EP.21 弔いと清算
3台の馬車が走り去った後のアジトは、ひっそりと静まり返っていた。
先刻までの激闘の痕跡は、倒れた遺体と、未だ燃え続ける炎だけだった。
「ぷはっ!」
仰向けに倒れていた遺体のひとつが、突然バウンドした。
息を吹き返したのだ。
大の字になったまま、ぜえぜえと荒く息をしながら徐々に呼吸を整える。
やがて、ゆっくりと上体を起こすと、周囲を見渡した。
生きている者が誰もいないのを確認すると、億劫そうに立ち上がった。
「どうにか首の皮一枚繋がったな……」
ドレイクは首の骨をポキポキ鳴らしながら、広場の炎へ近づいていった。
ドレイク自身「死んだふり」と呼んでいるスキル「ド根性」により、一度だけ体力が0にならない効果が発動していたのだ。
しかも、体力の自動回復(小)付き。
それでも深手を負った傷口から出血し続ければ、遅かれ早かれ死んでいたのだが、そこは最後の力を振り絞って、密かに回復をかけたのだった。
その直後に痛みと魔力切れで気絶していたが、ようやく目覚めたのが今。
「バカヤロウ、ほんとに燃え尽きやがって……」
燃え続ける炎の中の黒焦げを見て、詰まりかけた言葉を吐き出すドレイク。
そのまま洞窟の中の隠し部屋を確認しにいくと、幸いにも荒らされていなかった。
とっておきのぶどう酒を持って、ベニーのところへ戻る。
「よいしょっと」
地べたに胡坐をかいて座ると、そのまま瓶に口をつけてぶどう酒を飲む。
「っぷはー、うめぇ。こいつぁ最高の酒だぜ」
口の端から垂れる雫を腕で拭うと、ドレイクは炎の上からぶどう酒を注いだ。
「お前も飲め、ホラ」
ジュウウッと音がして、炎が酒を吸い込む。
ドレイクはもう一度、瓶を炎に翳してから、らっぱ飲みでぐびぐびとやる。
2本目がなくなりかけた頃、人の気配がしてドレイクは体を強張らせた。
「お頭ッ!」
「お頭ァッ!」
「無事だったんですね!」
「あ、ああ、おあああ……」
パラパラと森から出て来たのは、生き残った子分どもだった。
集まってきたのは僅か4人。
みな、どこか負傷している様子で動きがぎこちなかった。
ひとりは鼻水と涙で顔面崩壊していた。
「なんだ、おまえらも死に損なったか」
張り詰めた気を緩めて、ドレイクが座ったまま声をかける。
「ガハハハ。そこで待ってろ。一緒にやろうぜ、弔い酒だ」
ドレイクは立ち上がり、もう一度洞窟へ戻って残りのぶどう酒を全部持ち出してきた。
一人一人に1本ずつ配っていると――。
「お頭ァァァッ!」
一際よく通る声が響き渡った。
ほどなく、森の中からサジが、何かを背負いながら重苦しい足取りで出てきた。
「よお、サジ! お前も死に損なったか」
破顔したドレイクがぶどう酒の瓶を掲げる。
サジは背負ってきたケニーを降ろすと、そのまま仰向けに横たえてドレイクに頭を下げた。
「すいやせん、オイラが見つけた時にはもう……」
ドレイクは大股でケニーの傍まで来ると、おもむろにその顔にぶどう酒をかける。
「お前も飲んでから逝きやがれ」
サジは一瞬呆気に取られたが、お頭らしい送り方だと涙を浮かべる。
「お前もやれ、サジ」
持っていた瓶を、そのままサジに放り投げるドレイク。
慌ててそれを受け取るサジ。
「いただきやす」
そのままぐびぐびと飲み、人心地がついたような表情になると、大きく溜息をつきながら空を見上げた。
そして生き残った6人で炎を囲みながら、ぶどう酒を最後の一滴まで飲み干した。
*
亡くなった者たちを丁重に葬った後、ドレイクは盗賊団の解散を正式に宣言した。
そしてすぐにドレイクとサジは山を下りた。
もうすっかり日が暮れていたが、なるべく急ぐ必要があったのだ。
子分たちには、暫くアジトにいてもいいし、好きにしろと伝えていた。
もう他人だと割り切って、自分の目的だけに集中したかった。
「サジ。お前、本当にいいのか」
「水臭いっすよ、お頭。オイラはどこまでもついて行きやす」
「ならいいが、もうお頭はやめろ」
「イヤっす。お頭はお頭っす」
「お前、人前でそれを言いやがったらぶっ殺すぞ」
聞く人間によっては最悪身バレしかねないので、ドレイクは半ば本気で言った。
「合点っす。人前じゃアニキって呼びやす」
「なんだかなぁ、どっちもどっちだな」
鼻歌を歌いながら前を歩くサジ。
今日起きたことをすべて受け止めるには、まだ心の準備ができていなかった。
だからサジは、ただひたすら今を、今この時だけを感じることにしたのだ。
お頭と二人で夜の森を散歩。
それは盗賊団に入って以来、初めての経験だった。
*
その夜、バルザックはご機嫌だった。
昼すぎにマリーベルたちが戻り、ギルドで本人と『無限大』のヨシュアからそれぞれ報告を受けたのだ。
