EP.22 サザビート家
「随分急な話ね。なにかあったのかしら」
マリーベルは、夫であるキャスパーの出張の準備をしながら、尋ねた。
「さあ、どうだろう。僕にはその辺の事情はわからないなあ」
今日の午後になって急に、ゴーデールの商業ギルド本部から呼び出しがあったのだ。
このゴーグリムから首都ゴーデールまでは馬車で約三日の距離だ。
緊急招集というのは、これまでに経験がなかった。
「まぁ最近はこの町もバタバタしているから、中央の情報がすぐに入ってこないのは仕方がないけどね」
「ギルドマスターの件でしょう。あれは本当に酷い事件でしたわ」
バルザックが惨たらしい遺体で発見されたのは三日前の朝だった。
書斎の掃除に入ったメイドが第一発見者で、そのメイドはまだショックで伏せっているとの専らの噂だった。
騎士団が屋敷に到着した時、書斎から様々なものが押収され、バルザックの不正や悪事がことごとく明るみに出たことで、各組織や権力機構に対する締め付けが厳しくなると同時に、突然行方不明になる者が何人も出たため、一時的に町の機能が混乱していた。
「僕の聞き取り調査は昨日のうちにもう終わってるんだけど、もしかしたら中央の方でもう一度あるのかもしれないなあ」
のんびりと言うキャスパーの口調が、危機感が足りないようにマリーベルには思えたが、それが彼の長所でもあったので不満を呑み込んだ。
「準備できました」
サザビート家の侍女のアンナが報告に来た。
マリーベルが支度したもの以外、すべて馬車に積み終えたのだろう。
「それじゃマリー、行ってくるよ」
まだ部屋から出ないうちに出発の挨拶をするキャスパー。
マリーベルはキャスパーの荷物をアンナに預ける。
「またそうやってすぐ行こうとする。ちゃんと門まで送らせて」
マリーベルは夫の後に続く。
玄関ホールの大階段を下りながら、子供たちを呼ぶ。
「カル! ジョシー! お父様をお見送りしなさい!」
「はい母上」
「いま行きます、お母さま」
声と同時にバタバタと走る音がして、階段の上に姿を現す二人。
そのまま階段を駆け下りてくる。
「階段は静かに、と何度も言っているでしょう」
マリーベルの言葉に、大袈裟にフリーズして見せる二人。
どちらも活発で、茶目っ気たっぷりのよく似た兄妹だった。
*
「気をつけてね、あなた」
「ああ、留守を頼んだよ」
「父上、お気をつけて」
「行ってらっしゃい、お父さま」
「二人とも、仲良くして、ちゃんと勉強するんだよ」
「はい」
「はーい」
馬車が町の中を走り去るまで、見送るマリーベルと子供たち。
兄妹はいつまでもずっと手を振り続けていた。
「さ、もう屋敷に戻りましょう。二人ともお勉強の時間よ」
「はい母上」
「えー、先にお茶の時間がいい」
「あら、それも悪くないわね。アンナ、お願いできるかしら」
「畏まりました、奥様」
アンナが小走りに屋敷に戻って行く。
マリーベルは左右の手でそれぞれ兄妹の手を繋ぐと、ゆっくり歩いていった。
*
「お母さま、ゴーレムのお話、聞かせて」
「ぼくも聞きたいです、母上」
紅茶とクッキーが運ばれてくると、開口一番二人のおねだりが始まった。
「また? 昨日も一昨日もその話はしたでしょう」
実際にはマリーベルが屋敷に戻ってから、毎日せがまれては話して聞かせていた。
「だって、ジョシーはゴーレムに会いたかったの!」
特に下の子のジョセフィーヌは、ゴーレムを連れて帰るという話をうっかりしてしまったせいで、毎日ゴーレムゴーレムとうるさかった。
あまりおもちゃや人形には興味を示さない子なのに、なぜかゴーレムにだけはまだ見もしないうちからご執心なのは、母親譲りなのかもしれなかった。
一方で長男のカルヴィンは、最近上達してきた剣術の相手をしてもらおうと考えていたようで、こちらも未練がましい様子だった。
「ごめんなさい。私がもう少し慎重に計画していたら、連れて帰れたのだけれど」
実際にその通りだった。
なぜあの時、ライナスというあの男にマジックアブソーバーを使ってしまったのか。
戻ってからも、何度もそのことを考えた。
しかし、あそこで使わなければライナスに逃げられてしまっていた。
そうしたら、あのゴーレムの姿を見ることもなかったはずだ。
(ああ、あの美しい姿。ただのゴーレムじゃない。あれは私のためにフローレンス様が残してくださった特別なゴーレムに違いない。なんとしても取り戻さなければ)
執念、執着、偏愛。
今やマリーベルにとっても、あのゴーレムは忘れられない存在、必要不可欠な存在になっていた。
「母上はまだ諦めてないのですよね」
カルが期待に満ちた目で見つめてくる。
「もちろん。必ず取り返します」
所有権は既に自分のものであると、信じて疑わないマリーベル。
コンコン。
「そろそろお稽古の時間です」
ドアの外から若い男の声がした。
「はい、今行きます!」
カルが元気よく立ち上がると、部屋の隅に立てかけていた木刀を持ってドアを開けた。
バサバサバサ。
同時に部屋の中へ、白いものが飛び込んできた。
「パック!」
ジョセフィーヌが立ち上がって両手を上に上げると、その肩に灰色のフクロウがとまった。
「申し訳ございませんマリーベルさま、失礼いたします」
若い青年が慌てて部屋の中に入って来ると、ジョセフィーヌの肩のフクロウをすっと抱いて自分の肩に乗せる。
「いいのよ、気にしないで。うちの子たちはみんなパックが大好きなんだから」
マリーベルが、カップを口元から離しながら微笑む。
「ノックノック先生、早く早く!」
ドアのところで、カルヴィンが落ち着かない様子で急かす。
「はい、ただいま。それでは失礼いたしますマリーベルさま」
ノックノックはマリーベルには深く、ジョセフィーヌにも軽く、礼をするとそのままカルヴィンと合流して屋敷の庭まで走っていった。
庭で剣術の稽古をする二人を、マリーベルとジョシーがクッキーを頬張りながら眺めている。
二人が立ち合っているその奥には、冴えない表情のエリックが腕組みをして立っていた。





