザック
オクスフォルド連邦の中央やや西寄りにある小国家ゴーダム。
その東南部に位置するゴーデールが、ゴーダムの首都であり政治と文化の中枢だった。
ゴーダムの国家運営は、評議員5人で構成される評議会が担っており、各評議員には、旧王宮内に個別に区画が割り振られていた。
かつては王政だったゴーダムも、オクスフォルド連邦への編入にあたって体制を一新。
王族自体は形式上存在しているが、既に権力は剥奪され、評議会がそれに取って代わっているのだった。
*
「あの女はまだ見つからんのか! 騎士団はいったい何をしているのだ!」
辺り構わず物を投げつけ、喚き散らしているのは、ギュスターヴ・バルザック評議員。
ゴーグリムのギルドマスターだった故オンドレイ・バルザックの実兄だった。
彼は激昂すると手が付けられない一方で、平時は極めて思慮深く有能な男だった。
したがって、その両面を知る者の間では、まるで二つの別な人格がひとりの人間に宿っているようだと噂されていた。
「閣下、ご報告です」
秘書のクロムウェルが執務室の入口に立って叫んだ。
バルザックの執務室にはドアがなかった。
いちいちノックをしたりドアを開け閉めするのは無駄だ、というのがバルザックの持論なのだった。
何事も風通しをよくするのが肝心だ、とも常々言っていた。
「なんだ、あの女が見つかったのか」
どうせ今度も違うのだろうと決めつけながらも、一応尋ねるバルザック。
「はい。祖父母の家があるゴーギャンヌに潜伏しているとの情報です」
「祖父母の家だと? そんな基本中の基本をなぜ今まで見過ごしていたんだ!」
「それが……書面上の家名が変わっていたため、見落としていたようです」
「家名? なんだ、褫爵でもされていたのか」
「はい。それで現在はエルドリッチという家名になっていたようです」
「エルドリッチ? なんだその薄気味の悪い家名は」
「……とにかく、ようやくサザビート夫人の所在が掴めましたので、騎士団に身柄の確保を命じる書類にサインをお願いいたします」
「寄越せっ!」
バルザックはクロムウェルの手から書類をひったくり、デスクの上で雑にサインをして判を押すと、そのままクロムウェルの胸元に乱暴に突き返す。
「これで確実に捕まえろ! 今度こそ失敗は許さん! いいな!」
「畏まりました」
両手で胸の書類を押さえたまま、直立不動で浅く敬礼をすると、クロムウェルは自分のデスクの方へ戻っていった。
「よぉし、これでようやくあの女の顔が拝めるわけだ。フハハハ、目にもの見せてくれる」
陰湿な笑顔をへばりつかせたまま、窓の外を眺めるバルザック。
サザビート商会は現在、バルザック商会としてゴーダム三大商会の地位を維持していた。
かの帳簿係は軽微な処分にして、そのままバルザック商会の帳簿係を任せていた。
これにより、サザビート商会での販路や顧客、店舗などもほぼそのまま引き継ぐことに成功していたのだった。
弟のオンドレイとはそれほど兄弟仲が良いわけではなかった。
専ら腕力に傾倒していた弟の粗野で単純な性格を、ギュスターヴは忌み嫌っていた。
だが、お互いにたったひとりの兄弟だった。
両親を成人前に亡くしてから、良くも悪くも協力し合って生きてきた。
兄は弟の仕事や人脈作りをバックアップしてやり、弟は兄のボディガード的な役割をこなしながら一方で冒険者としても稼いでいた。
やがて、金稼ぎは兄の方が得意になり、弟は冒険者としての栄誉を求めてゴーグリムへ活動拠点を移した。
30代半ばにさしかかった頃、兄は当時の評議員の秘書となり、弟は冒険者を引退した。
兄は弟のために評議員に口を効いてもらって、ゴーグリムのギルド職員の口を世話してやった。
その時は、まさか弟がギルドマスターにまで昇りつめるとは思ってもいなかった。
こうして二人ともある程度の地位を手に入れた時、お互いに最大限利用し合うことで、かつてないほどの緊密な関係性を築いたのだった。
その弟がある日突然、惨たらしく殺された。
犯人は物盗りの可能性大、とされたがそんなことは信じなかった。
おそらくは死の直前に書かれたであろう書簡が、バルザック兄の元に届いたのだ。
それには目の上のたんこぶだった盗賊団をやっと討伐し解体できたこと。
首謀者のドレイクを無事亡き者にしたこと。
潜入させたスパイも処分したこと。
回収した盗品を換金すれば相当な額になること。
討伐依頼の報酬はサザビート商会が半分以上負担したことで、ホクホクなこと。
などが興奮した筆致で書かれていた。
更に、サザビート商会のマリーベルという女が、なにやらギルド内部を探っているらしいとも書かれていた。
あの女が何か企んでいるに違いない。
その企みを暴いて、逆にサザビート商会から金をせしめてやる、とも。
そして最後にもうひとつ、気になる記述があった。
盗賊団が怪しげなゴーレムを使役していたという話を聞いた。
ゴーレムについて詳しい情報があれば送ってほしい、と。
さっきの命令書であの女が捕まれば、弟の仇はとったも同然だった。
となると、残るは――。
「ゴーレム……か」
バルザックは自分のデスクの椅子に座ると、引き出しから密輸品の葉巻を取り出した。
先端をカットして無造作に咥えると、指先から火を出して着火する。
弟に教えてもらった唯一の魔法が、火属性魔法だった。
魔法禁止令で国民の魔法は厳しく制限されているのだが、誰も見ていなければ何もしていないのと同じであるというのがバルザックの持論だった。
尚、冒険者登録をしている者が依頼達成のために魔法を使用することは、ギルド規定の例外措置により特別に認められていた。
フローレンスが姿を消した200年前から徐々に広がっていった魔法忌避の考えは、今やゴーダムを越えてオクスフォルド連邦全体を支配しているのだった。
バルザックは煙を口の中に含みながら味わう。
その表情には計算高い策士の笑みが浮かんでいた。





