EP.30 運命の歯車
「師匠、あとはオレがやっておくから、先に戻ってくれ」
「わかりました。では任せます。くれぐれも無茶はしないように」
「もうだいぶしてるだろ、二人とも」
「これ以上は、という意味です」
「はいはい。もういいから行ってくれ。ノックノックが重圧で死んじまうぞ」
「それは困りますね。ではお先に」
言うなりビュンと姿を消すセバスチャン。
「ふぅ。やっとお目付け役がいなくなったぜ」
一息ついたエリックが、塀の向こうの立派な豪邸に目をやる。
申し訳程度の灯りはあるものの、人が起きた気配はない。
明日の朝には、騒ぎになるだろう。
セバスチャンと共に領主を尋問した後で縛り上げ、証拠類の一切合切を、ついさっきマリーベルたちの元へ向かったセバスチャンに預けたのだった。
信頼のおける人物へ預けて、法の裁きを受けさせるのが目的だが、残念ながらこのゴーダムの中でそれに値する人物は数えるほどしかいなかった。
おそらくマリーベルが向かう先にその人物がいるのだろう。
エリックはセバスチャンとは違い、サザビート家にもマリーベル個人にもできるだけ肩入れせず、あくまで仕事上の関係であるとして、個人的感情を持たないよう心がけてきた。
冒険者を辞めたあと、エリックはサザビート商会の警護に雇われた。
ギルドからも是非職員にと誘われていたのだが、報酬が圧倒的に違ったのと、一か所に留まっているよりあちこち移動した方が面白そうだという理由で、サザビート商会を選んだ。
キャスパーの首都招集にも本来であれば同行するはずだったが、ベニーに斬られた傷が完治していなかったため、他のA級冒険者に任せたのだ。
しかしキャスパーがあのような結果となり、エリックは忸怩たる思いを深く抱え込むことになってしまった。
そこへ今回の出来事だ。
エリックにとって、鬱積したものを発散する絶好の機会だった。
サザビート商会があんなことになったのは本当に残念だし、エリック自身責任の一端を担っている自覚があったので、尚更今度こそ役に立たなければとも思っていた。
久しぶりにセバスチャンと一緒に荒仕事ができたのも、純粋に楽しかった。
セバスチャンとはサザビート商会に雇われてからの関係だったが、そのありえないほどの身体能力と洗練された動きに心酔し、勝手に弟子入りして手ほどきを受けるようになった。
そのせいもあって、以降はサザビート邸に入り浸るようになり、やがて住み込みを認めてもらったのだった。
もっと早くセバスチャンに弟子入りできていれば、冒険者としてSランクに到達できたかもしれないという思いが強くなったのも、それからだった。
年齢的なものと、パーティの仲間を失った失意から冒険者を引退したのは、もしかすると早計だったかもしれない。
こうした思いが、エリックの胸の奥でずっと燻り続けていたのだ。
ドレイク盗賊団討伐と今回の事件を経て、明らかに流れが変わったのをエリックは感じていた。
安定した生活から一転して、先の読めない逃避行へ。
「面白くなってきた」
そう呟くと、残った仕事を片付けるために動き出した。
*
「ただいま戻りました。例のモノはこちらですマリーベルさま」
突然馬車のドアが開いて、上半身だけを中に入れたセバスチャンが、そこそこ大きな荷物をマリーベルに手渡した。
結構な速度で走行中の馬車に、音も無く飛び乗ってきたこの燕尾服の紳士の行動には、いつも驚かされるノックノック。
今も目を丸くして凝視してしまっていた。
ジョセフィーヌとカルヴィンは、マリーベルの両側から膝枕でとっくに夢の中。
「ご苦労様。エリックは?」
「屋敷に戻って、可能な限り対応してくれるはずです」
「それで満足してくれるかしら」
「そこは一応、釘を刺しておきました」
「ウフフフ」
静かに笑っているマリーベルを見て、ノックノックは再び恐ろしくなった。
何をどこまで考えているのか、まるで見当がつかない。
見せている表情がどこまで本当なのかも、全く読めなかった。
セバスチャンもエリックもいろんな意味でバケモノ級だが、一番怖いのはマリーベルだとノックノックは認識を改めたのだった。
「では私は前におります。おやすみなさいませ」
セバスチャンはドアを閉めると、御者台へ移動して御者の隣に座った。
途中で御者と交替して、夜通し走り続けるためだ。
「あなたも少し休みなさい」
マリーベルがノックノックを見つめながら言った。
さっきまでとはまるで別人のように、柔らかい表情になっていた。
こちらが普段のマリーベルなのだった。
「はい。マリーベルさまもどうかお休みください」
そう言ってノックノックは目を閉じ、座席に背中を預けた。
貴族との会話には、まだまだ慣れないノックノックだったが、言葉や口調については驚くほど寛容なサザビート家だったので、萎縮することなく話すことができた。
二人の子供がいることも、関係があったのかもしれない。
ノックノックは二人の子供のお兄さん的存在兼、カルヴィンの剣術の稽古相手として、早々と居場所を見つけ、サザビート家に馴染んだのだった。
なぜ自分が生き残って、敵方とも言えるサザビート家に迎えられることになったのか。
そして今、サザビート家崩壊の危機に立ち会うことになったのか。
ノックノックは、どこまでも安住を許されない己の運命に思いを馳せた。
決して心地よいとは言えない馬車の揺れ。
そして二頭の馬が駆ける蹄の音と、車輪が回る音。
急にやってきた眠気に抗うため、目を開けて窓の外をちらりと見ると、パックが斜め後ろを飛んでいるのが見えた。
それで安心したノックノックは、ようやく眠りに落ちていった。
この翌日、サザビート商会は正式に商業ギルドから営業停止を申し渡され、商会の全ての資産はギルドの管理下になる旨が公表された。





