EP.26 死者の奸計生ける虎の尾を踏む
夫キャスパーの葬儀と埋葬を終えると、マリーベルは体の芯からぐったりきてしまった。
「マリーベルさま、お疲れのところ申し訳ございません」
屋敷に戻る馬車の中で、セバスチャンが声を落として話しかけた。
「なに? もう今日は面倒な話はたくさんよ」
マリーベルはうんざりした表情でこぼす。
「監視がついているようです」
セバスチャンの言葉は、マリーベルを覚醒させるのに充分だった。
「何人? どこの者なの?」
苛立たしさを隠そうともせずに厳しく問い詰めるマリーベル。
「少なくとも4人。後ろに2人、左右に1人ずつです」
「いつから?」
「葬儀の前からです。この様子ですと、屋敷も監視されている可能性が高いです」
それはある程度はマリーベルも覚悟していたことだった。
「ジョシーとカルは?」
「前の馬車です。エリックがついています」
「そう。なら安心ね」
もしこの状況で仕掛けてくるなら、まさになりふり構わずということになるが、さすがにそこまでとは考えにくかった。
そうなればキャスパーの死までも、あれこれと詮索されるのは必定だからだ。
キャスパー・フォン・サザビートはマリーベルと結婚後、ゴーダム三大商会に名を連ねるまでに商会を発展させた時の人であった。
マリーベルが開発した魔道具の売上貢献が大きかったのは事実だが、キャスパー自身の市場開拓がちょうどうまい具合に噛み合ったことで、異例の急成長を遂げたのだった。
当然商売仇からは疎まれ、睨まれ、様々な嫌がらせや妨害工作があったのだが、それを持ち前の粘り強さでひとつひとつ対処して、商売を軌道に乗せてきたのだった。
それが首都ゴーデールへの急な招集の帰りに、魔物の襲撃に遭い、馬車ごと谷に落下して死亡したと知らされたのが一昨日の朝のことだった。
キャスパーの遺体は昨日の夕方には屋敷に到着し、何もかも慌ただしく準備が進んで、今日の昼に葬儀、そしてすぐに埋葬という段取りで無事終わらせたところだった。
疫病発生防止のため、死者は二十四時間以内に埋葬というルールがオクスフォルド連邦共通のルールになっていた。
事件・事故等の場合でも、遺族による遺体確認から二十四時間以内ということだったので、今回のようなスケジュールになったのだった。
「それで、事故の件はその後どういう状況なの?」
「はい。今夜中には報告が入る予定になっております」
「そう。ひと眠りする時間くらいはありそうね」
「是非そうなさってください」
マリーベルは目を閉じると、再び思考の海の中に身を委ねた。
*
「マリーベルさまっ! お休みのところ申し訳ございません」
寝室のドアをノックする音に続いて聞こえたのは、セバスチャンの声だった。
「どうしたの、セバスチャン」
ベッドの上で体を起こして、マリーベルが返事をする。
「騎士団が来ております!」
マリーベルは急ぎベッドから下りると、身支度を始めながら答える。
「今行きます」
本来であれば侍女が着替えを手伝うのだが、今は玄関先で騎士団を待たせておくための人柱になっているため、こちらまで来られないのだった。
「行きましょう」
ものの数分で支度を済ませ、部屋から出て来たマリーベル。
驚異的な速さだった。
セバスチャンと共に玄関先まで行くと、マリーベルは鷹揚に構えて騎士団に挨拶をする。
「こんなに遅くまでご苦労さまです。今宵はどのような御用件でしょうか」
「マリーベル・サザビートだな。反逆罪で手配書が届いている。おとなしく同行してもらおう」
騎士団の男が、高圧的な態度で宣告する。
「手配書を見せていただけますか?」
「ならん! 言う通りにしなければ捕縛することになるぞ」
男が言った途端にセバスチャンの圧が急速に増大するが、男は全く意に介さなかった。
相手の気勢を読むこともできぬ程度の者たちなのだ。
「来い!」
男が強引にマリーベルの手を引いた途端、セバスチャンが動いた。
「セバスチャン!」
その瞬間、マリーベルが手を伸ばして制止する。
「子供たちを頼みます」
セバスチャンの目をじっと見つめ、穏やかな口調で告げた。
マリーベルはそれだけ言い残すと、おとなしく騎士団に連行されて行った。
そのすぐ後を追うように、男が一人動いた。
セバスチャンと目配せを交わすと、音もなく騎士団を尾行し始めた。
*
「ですからそれは全く根拠がないと言っています」
後ろ手に椅子に縛られたマリーベルが、激しく言い返す。
「しかしお前の商会がバルザックに資金を流していたのは事実だ。知らぬ存ぜぬは通用せぬぞ!」
取り調べをしているのは、騎士団の上役らしい人物だった。
