EP.33 大賢者フローレンス
やはりこのジャバ村はただの村ではなかった。
その夜の宴の席で、リザードマンの砦以上の歓迎を受けたのは言うまでもないが、見せられたものが常軌を逸していたのだ。
魔法で創り出した色とりどりの花火。
魔法を組み入れた武芸(剣・槍・格闘)の型の披露。
魔法を使った10人ほどによる見事な演舞。
そしてハ〇ー〇ッ〇ー顔負けの魔法による模擬戦。
立て続けに目の前で披露され、驚愕と感嘆と畏怖に囚われた豪たち。
特にライナスは、魔法を使った格闘に異様に興味を示していた。
「どうですかな。楽しんでいただけましたか」
老人、もとい村の長老であり村長でもあるロレンツォが得意気に尋ねる。
「素晴らしいですね。感服しました」
ライナスがそつなく答える。
もちろん本心からであった。
ロレンツォや村人たちにしても、自分達が受け継ぎ、そして修練してきたものの成果を見てもらいたかったのだろう。
ライナスの言葉を聞いて、満足げに何度も頷くロレンツォ。
「では最後に、とっておきをお見せしましょう」
ロレンツォがそう言うと、待機していたらしい村人に目で合図をした。
広場の中央に、三人の村人が向かい合わせになって座り、詠唱を始めるとその周囲に大きな魔法陣が展開された。
ほどなく、三人の頭上に何かが映し出された――。
(マジかよ……こんなの、まさか……ありえない)
豪が絶句したのも無理はない。
音声付きの完全な映像が、空中に再現されたのだ。
*
「魔法は決して悪いものじゃないわ。もし悪用されたならそれは使う人間の問題」
落ち着いた口調だが、揺るぎない意思と自信に満ち溢れている。
見た目アラサーくらいの、長い黒髪の女性だった。
艶々のストレートヘアが美しく揺れる。
「だから魔法を禁止するなんて馬鹿げているし、魔法使いを迫害するのも間違ってる」
真剣そのものの表情、語気からは明らかに怒りが感じられた。
そのようなことが過去にあったのか。
それとも、この映像を記録した時に、現在進行形で起きていたのか。
「この村は、この村だけは魔法を絶やさず、後世に伝えてほしい。それはあなたたちのためでもあるし、この世界のためでもあるの」
まっすぐに見つめる大きな瞳は黒かった。
「私はまだやらなきゃいけないことができたから、一旦町に戻るけど、この子を置いていくから、一緒にこの村を完成させて」
ここで、女性の後ろにゴーレムの姿が映った。
(オレだ……)
間違いなく、豪のゴーレムだった。
ただ、新品のように真新しく輝いていた。
色もほぼ真っ白。
今の薄汚れた灰色ではなかった。
「この村は、人間の可能性の象徴になるの。希望そのものよ。人は魔法で何ができるのか。それを自分たちで考えて、試して、新しい世代に受け継いでいって。それがあなたたちを、この村を、この世界を救うことになるわ。きっと」
なんだか大袈裟すぎないか、と豪は思ったがもちろんお口にチャック。
そもそも発声機能はないのだが。
「私は、フローレンス・ミネルバ・ディアブロリッチ。おそらく三人目の大賢者になった者よ。大賢者の使命を果たすために、しばらく留守にします。いつか必ず戻って来るので、それまで待っててください。ヴァレーテ!」
笑顔で手を振るフローレンス。
後ろでゴーレムの周りに当時の村人と思われる人たちが大勢集まってきて、映像に映り込もうと押し合いへし合いしていた。
*
映像はそこで終わった。
(今のが――大賢者フローレンスなのか。わっか!)
200年前の人というから勝手に老人のイメージだったが、よく考えたらそれは今の姿のイメージであって200年前ならもちろん若かったに違いない。
そもそも200年てw
長寿にもほどがあるだろ。
「ワシらは新しい年の最初の日に、必ずこれを皆で見るのです。そしてフローレンス様への感謝と、その教えをまた一年守り続けていこうと、心を新たにするのです」
ロレンツォは誇らしげに語った。
それが200年続けてきた村の伝統、ということになる。
なかなかできることではない、と豪は感心しきり。
「ンフフ」
ロレンツォが何やら堪えきれずに笑った様子だったが、あえてスルー。
「これは本当にあったことの記録なのか?」
驚き過ぎて固まっていたライナスが、ようやく言葉を発した。
「そうです。200年前に実際にあったことです。フローレンス様が、偉大なる魔法でその様子をあの勾玉に記録したのです」
ロレンツォが指差したのは、向かい合わせに座った三人の真ん中に置かれた勾玉だった。
「あの動く絵を出すのに相当な魔力が必要なので、三人でやっております」
「それで、さっきの女性が大賢者なのか」
「はい。偉大なる大賢者フローレンス様その人です」
「若いな」
ライナスの感想が全く同じだったので、思わずほくそ笑む豪。
「ええ、大賢者フローレンス様は若くてお美しく聡明で、誰にでも優しくしてくださる、素晴らしい方でした」
まるで直接見知っているかのように語るロレンツォ。
おそらくその情報も代々受け継がれてきたのに違いない。
これはもう宗教といってもいいレベルだな、と豪は理解した。
そこへ、また別の村人がロレンツォの近くにやってきた。
よく見ると顔が似ている。
親子、いやじじいと孫かもしれない。
豪は聞き耳を立てて集中する。
「それで父上、いかがでしたか」
やっぱ親子だったー!
