EP.29 月夜の砦
「なかなか壮大な話になってきたな。ちょっとオレには想像もできん」
ここまでの長老との話を、ライナスに聞かせた感想だった。
豪自身、似たような気持ちだったのでよくわかる。
キュー。
「そうか、お前もそう思うかウサ子」
(いやいや、ウサ子にはさすがにわからないだろう)
「そんなことはない。ウサ子は賢い」
(賢いたってなぁ、それは動物とか魔物の基準での話だろ)
「イヤ……ソウ、デ……モ、ナイ」
長老が豪の考えを即座に否定した。
即座というには、ややしゃべりが遅すぎたけれども。
(そうか、あんたがいたか。魔物でも賢者になれるっていう生き証人が……)
「ウサ子も賢者になれるのか?」
キュー。
(お前ら飛躍にもほどがあるぞ。長老、賢者になるのに何年かかったんだ?)
「ン……サン、ネン……ト……ヒャク、ネン」
(は? なんだその半端な年数は)
「フロ……レンス、サマ……ニ、サン、ネン……ジ、ブン……デ……ヒャク、ネン」
(……気が遠くなるな。ってか普通に寿命尽きるわ)
「ウサ子の寿命は何年なんだ?」
(ライナス、お前そんなこと聞いてどうするんだよ)
「賢者になれるかどうかが知りたい」
(無理だっつーの)
「マ、モノ……ジュ、ミョウ……ハ、マリョ、ク……シ……ダイ」
(なに!? そうなのか?)
「それならオレの魔力で寿命が延びるかもしれない」
(いや、お前の寿命自体、長くてあと40年もないだろうが)
ライナスにツッコミを入れてから、豪は時間差で気がついた。
(お前も長老の言葉がわかるのか?)
「ああ、普通にわかるぞ」
(え、あんなに聞き取り辛い、カタコトなのによくわかるな)
「何を言ってるんだゴウ。長老様に失礼だぞ」
いつの間にか「様」までつけているライナス。
もしかして、ウサギだけじゃなくトカゲも好きなのか?
(長老、どういうことなんだ?)
「コノ、オ……トコ、ニ……ハ、コノ、オ……トコ、ノ……コト、バ。オ……マエ、ニ……ハ、オ……マエ、ノ……コト、バ」
(ちょっと待ってくれ、よくわからん。えーと……)
「オレにはオレの国の言葉で聞こえるし、豪には豪の国の言葉で聞こえるんだ」
ナイス、通訳ライナス!
(あー、魔法で翻訳して聞かせてるからそうなるのか。なるほど。でもなんでオレのだけそんなカタコトになるんだよ)
すると長老がライナスに顔を寄せて耳打ちした。
「豪の国の言葉が難しすぎるのだと、前に説明したはずだと言っているぞ。難解言語の翻訳は魔力消費が激しいから、長老様の負担も相当なものだと……」
かつてないほどのライナスの長ゼリフ。
伝言係になると饒舌になるのだろうか。
(いや、そういや聞いたな。なんか色々すまん)
異世界でも難解言語指定されるとは、さすが日本語。
それで長老はライナスを経由することで、魔力消費を抑えることにしたらしい。
それはつまり豪には聞こえないように内緒話をするということだった。
リザードマンにも会話を避けられるゴーレム。
世知辛いなぁと、現実を噛みしめる豪だった。
*
長老が是非にと粘るので、リザードマンの村へお邪魔することになった。
村は湖の中かと思って身構えたが、そうではなく湖の真ん中に島があるのだった。
そこは村というよりも、もはやちょっとした城塞だった。
しかもかなり難攻不落の。
そして村へ行く時、ゴーレムについて新発見があった。
移動に際し、湖の深さがわからなかったので、とりあえずゴーレムが先行して水に入っていったのだが、水面が腰の高さまで来た時、新たな音が鳴った。
シャラ~ン。
豪が目を凝らすと、視界の右下に見慣れぬ文字列が表示されていた。
もちろん読めないので、意味は全くわからない。
だがそこで、ゴーレムが自動的に浮き上がったのだ。
どうやら、ホバーモードのような機能が搭載されていたらしい。
腰まで水に浸かると、自動的に切り替わる仕様と思われる。
(こいつぁ便利だぜ。フローレンス様最高!)