サザビート商会の帳簿係だったセデックが、どうやらバルザックと繋がっていたらしいことを、マリーベルはついさっき知らされたのだった。
「帳簿は主人とセデックが管理していたのです。私は一切関知しておりません」
無駄な抵抗だとわかっていても、簡単に諦めてしまうわけにはいかなかった。
ジョシーとカルを犯罪者の子供にしてはならないのだ。
「そんな言い訳が通用すると思うな!」
バン!と机を叩いて男が立ち上がる。
果たしてこの男は、どの程度事情を理解しているのだろうか、とマリーベルは考える。
これが茶番であることを理解しているのか、それとも本当に事実だと信じているのか。
「そうやって金を絞り取られていたのを恨んでの犯行だったのだろう?」
再び冷静になった男が、座って尋問を続けた。
「バルザック様の件に関しては、私は一切何の関与もしておりません。神に誓って申し上げます」
「神ね……お前が信仰しているのはあの魔女だろう。我々の神など信じていないくせによく言う」
マリーベルはそれには反論できなかった。
図星だったからだ。
むしろ、よくぞそこまで調べ上げたものだと感心していた。
ただし、言葉の選び方を間違えたことには怒り心頭だった。
「とにかく、私はバルザック様の件とは何の関係もございません」
改めて断言するマリーベル。
だが、男はニヤリとイヤな笑いを浮かべると、別な話を切り出す。
「お前は、あのドレイク盗賊団とも繋がりがあったらしいな」
「!?」
どういう話の展開になるか、予想できてしまったマリーベルは眉間に皺を寄せる。
「盗賊団の仲間を屋敷に匿っているそうじゃないか。これはれっきとした証拠になるぞ! 盗賊団と結託してバルザックを殺したんだろう!?」
マリーベルにとってはここで盗賊団が出てくること自体が想定外だったのだが、まさかとひらめくものがあったので思わず黙ってしまった。
「そら見ろ。図星だろ。何も反論できないのがその証拠だ」
男がこれで落ちたも同然と得意になった次の瞬間――。
バンッ!!
大きな音と共にドアが蹴破られ、何者かが侵入してきた。
ドゴッ!
侵入者はそのまま男に一撃を食らわせ、一瞬で無力化する。
「マリーベルさま、お待たせしました」
「いえ、頃合いだと思っていました」
セバスチャンは、マリーベルの縄を解いてそのまま抱き上げると、すぐに移動を開始する。
「首謀者はわかったの?」
マリーベルが涼しい顔で尋ねる。
「そちらはエリックが動いております」
「そう。なら任せるわ」
真夜中の町を、婦人を抱いたまま走る執事。
その行く先は、帰るべき屋敷の方向ではなかった。
*
「ねえ、本当に今からお出かけするの?」
ジョシーがノックノックに絡む。
まだ半分寝ぼけているのだろう。
「母上は? セバスチャンもいないみたいだけど」
カルの方は、状況を理解しようと懸命に頭を働かせていた。
「マリーベルさまとセバスチャン様は、先にお出になられました」
「ええー! ジョシーたちを置いて行っちゃったの? どうして!?」
ごねるジョシーを仕方なく抱きかかえながら、カルを促すノックノック。
「行きましょう、カル様」
屋敷の裏手から、ひっそりと三人が出て行く。
真っ暗な闇の中へ。
*
馬車に乗り込んだマリーベルは、中にジョシーとカルの姿を見つけると二人を思い切り抱きしめた。
「心配させてごめんなさい。もう大丈夫よ。これから旅行に行きましょう」
有無を言わさずに馬車を走らせる。
ジョシーは思いのたけをさんざんぶちまけると、すぐに眠ってしまった。
カルも静かに聞いていたようで、やがて眠っていた。
斜向かいに座るノックノックは、ずっと落ち着かない様子でそわそわしていた。
「ご苦労様でした。ノックノック先生」
「先生はやめてください、本当に。でもマリーベルさまこそご無事でなによりです」
ノックノックは赤面しながらも、少しだけ安心した。
セバスチャンやエリックを信用していないわけではなかったが、単身で騎士団に連行されるなどという肝の座ったことをやってのけたマリーベルに驚嘆していたのだ。
「まだまだわからないわよ。これからが大変なんだから」
マリーベルが少し笑ったように見えた。
セバスチャンとエリックは後始末があるということで、別行動を取っていた。
今ここにいるのは、子供たち二人とノックノックとマリーベル。
そして御者が一名だけだった。
「絶対に許さない。ディアブロリッチ家の名にかけて、落とし前をつけるわ」
鬼気迫る表情で、微笑みながら呟いたマリーベル。
その言葉があまりに物騒だったので、ノックノックは聞こえないフリをした。