「うむ。問題ない」
ロレンツォが言うやいなや、息子は他の村人たちに向かって大きく叫んだ。
「みんなーッ! 本物だぞぉーッ!!」
「おおおおおおッ!!!」
「わあああああッ!!!」
またもや大歓声の嵐。
えーっと、どういうこと?
なにか、オレたち試されていたのかな。
思わずライナスの方を見ると、向こうも困惑の表情でこちらを見ていた。
キュッ。
ライナスの肩のウサ子だけは、なぜか堂々としていた。
「村長、どういうことだ?」
たまらずライナスがロレンツォに尋ねる。
「これは大変失礼をいたしました使者様。実は、あの大賢者フローレンス様の記録が見えるかどうか、確認させていただいたのでございます」
ライナスがよくわからないという顔で黙っていると、ロレンツォが続ける。
「あの記録は、大賢者フローレンス様に縁のある者にしか見えないし、聞こえないのです」
なるほど、そういうことか。
豪と同時にライナスも理解したらしい。
「それと、実は村の前でお待ち申し上げていた時も……」
(まだなにかやってたのか!?)
豪のツッコミもさらりと無視するロレンツォ。
この村長、かなりやり手だぞと豪は確信した。
「あれがなんだったんだ?」
ライナスが聞いてくれて助かる。
「実は村の周囲には二重の結界が張ってあるのです。ひとつは村の周囲1キロに魔物除けの結界を。そして村のすぐ近くに大賢者フローレンス様由来の防御結界です」
魔物除けはわかるが、もうひとつはなんなのだ?
「つまり村の者か、大賢者フローレンス様の関係者か、いずれかしか入ることは叶いません」
なんとまぁご丁寧に、大層念入りな防衛体制だな、おい。
「しかしオレは……」
ライナスが腑に落ちない様子で言いかけたが、ロレンツォが続ける。
「ただ、防御結界の方はこれまでその効果が確認できておりませんでした。なにしろ、この200年の間、村の外から来た人間などいなかったのですから」
ふーん、っておい!
ちょっとこの村の遺伝子がどうなっているか心配になる豪。
それとも最初はもっと人数が多かったのだろうか。
「ですが、それもこれも、全て確認することができました。あの記録が見えたのであれば、最終確認も合格なのですじゃ。本当に勝手なことをして申し訳ありませぬ」
途中で思わず普段の言葉遣いが溢れてしまったロレンツォ、かわいい。
「よくわからんが、身元確認は済んだ、ということだな」
「重ね重ねの御無礼、心よりお詫び申し上げます。その代わりと言ってはなんですが、いつまでもここにご滞在くださって構いません。もちろん家も、食事も、すべてこちらでご用意させていただきます」
なんとまぁ至れり尽くせりの好待遇。
(ライナス……)
「わかった。せっかくだからしばらく世話になろう。よろしく頼む」
「おお、そうですかそうですか。これ、キケ! 使者様たちの宿の準備を」
「わかりました父上! あ、ロレンツォの息子のエンリケです。村民一同、皆さまを心から歓迎いたします。どうぞゆっくりご滞在ください」
深々と頭を下げると、さっと村の奥へ走り去った。
豪はまたワンテンポ遅れて気がついた。
この息子の言葉もわかるぞ?
「共感」持ちがいったい何人いるんだ、この村は!?
「良い息子さんだ」
驚く豪の横で、ライナスはロレンツォと話を続ける。
「いいえ、まだまだ修行中の未熟者です」
「そう言えば、彼はあの魔法を使った格闘を披露してたな。できればオレにも教えてほしいんだが」
「おお、あれに興味がありますか! では明日にでも早速」
息子の技を認められてよほど嬉しかったのか、今までで一番の笑顔を見せるロレンツォ。
長いアゴヒゲを撫でながらホッホッホとご機嫌だ。
(随分やる気になったじゃないか)
「あんなのを見せられたら当たり前だ。お前もどうせ何か考えてるんだろ」
(ははは)
さすがライナス、侮れじ。
こうして、オレたち三人はこのジャバ村に滞在することになった。
今宵は青い月が一段と美しく輝いていた――。