ということで、テンション爆上がりの豪がライナスとウサ子を肩に乗せて楽々と湖を渡ったのだった。
「ゴウは思った以上に便利なヤツだったんだな」
キュー。
ライナスとウサ子の言葉に得意満面の豪。
ただし、外見上はただの無表情なゴーレムだった。
(あ……!)
そして今、豪は気がついた。
魔力ゲージが残り三分の一ほどしかなくなっていることに。
*
(いつもすまん)
「気にするな。必要なことだ」
ライナスに魔力をもらってとりあえず安心。
この様子を興味深く見ていた長老が、ライナスに何か丸いものを手渡しながらまた耳打ちをした。
目の前で頻繁に耳打ちをやられるのが地味に精神を削ってくることを知った豪。
ライナスが言うには、貰ったのは丸薬で、魔力回復効果があるらしい。
これでもしもの時には、ライナスの魔力を回復できることになった。
マジックアブソーバーで魔物から奪う余裕がない時にも有用だ。
しかも3粒も。
太っ腹すぎるよ、長老!ありがとう!
「ゴウは薬が飲めないからな。仕方がない」
ライナスが最後に言った言葉は間違っていない。
だからこそ、豪には申し訳なさが残るのだった。
*
砦の中を色々と案内してもらいながら、人間以上に人間らしいリザードマンの生活空間に驚いた豪。
なんでも、知性を育てて維持するには文化的な生活が必須だ、というのがフローレンスの教えらしい。
地道にそれを守り実践し続けてきたのが、リザードマンたちなのだ。
その夜、予想通りの宴が開催された。
特にゴーレムは主賓扱いで、長老の魔法により全身に光を纏ったゴーレムが広場の中央に鎮座し、リザードマンたちがそれを囲んで延々踊るという情景が真夜中すぎまで続いた。
ウサ子は、途中からゴーレムの背中の籠の中に入って寝てしまった。
ライナスは長老とずーっと話をしていた。
つまり豪はひとりぼっちだった。
(ああ、盗賊団の時を思い出すなぁ)
仕方がないので、豪は思い出に浸っていた。
ライナスと契約するまでは、まさに今と同じ状況だったのだ。
宴がようやく終わって、リザードマンたちもそれぞれの家に戻っていくと、ライナスは長老に頭を下げて立ち上がり、ゴーレムの下へやってきた。
「どうやらこの山を下りていったところに、人間の村があるらしい」
(なに? どれくらいの距離だ?)
「普通に歩けば二日から三日だそうだ」
(近いな。リザードマンたちは今まで人間との接触はあったのか?)
「ほとんどないそうだ。森で出くわすと攻撃してくるから、極力避けているらしい」
(まあそうだよな。なんだか申し訳ないな)
魔物と見れば見境なしという人間のことを想像する豪。
「豪がそう思うのはおかしい。オレならともかく」
(ん? ああ、そうか。オレはゴーレムだもんな)
「どうした、ゴウ。いつもと少し違うな」
(なんでもない。大丈夫だ。で、行くのか。その村に)
「明日、山を下りようと思う」
(そうか。じゃあオレはウサ子と村の近くで待機するわ)
「どうしてだ? 一緒に来ないのか?」
(おいおい大丈夫か。オレはこんな見た目のゴーレムだぞ。それにウサ子は魔物だ)
「……そう……だったな」
急に現実に引き戻されたように、気落ちした様子のライナス。
村へ行きたいというのは、人間のコミュニティが懐かしくなったのかもしれない。
(気にするな。好きなだけ楽しめよ)
「ああ……」
そう言いつつも、悩んでいる様子のライナス。
(さあ、もう寝ろ。寝不足だと明日キツイぞ)
「そうだな。おやすみ、ゴウ」
ライナスは、宴の前に案内された小屋に向かうため、背を向けた。
キュッ。
その肩に、ウサ子が飛び乗った。
(なんだよ、起きてたのかよ。ウサ子もまた明日な)
キュッ。
こうして今宵も、寝ずの番のゴーレム。
砦の真ん中の広場で、空を見上げると、いつものデカくて青い月があった。





