EP.20 マリーベルとゴーレム
求めていた対象が、突然目の前に現れた。
驚愕と歓喜の二重奏で舞い上がらんばかりのマリーベル。
今この時、二対一の数的不利になっていることなど思考の外に飛んでしまうほどに。
(こんなことなら、マジックアブソーバーを温存しておくんだった!)
同時に激しい後悔が湧き上がる。
よりにもよって対ゴーレム用にと必死に間に合わせた魔道具を、こんな男のために使ってしまうなんて。
しかも今はセバスチャンがいない。
(!! いけない、このままでは……)
ようやく自分の置かれた状況を正しく認識したマリーベルは、美しく整った顔を歪めた。
なんとかして、このロープを一旦回収して再度使えるようにしなくては。
ロープをギュッと握りしめ、忙しく頭を働かせながらも、ゴーレムを隅から隅まで観察するマリーベルだった。
*
(おい、大丈夫か)
豪はライナスの縄を解こうと、ゴツい手を伸ばす。
「やめろ! 触るな!」
ライナスが鋭く拒絶する。
マリーベルが怪訝そうにこちらの様子を窺っているのが気になったが、それどころではなかった。
(なんだよ、急に大声出して。その縄解かなきゃ)
「これは魔力を吸い取るんだ。お前が触ったらダメだ」
ライナスが青白い顔をしながらも、声を落として警告してきた。
(魔力を吸い取るだって? なんだそのチートアイテムは)
「チ……なに?」
(いや、すまん。反則アイテムって意味だ。それでお前、ぐったりしてるのか)
「一時的な魔力切れみたいなものだ」
(魔力切れ……)
豪は自分の初期状態を思い出してゾッとする。
このゴーレムにとっては、一時的では済まされない。
あんな状態になるのは、もう二度と御免だ。
金輪際お断りする。
だが魔力ゲージは、一段目の体力ゲージとほぼ同じ長さまでチャージ済みだった。
これが最大値なのかどうかはわからないが、縄をほどくくらいの間なら、なんとかなるんじゃないか?
「ダメだ。一瞬で持っていかれるぞ」
豪の心中を察したのか、ライナスが再度警告する。
「まさかあなたがゴーレムの契約者だったなんてね」
突然自信たっぷりにしゃべり出したマリーベルに、二人はギョッとする。
見た目からは想像できないほど、冷たい声色だった。
(なんでバレてるんだ?)
「わからん」
小声で確認する豪とライナス。
「でも、もうこれでおしまいよ。契約者の魔力は底をついたわ。あとはゴーレムの魔力切れを待つだけ」
マリーベルがニヤリと笑った。
魔女の微笑みだった。
(ところであの人だれ?)
「サザビート商会のマリーベルとかいう貴族だ」
(貴族がなんでこんな森の中で、カウガールの真似事してるんだ?)
「カウ……なに?」
(すまん、なんでもない)
何も考えずに元の世界のものに例えるのは控えよう、と豪は思った。
「なにをこそこそと相談しているのかしら?」
縄を手繰り寄せながら近づいてくるマリーベル。
まだその顔は笑ったままだ。
あいつを近づけちゃいけない、と豪は本能的に思った。
「なにをするの! やめなさい!!」
マリーベルが叫んだが、時すでに遅し。
豪は縄を両手で掴むと、思い切り上に振り上げた。
「きゃあああああッ!!」
もう5メートルほど前まで近づいていたマリーベルは、縄を掴んだまま空中に放り上げられた。
そして、空中で思わず手を放してしまう。
(あ!)
やべっ。
あれ、落ちたらタダじゃ済まないヤツだ。
豪は焦った。
同時に、ゴーレムの赤ゲージがごっそり減った。
(ウソだろ……!?)
恐怖に駆られてパッと縄を手放す。
その間にも、放り上げられたマリーベルが、放物線の頂点に達したらしく、当然のように落下し始めた。
「まずいぞ」
ライナスもさすがに状況を理解していたが、魔力切れのうえに縄で縛られているので、すぐには反応できない。
代わりに豪が動き出す。
もちろん、マリーベルをキャッチするためだった。
だが、果たして間に合うのか。
走るゴーレム。
エマージェンシーランニングゴーレム。
だが、マリーベルは落下する前に空中で抱きとめられたのだった。
「遅くなりました、マリーベルさま」
彼女を抱えて地面に降り立ったのは、セバスチャンだった。
その燕尾服は皺になり、土や葉が付着して汚れていた。
「次からはもう少し早く来てね、セバスチャン」
マリーベルは安心と羞恥と少々の怒りで、頬を膨らませながら呟いた。
「心得ました」
セバスチャンが微笑みで答える。
(うおっとー。マジか、すげえなあのオッサン)
急ブレーキで止まった豪は、謎の執事風中年を見て驚く。
(森の中でも見たオッサンだな)
あの時もマリーベルを抱えていたので、豪はよく覚えていた。
「ゴウ、気を付けろ。ヤツは強いぞ」
(ははーん、貴族のお嬢様の執事は最強ってパターンね。了解了解)
そういうことならちょっとやそっとじゃ死なないだろう、と勝手に決めつけた豪は戦闘態勢をとる。
それを見たセバスチャンは眉間に皺を寄せ、マリーベルに囁く。
「マリーベルさま、今日のところはもう……」
「わかっているわ。行きましょう」
小声で答えるマリーベル。
「またね、ゴーレムさん!」
片手を振ったまま、セバスチャンに抱かれて遠ざかるマリーベル。
いつの間にか晴れやかな笑顔に変わっていた。
(どうする? 追うか?)
「いや、いい。それよりこれをなんとかしてくれ」
(ああ、すまん。今解いてやるからな)
豪はライナスのところへ戻ると、縄を解いてやった。
「ありがとう、ゴウ」
(どういたしまして)
豪が手を貸してやってライナスを立たせる。
ややフラつきながらも、大丈夫そうなライナス。
(ほんじゃ、オレたちも加勢に行くか?)
もちろん盗賊団の、という意味で豪は問いかける。
「いや、あっちはもう終わってる。すべて終わったんだ……」
寂しそうにこぼすライナス。
なにかを察した豪は、今はなにも聞くまいと我慢した。
「行こう。ここからは二人だ」
ライナスが意を決して言うと――。
キューッ。
突然、豪の後ろからウサ子が飛び出してきて、ライナスの肩に乗った。
「ああ、すまん。三人だったな」
そうだった。
ウサ子は豪の背中に括りつけた籠の中に隠していたんだった。
うっかりそのまま戦闘に入るところだったと反省する豪。
背中に籠がある、という感覚がないから忘れていたのだ。
「どうした、ゴウ」
先に歩き出したライナスがウサ子を肩に乗せたまま、振り返る。
(あ、すまん。今行く)
ライナスが再び森の奥へと歩を進める。
ゴーレムがその後に続いた。
次回更新は7/13(月)になります。
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