「盗賊団は壊滅、盗品もかなりの数が回収できた。ギルドの面目も立ったし、財政的にも潤った。まさに望みうる最高の結果じゃあないか! ハッハッハ!」
自宅の書斎にある豪華なソファに腰掛けて、高笑いが止まらないバルザック。
密輸品の葉巻をカットして無造作に咥えると、指先から火を出して着火する。
敷地内は魔法禁止だったが、自分の家で禁止もなにもない。
そもそも誰も見ていなければ関係ない、というのがバルザックの持論だった。
煙を口の中で転がし、鼻から長々と抜いて香りを堪能する。
バルザックにとっての至高のひと時だった。
「しかし、あのサザビートの奥方には気を付ける必要があるな。後で監視を付けるよう指示を出さねば」
あの若い間諜のことで、チクリと嫌味を言われたのが気に入らなかったのだ。
「商人風情がギルドのやり方に口を挟むなど、身の程知らずめ」
上機嫌になるほど、尊大になり悪巧みの思考を働かせるのがバルザックだった。
「ふん。兄上に封書が届けば、あんな商会などどうにでもなる」
先ほど早馬便に乗せた封書に、思いを馳せるバルザック。
彼のゴーデールに住む兄は、ゴーダムの評議員――即ち、この国の最高意思決定機関に所属する5人のうちの1人だった。
1本目の葉巻を灰皿に置いた時、バルザックはようやくその気配に気づいた。
「だ、誰だッ!?」
うろたえながらもそれを悟られまいと必死に虚勢を張るバルザック。
しかし既にその首筋には、冷たい刃物が当てられていた。
「ま、待て。やめろ。私が誰だか知っているのか。こんなことをしてタダじゃすまんぞ」
なんとか背後にいる人物を確認しようとするが、刃物が怖くて首を動かせない。
「最後の葉巻はうまかったか」
聞き覚えのある声が、耳元で囁いた。
「だ、誰だキサマッ!?」
「まさか忘れたなんて言わねえよな、バルザック」
低く響くそのしわがれ声は、確かに聞き覚えがあった。
だがしかし、それはありえないことだった。
「な、なにかの間違いだ。そんなはずはない」
自分で自分の発する言葉がうまく制御できない。
思ったことをそのまま垂れ流しているような気がした。
「残念ながら現実だ」
間違いなかった。
忘れもしない、あの男の声だ。
「ち、違う。違うんだ。あれはオレとは関係ない。全部あのサザビートの女がやったことなんだ。オレは頼まれてちょっと協力しただけなんだ。本当だ嘘じゃない」
だが、ドレイクは知っていた。
この男が嘘じゃないと言った時、それは間違いなく嘘だった。
「なぜあんなつまらねえ真似をしたんだ」
「な、なに? なんのことだ? あの男のことか? アレはお前にじゃない。ホセの時にヤツの動向を探るために送ったんだ。お前がターゲットじゃなかったんだ」
「なるほど、そういうことだったのか」
ドレイクは元々、パーティのリーダーだったホセを探して山に入った。
そこで山賊に成り果てたホセを見て、自分が改心させようと仲間になったフリをしたのだが、それから半年後の山賊狩りでホセが死に、生き延びた仲間をまとめる立場になってしまったので、苦し紛れに結成したのがドレイク盗賊団だったのだ。
「それで、ホセにはどんな罠を仕掛けたんだ?」
「オ、オレは何もしていない。いや、何も知らないんだ。本当だ嘘じゃない」
ピッ。
首筋を薄く皮一枚、真横に切ると血がうっすら滲んで、端から一筋零れ落ちた。
「ひっ! やめろ! やめてくれ! 話す、なんでも話す、全部話すから!」
血が首筋を流れ落ちる感触に、とうとう観念したバルザック。
「ホセに殺人の罪を被せたのはお前だな」
「は、はい。あの時は仕方なかったんだ……あれは……」
「うるさい、黙れ。聞かれたこと以外しゃべるな」
「山賊狩りをやらせたのもお前だな」
「はい。でもお前がいるとは思わなかったんだ。本当だ」
「二度も言わせるなよ」
「…………」
「今回のこともお前だな」
「…………」
ピッ。
今度は先端を1ミリほど突き刺す。
「イッ……そうですそうです! 私が指示しました。でもサザビートの女も同罪です!」
ほとんど痙攣に近い震え方で硬直しながら、白状するバルザック。
「もういい。もっと早くこうするんだった」
ザァァァッ!
シャワーのように血が飛び散りながら、バルザックの体だけが俯せに倒れ込む。
その頭はドレイクの腕の中だった。
ポンとその辺の床の上に頭を放り投げると、退屈そうな表情のまま、窓から外へ出る。
真っ暗な裏庭側に出たドレイクは、腰を低くしながら隣接する林の中へ。
林に入ると、背筋を伸ばし早足に歩きだした。
どこからともなく、もう一人、背の低い男が現れてその後に続いた。





