EP.34 束の間の休息
マリーベル一行は、ゴーダム西部にあるゴーギャンヌに入った。
ここにある、マリーベルの祖父母の家を訪ねるためであった。
サザビート商会解体の噂は既に届いていたが、孫娘の久しぶりの訪問であり、尚且つひ孫連れということで大いに歓迎された。
「ごめんなさい、おじい様、おばあ様。こんな時に……」
マリーベル自身が、罪人として手配されていることを踏まえた謝罪であった。
「気にすることはない。ここはお前の家も同然じゃ。なあシャル」
祖父のレイモンドが、祖母シャーロットに合意を求めると、シャーロットも笑顔で頷く。
「もちろんよ。何があったって私たちはあなたの味方よ」
「ありがとうございます。おじい様、おばあ様」
マリーベルはうっすらと涙を浮かべて頭を下げた。
これから迷惑をかけるであろうことがほぼ確実なのが、心苦しかった。
「それじゃあ、もうカルやジョシーと遊んでもよいかの?」
「あなた!」
「別にいいじゃろ、カルが生まれた時以来のひ孫なんじゃ。もう我慢できんわい」
そう言うと、レイモンドはひとり椅子から立ち上がって隣室へ行ってしまった。
「ごめんなさいね。でも、あなたたちが来てくれて嬉しくて仕方がないのよ」
「こちらこそ、ロクにご挨拶にも伺わず、申し訳ありませんでした」
「マリー。そんなに堅苦しくしないで。昔みたいに話して頂戴」
「……はい、おばあ様」
マリーベルが祖父母に会うのは長男のカルが生まれた時以来なので、実に10年ぶりだった。
少しでも役に立てばと、出産のタイミングに合わせて、祖父母の方からゴーグリムの屋敷までわざわざ来てくれたのだった。
初めての出産・育児の間、ずっと傍にいてくれたことで、マリーベルがどれだけ心強く、また実際に助けられたことか。
そうした深い感謝と、その後すっかりご無沙汰してしまった後ろめたさで、今回のことがなくとも、充分に居心地が悪い立場であった。
だが、100%信頼できるのは、血の繋がった祖父母だけなのだ。
幼少時に両親を失ったマリーベルを、嫁ぐまで愛情深く育ててくれた祖父母とこの家こそが――。
*
エリックは不満だった。
せっかく先の見えない不安定な逃避行が始まったと思ったら、まさかの実家引き籠り。
ここに滞在して、既に二週間が経過していた。
そして今、以前と何ら変わらぬ、子供の稽古の監督役。
そう長くは続かないのはわかっていても、内心に焦りが蓄積していく。
「やった! 初めて一本取れた!」
「お見事です、カル様」
木刀を振り上げて喜ぶカルに、頭を下げて敬意を表するノックノック。
まさかこんなに早くCランク冒険者のノックノックから一本取るとは、エリックにも予想外だった。
「ねえ、見てくれた? ひいおじい様!」
屋敷の中から見守っていたレイモンドにカルが手を振ると、レイモンドがだらしない顔で何度も頷きながら頭の上で拍手をしてみせる。
それを見てまた大喜びするカル。
実際、ノックノックと稽古をするようになってから、カルは急激に腕を上げた。
エリックとは力の差がありすぎて、軽くあしらうような立ち合いになっていたため、なかなか上達のきっかけが掴めなかったのかもしれない。
あるいはノックノックの方が、育成や指導面での適性があったのかもしれない。
いつか、自分からも一本取るような日が来るのだろうか、と一瞬エリックは想像してみたが、全く現実味がなかったのですぐに記憶から消し去った。
そういえば、自分はまだセバスチャンに一泡吹かせたことがなかった、という事実を思い出してやや機嫌が悪くなるのだった。
あの盗賊団にいたライナスという男は、そのセバスチャンに勝ったという。
どう想像してみても、そんなことがあり得るとは思えなかった。
セバスチャンが謙遜して、より強い人間もいるということを教えたかったのだろうと、エリックは解釈することにした。
そのセバスチャンの姿を最近あまり見かけない。
マリーベルの指示で動いているのだろうが、肝心のご主人様を放置してあちこち動き回るのは、あまり利口なこととは思えなかった。
一応、この屋敷にも専属の護衛はいるが、エリックの見立てではお飾り程度の腕前。
あれではなにかあった時、ものの役に立たんな、とエリックは思っていた。
*
「できた! できたよ、お母さま」
ジョシーが満面の笑みでマリーベルに抱きつくと、マリーベルも優しく抱きとめる。
祖父母宅へ来てから、マリーベルはジョシーに錬金術を少しずつ教えていた。
下級魔法も一通り扱えるジョシーなら、大丈夫と考えたのだ。
そして、その判断は正しかった。
「すごいわジョシー。あなたはやっぱり天才よ」
ジョシーが今しがた完成させたのは「熱の魔法石」だった。
魔法石自体も錬金術で作成するのだが、今回はマリーベルが作ったものに、ジョシーが火魔法で熱をチャージしたのだった。
「熱の魔法石」は寒冷地で暖を取るのに使ったり、水に入れてお湯にしたり、体調の悪い人に使ったりと、用途の広い魔道具だった。
「えへへへ。ジョシーはフローレンスさまみたいな大賢者になるの」
「ジョシーならきっとなれるわ」
「はい、お母さま! ジョシー頑張る!」
その時、何か外の方で騒がしい気配がした。
「マリーベルさま、ご主人様がお呼びです。お嬢様も一緒にいらしてください」
屋敷のメイドがやってきて告げた。
かなり切迫した様子だったので、マリーベルたちは片付けもそこそこに、急ぎレイモンドの書斎へ向かった。
*
「マリー、来たか。ジョシーも」
「ひいおじいさま!」
ジョシーが、座っているレイモンドに飛びつく。
「おじい様、もしかして……」
「ああ、そうじゃ。今、玄関先に来ておる。安心せい。屋敷の中に入れるつもりはない」
騎士団がここにもやって来たのだった。
いずれ来るだろうとは思っていたが、予想よりも早い。
それだけ真剣に、マリーベルを捕えようとしているのだ。
「マリーベルさま、ご無事でしたか」
セバスチャンがドアを開けて入って来るなり、安心した表情でマリーベルに声をかけた。
その後ろから、エリックとノックノックとカルも入ってきた。
「今、シャルが対応しているうちに、早く準備をするのじゃ」
「はい。すみません、おじい様」
「いいから早く!」
レイモンドの切羽詰まった声に、事態の深刻さを改めて自覚したマリーベル。
既にディアブロリッチの家名を剥奪された祖父母。
現在のエルドリッチになってからは、かつての名声も権威も完全に失われていた。
降りかかる火の粉は、自分たちで何とかするしかないのだ。
「ご主人様ッ!」
先ほどのメイドが、慌てて駆け込んできた。
「いま行く」
レイモンドが立ち上がって、メイドと一緒に出ていくのをマリーベルは申し訳ない気持ちで見送ると、キッと引き締まった表情に戻った。
「行きましょう」
このような時のために、いつでも出かけられるよう荷造りは完了していた。
そしてもちろん、全員その心づもりはできていた。





